11 ティー・レックス
◆
「出て来い!ヘボ教師!」
休日の朝、ローエンのアパートの扉が破られた。悪鬼の形相で入ってくるのはトリアス公爵だ。見覚えのある護衛2人が後ろにいる。
「賃貸物件です。壊さないでください。何です?こんなに早く」
抗議は無視され、二間しかない部屋を捜索された。公爵は粗末な椅子にどかりと座り、ローエンを睨んだ。
「ディアナが家を出た。貴様の所にいると思ったが」
「はっ?」
公爵が1枚の便箋を見せた。綺麗な字で『お世話になりました』と書いてある。
「ゴミ箱に髪の毛が捨てられていた。下男から服を買ったらしい。恐らく男装して逃げている」
あの美しい髪を切った?令嬢が自分で?信じられない。
「おいクリティシャス。ディアナはどこへ向かっている?何を考えていると思う?」
「…ジュラ島です。故郷に帰るつもりでしょう」
「何だと!」
ディアの父親はテーブルを殴った。安い家具にひびが走る。護衛は外に出て行った。海までの街道を押さえるのだろう。もう遅い。彼女なら闇夜に紛れてどんな非常線も突破できる。狭い部屋に沈黙が落ちた。
「あのー。クリティシャス博士のご自宅はこちらでしょうか?」
そこへ誰か来た。ローエンは外れた扉を横にどけて対応した。
「そうです。ちょっと立て込んでまして。何か?」
軍服を着た男がいた。彼は奥に座っている公爵を見て一瞬たじろいだが、用件を言った。
「王命です。至急、登城してください」
「王命書を見せろ」
公爵が割り込んできた。使者は1枚の紙をローエンに、ローエンは公爵にそれを渡す。大貴族はさっと目を通し、
「本物だ。1時間後に登城する。トリアス公爵が連れて行くと伝えろ」
と、使者を追い返した。そしてローエンを拉致すると公爵家に連れて行った。なぜかサイズがぴったりの礼服と靴が用意されている。急いで着替えてまた馬車に乗り、王城に向かった。
「私だけ登城すればいいのでは?」
公爵がまるで刑事のように離れないので、それとなく訊いた。
「書類が本物でも何があるか分からん。ディアナを捕まえられるのはお前しかいない。死なれては困るからな」
見えない首輪の鎖を公爵が握っている。げんなりとしたローエンは、城の会議室に連れて行かれた。そこには王や将軍、大臣と外国の大使みたいな人々が彼を待っていた。とてつもなく嫌な予感がした。
◇
ディアは季節労働者の少年に変装した。国境の検問所の長い行列に並んだが、何時間待っても前に進まない。引き返してきた旅人に尋ねると、声をひそめて教えてくれた。
「向こう側でとんでもなくデカい怪物が出たんだと。こっちに向かってるそうだ。もうすぐ軍が来るってよ」
それまで開かないそうだ。諦めた人々は次々に列を離れた。ディアも迷ったが、行く宛もないので検問所の前に座り込んだ。大陸最大の動物はヒグマだ。そんなの怖くない。軍がすぐに駆逐するだろう。彼女は目を閉じて故郷を想った。
(早く海へ。早く)
焦がれすぎたのか。懐かしい姉妹の匂いがしてきた。
「ぎゃーっ!化け物だっ!」
叫び声に目を開けた。気のせいではない。姉妹が近くにいる。ディアは匂いを辿って走り出した。人の流れに逆らって進むと、懐かしい色が見えた。
「アクア!ヴェルデ!ラピス姉さん!」
◆
ローエンは大きな円卓に座らされ、将軍から呼ばれた理由を説明された。隣の公爵は腕を組んで黙っている。
「つまり、シルル王国がジュラ島で捕えた竜を逃したと。それが制御不能になった。そういう認識でよろしいですね?」
確認すると将軍は頷いた。
「そうだ。数は大型竜が1頭、中型竜が3頭。いずれも成体で、檻で飼育していたが三日前に逃げた」
「種類は分かりますか?」
シルル王国大使が答える。
「ティー・レックスとラプトルです。反体制派が兵器として密かに手に入れました。調教できると信じていたようです」
最も凶暴な2種を大陸に放つなんて。ローエンは頭を抱えた。追い詰めるまでに大量の犠牲者が出る。公爵が思い出したように言った。
「クリティシャス男爵を誘拐しようとした賊がいたな。それか」
「そうです。扱いかねて博士に躾けさせようと。…博士。お力を貸していただけませんか」
大使は頭を深く下げた。四姉妹を除き、幼体からの調教すら出来なかった。ましてや成体など。ローエンは真実を告げた。
「残念ですが…野生の竜をコントロールする術はありません。彼らは大陸に悪魔を放ってしまった。我々はこの先何年も戦わなくてはならない。成体のティー・レックスの寿命はあと10年。ラプトルはもっと短いが、番だったら悪夢は終わりません」
全員が厳しい顔になった。20年前のジュラ島発見時、同様の事件が数多く起きた。研究と称して山師が竜を持ち込んでは逃したのだ。竜の調教は出来ないという常識はその時に生まれたのに。若い世代は知らなかったか。
「では、その戦いの参謀となって我らを導いてくれ。博士以上に生きた竜を知る者はいない」
国王陛下が言った。ローエンは不敬を承知で訊いた。
「恐れながら。それは王命でしょうか?」
「いや。頼みだ。それから、15年前の事件を詫びる。申し訳なかった」
ガツンと、殴られたような衝撃だった。まさか陛下がそれを口にするとは思わなかった。将軍も頭を下げて謝罪した。
「王子を許可なく放飼場に連れて行き、事件をもみ消した人物がいた。当時の軍幹部だ。君への研究資金を打ち切り、学会からの放逐を指示したのも、我々は見て見ぬふりをした。申し訳ない」




