12 四姉妹
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最初の犠牲者が出てしまった。国境の検問所にラプトルが現れ、デヴォン王国側に侵入。少年1人を連れ去ったそうだ。両国にまたがる樹海に入ったが、その後の足取りは掴めない。
ティー・レックスも樹海に逃げ込んだ。こちらは大きな足跡を残していた。現在、軍用犬が追っている。
トリアス公爵が竜討伐作戦を指揮することになった。いつの間にかローエンの後見人となっていたからだ。軍は樹海近くに仮設の基地を作った。そこで具体策を話し合った。
「恐らくティー・レックスはすぐ見つかります。問題は皮膚が分厚すぎて銃弾が通らない事です。撃ち殺すのは難しいでしょう」
ローエンとしては殺したくない。しかし命令は捕獲ではなく討伐だ。
「大砲は森では役に立たんしな。原始的だが崖から落とすか?水責めできる場所があればな」
地図を見ながら、公爵が提案する。樹海は未知の領域が多い。崖も川も正確な場所が分からない。下手をすればこちらが遭難してしまう。
「やはり罠を用意しましょう。家畜で誘き寄せて、麻酔弾を血管に打ち込めれば…」
「それ程の腕を持つ狙撃手は…いや、1人いるか」
公爵は嫌そうに顔を顰めた。
「バージェスだ。よほどお前と因縁があるな。クリティシャス」
頭の奥がギュッと痛んだ。ローエンから四姉妹を奪った男。だが陛下と将軍の謝罪を受け入れたんだ。彼を憎むのは止めないといけない。
「バージェス卿を呼んでください。麻酔銃の用意もお願いします」
◇
ついに四姉妹は再会を果たした。しかし検問所の周りは騒がしくて、ゆっくりと話せない。ラピス姉さんはディアを咥え、森に走っていった。妹達も続いた。深い森の奥で姉妹は互いの鼻を擦りつけ合った。
「元気だった?どうして大陸に?」
アクア、ヴェルデ、ラピス姉さんは、以前と変わらず美しい姿だった。お揃いの金色の瞳も同じだ。
『島に人間が来たのよ。うっかり牛肉の罠に掛かってね』
ラピス姉さんらしい。助けようとした姉妹も麻酔銃で撃たれて捕まった。
『こっちに運ばれてさ。最初は良かったの。楽に満腹になれるし』
『でも、段々餌の量が減ってきて。最後は鶏だよ』
ヴェルデもアクアも食事に不満があったらしい。それで3頭は脱走した。森で鹿を狩ったりしていたが、ディアの匂いが近づいたので迎えに来たそうだ。
「会えて良かった。一緒に島に帰ろう」
ディアはリュックから地図を出した。樹海を突っ切れば港に出る。すると姉さんが心配そうに訊いた。
『ローエンは?番になったんでしょ?』
胸の奥がギュッと痛んだ。番になれると信じていたけど、なれなかった。本当は気づいてた。今の姿も中身も彼の好みじゃない。
『ディア。あたしたちはあんたを愛してるわ』
皆はディアの涙を舐めてくれた。四姉妹は寄り添って眠った。安らかな夜だった。
◆
樹海基地から作戦に必要な物資と人材の要請が来た。将軍から護衛のバージェスを貸して欲しいと言われ、エドワード王子は了承した。
「すまないが頼む。卿なら巨竜を仕留められるだろう」
王子は“魔弾”の二つ名を持つ護衛を激励した。しかしバージェスは浮かない顔だった。
「御意。最善を尽くしますが…」
「腕は落ちてないだろう?この間だって、コウモリを撃ち落としてたじゃないか」
「はあ」
幼い時からの護衛なので、エドワードはバージェスに絶対の信頼を寄せている。昔から老けていて年齢がよく分からないが、来年、定年だそうだ。無理をさせる代わりに、任務を終えたら特別休暇を約束した。
次に基地への補給物資の確認をしに兵站部へ行った。
「竜を誘き寄せる生き餌ですが、取引のあるカリス乳業に融通してもらえないか、現在交渉中です」
担当者が来ているというので会ってみると、学園の女生徒だった。カリス子爵令嬢だ。
「君が社長代理なのか?本当に?」
驚くエドワードに、令嬢は笑いながら答えた。
「ええ。ちょうど牛の出産時期でして。父は牧場から離れられませんの。食用牛がご入用だそうですね。ランクはどうしましょうか?」
シルルの反体制派が与えていた肉など、どうせCランクだろう。エドワードは即決した。
「Aで。最高級のデヴォン牛を喰わせてやろう」
「かしこまりました。…まあ!総司令はトリアス公爵閣下ですのね。参謀はクリティシャス先生?なんて運命的なんでしょう!」
指示書を読んでいた令嬢は、急に興奮して意味不明な事を言った。運命的?何がだ?
「落ち着きたまえ。君、お茶を」
王子は事務員に茶の支度を頼んだ。一服して落ち着いたカリス嬢は、トリアス公爵令嬢と博士の不思議な縁を語った。
◆
前世のディアナ様は先生の忠実な部下でしたの。先生はディアナ様とその姉妹を育て、寵愛なさいました。四姉妹をですわよ?先生って案外…コホン、失礼。ディアナ様はインディアナというお名前でした。お姉様はラピス。妹様はアクアとヴェルデだそうです。
先生がお留守の時に、四姉妹は味方の誤射で亡くなりました。他の姉妹の魂は故郷に還りましたが、ディアナ様は先生に会うために、再びこちらに生まれ変わったのです。素敵でしょう?お二人は運命の糸で結ばれてるんですわ!
◆
「…ではA5ランクの牛をお届けしますわね。失礼致します。殿下」
カリス嬢は一礼して下がった。エドワードは座ったまま動けなかった。記憶の底に沈んでいた情景が浮かび上がってくる。幼い頃、確かにその名を聞いた。血を流して倒れる竜に研究員が呼びかけていた。
『インディアナ!しっかりしろ!今、博士が来るから!』
『アクアはもうダメだ!ヴェルデも!』
『ラピスはまだ息がある!止血を!急げ!』
誤射じゃない。バージェスが撃ったんだ。博士とはクリティシャス先生のことだ。
(藍色の体。金色の瞳)
エドワードは鮮明に思い出した。トリアス嬢に会ったことが、ある。扉まで幼い自分を運んだあの竜だ。




