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16 軍務卿(元)

            ◇



『あたし、覚えてる。ピカピカした服着てたから。子供を抱っこして下を見せてた』


 光り物好きのアクアは断言した。ヴェルデが振り向いて姉に訊いた。


『ああ。“撃て!バージェス!”って言った人間ね。どうする?殺っとく?』


 ディアも思い出した。あいつが射殺を命じた元軍務卿だ。舞踏会の後、公爵が15年前の真相を教えてくれた。奴は事件を揉み消したばかりか、ローエンの研究を捏造だと流布して学会から追放させた。だから彼は高校教師をしてる。酒にも溺れた。八つ裂きにしても足りないが、


「ローエンが決める」


 殺せと言うなら殺す。妹達はディアの決定に従った。鶏野郎どもはさすがに劣勢を悟り、撤退をし始めている。バラバラに逃げ出す敵の中から元軍務卿を選んで捕まえた。奴はアクアが鋭い脚爪で押さえただけで銃を捨てて命乞いをした。


「わしはデヴォン人だ!こいつらに騙されて…」


 ディアは裏切り者の足を持ち、引き摺りながら本隊に戻った。ローエンは怪我人の手当てをしている。ラピス姉さんも無事だ。


「ディアナ。良くやったな…何だそれは?」


 公爵が美しい顔を顰めた。ディアはおっさんを放り投げた。姉妹達はシャーシャーと威嚇しながら捕虜を囲んだ。


「元軍務卿」


「何だと?シルルの反体制組織に?この売国奴め!喰って良し!」


 人間なんか食べない。ディアはローエンに尋ねた。


「殺す?」


 彼は首を振った。少しがっかりした。諸悪の根源をこの手で消せば、何かが変わると思ったのだが。


「いいんだ。みんな、よく頑張った。ありがとう」


 ローエンは干し肉で姉妹を労った。微笑みながら優しく鼻先を撫でる様子を見て、ディアは唐突に気づいた。再会してから一度も彼は笑っていない。美味い弁当を食べても、美しいドレスを見せても。


(愛人を遠ざけたのは間違いだった)


 行軍が再開した。歩きながらディアは深く悔いた。返そう。彼が失ったものを。



            ◆



 翌日、樹海基地に王都中の鍛冶屋が協力して作り上げた、巨大な檻が届いた。その中にスーを入れた。暴れると困るので麻酔で眠らせたまま島に運ぶ。檻はもう一つある。ラプトル用だ。どちらも車輪が付いているので港まで引いて行ける。


「すまないね。入ってもらえるかい?」


 ローエンは3頭に頼んだ。この先は公爵閣下の部下ばかりではない。一般人を怖がらせない為だ。


「キュウ」


 “良いよ”と、姉妹は檻に入ってくれた。なぜかディアも。


「君は人間だ。出なさい」


「いや」


 ディアは急にローエンの言うことを聞かなくなった。姉妹の通訳はしてくれるが、それ以外の会話を避ける。移送の準備がひと段落した頃、公爵閣下が檻にやってきた。


「話がある。クリティシャス、席を外せ」


「…はい」


 親子は何かの話をしていた。ローエンが戻ると中にディアはいなかった。閣下が自分の天幕に連れて行ったらしい。姉妹に訊いても首を振るばかりで、詳しいことは分からなかった。



            ◇



 ディアは公爵令嬢に戻った。屋敷から来たメイド達が、すっかり傷んでしまった肌や爪の手入れをして、ドレスを着せる。公爵は不味い薬湯を飲ませた。だが夜は姉妹の檻で寝た。それだけは譲らなかった。


 出発前日。樹海基地に突然、王子がやってきた。あの護衛も元の場所に納まっている。


「全て聞いたよ。元軍務卿のことも。…そもそも私が言い出したんだ。すまなかった」


 王子は頭を下げて謝った。ディアは首を傾げた。3つやそこらの子供が竜を見たがった。そのどこに罪があるのだろう。悪いのは周りの大人達だ。


「15年間クリティシャス博士を不当に虐げてきた。その罪は償うよ。名誉も回復させる。研究資金も王室から出す。私が謝罪したいのは、君と姉妹の竜達だ」


「はい?」


 バージェスに聞いたらしく、どうしても姉妹に会いたいと言う。仕方ないので檻に連れて行った。公爵とローエンも立ち会った。ディアは双方を紹介した。


「左からアクア、ヴェルデ、ラピス姉さん。みんな、こちらは王子殿下」


「キェ?」


「ほら。落っこちてきた子」


「キィ!キィ!」


「大きくなった。イケメンだ、と言ってる」


 あれ。王子がポカンとしている。俗語だったかな。ディアは言い直した。


「大変様子が良い男、という意味」


「それは知っている。彼女達は覚えてるのか?私を?」


 震える声で王子は言った。そしてまた頭を下げた。


「すまなかった。許してほしい。特にラピス…嬢。最後まで苦しませてしまった」


 ディアは知らなかったが、姉さんが息を引き取るまでに数十分かかったそうだ。姉さんは檻の隙間から瑠璃色の尾を出し、王子の頭を撫でた。慈愛に満ちた仕草だった。


「じゃあ、オレも許してくれるかい?」


 バージェスがしゃあしゃあと言った。妹たちは尾を出して奴のつま先を打った。不本意ながら許してやる、という意味だ。


「ありがとよ。正直、一対一でも勝てないからさ」


 王子一行は帰っていった。翌日は丸一日かけて港に移動した。ディアは馬車の窓から檻の姉妹と話しながら過ごした。道々、噂を聞きつけた民衆が見物をしていた。


 まるで凱旋パレードのような一行の先頭を、馬に乗った公爵とローエンが行く。人々は眠るティー・レックスに目を丸くし、美しいラプトルに歓声を上げていた。


 「トリアス公爵万歳!ありがとう!クリティシャス博士!」


 竜害を未然に防いだ二人は今や、救国の英雄だった。


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