1.空への階段
それは、普通の朝ではなかった。私、天野悠、は目を覚ましたときから空が異様に近く感じられた。子供の頃からずっと空を見上げ、雲を追い続けた。その白い羊のように浮かぶ雲が、なぜ掴めないのか。その問いは私の科学者としてのキャリアを形作る原点となった。
今日は「クラウドキャッチャー」の処女飛行の日。私の研究チームと私は、朝日が窓ガラスを黄金色に染める研究所のハンガーに集まっていた。私たちがこれから乗り込む飛行船は、一見すると他の船と変わらないかもしれない。しかし、その船体は最先端の気象観測機器で満たされていた。
「クラウドキャッチャー」はただの飛行船ではない。それは私たちが雲の神秘を解き明かすための鍵だ。私たちはこれまでの科学にはない、雲のサンプルを直接採取し、その構造をリアルタイムで分析する。
私たちの目的は、地球の気候変動を理解し、その影響を緩和する手がかりを探ることだった。しかし、私にはもう一つ、個人的な目標があった。雲を掴むこと。それは科学者としての私の夢だった。
飛行船はゆっくりとハンガーを出て、朝の光を浴びながら滑走路に向かった。私たちはコックピットに座り、様々なチェックを行う。すべてが順調だ。パイロットが操縦桿を握り、エンジンが唸りを上げると、私たちの船は地面を離れ、空へと昇り始めた。
飛行船は雲の下層を抜け、やがて雲海の上に出た。そこは別世界のようだった。雲は柔らかそうで、触れば溶けてしまいそうな綿菓子のよう。しかし、私たちはその美しい外見の裏に隠された秘密を探りたかった。
私は手元の機器に目をやる。雲の密度、水分量、温度、流れのパターン。これらすべてが、私たちが解き明かそうとしている謎の一部だ。私のチームは一丸となって、この未知の探求に挑んでいた。
私たちの飛行船は、まるで雲と踊るように、空中を舞った。私たちは雲の中心に向かい、サンプル採取の準備を始めた。私たちの目の前に広がるのは、ただの雲ではない。それは、未知の世界への入り口だった。
飛行船が雲の中心に近づくにつれ、私たちの周りの光景は変わり始める。雲の中は驚くほど静かで、まるで別の次元に足を踏み入れたかのようだった。私は深呼吸をすると、手にした採取器具を雲に向けた。これが私たちの第一歩だ。雲を掴むための。