表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/112

第三話:予行練習

「条件ですか?」

「ええ」


 俺がきょとんとするけど、未鈴みれいさんの笑みが崩れない。

 何だろう? ちょっと嫌な予感がするけど……。


「あなたの誠実さは、今でも海笑瑠みえるが学校を辞めさせられず、バイトができている時点で理解しているし。あの子があなたの事ばっかり考えてるから、一緒に行きたいっていうのもよくわかるわ」

「え? 俺のことばっかり、ですか?」

「ええ。毎日毎日、久良くろう君がーって──」

「お母さん!」


 バンッっとカウンターを両手で叩き、慌てて海笑瑠みえるさんが思わず抗議の声をあげると、会話を止めた未鈴みれいさんはそっちを見て肩を竦めた。

 けど、悪びれた様子もなく、すぐまた俺に向き直ると、さっきまでと同じ笑顔に戻る。


「まあ、その辺は本人に聞いてもらうとして。私から見て、遠見君があの子ほど一緒に行きたいって思っている熱意が、私には伝わってこないのよ」

「俺の、熱意……」

「そう。同情であなたが一緒に遊園地に行ったとしても、あの子は満足するかもしれないわ。だけど、あなたはどうなの? 確かにあなた達は高校生。二人でホテルに泊まってまですべきかと言われたら、倫理的に問題。それを理解しているからこそ、一度は敦美ちゃんと行けばって提案したのよね?」

「は、はい」

「でも、楽しむっていうのは、そんな事すら投げ売ってでも楽しみたいって思えないとダメなの。あなたが合わせるだけ合わせて、海笑瑠みえるが楽しそうだから良かったって終わるだけじゃ、後々娘だって後悔するかもしれないのよ。自身のわがままで、あなたを振り回しただけなんじゃないかってね」


 ……言われてみるまで気づかなかった。

 未鈴みれいさんが言う通り、俺は海笑瑠みえるさんが楽しんでくれたらいいなとしか、考えてなかったから。

 だけど、だからってモラルすら捨ててまで、一緒にいるのが正しいのか。それがわからなくもあった。


「遠見君は、そこまで考えられる?」

「えっと……正直、わかりません……」


 核心を突かれたからこそ、俺はそんな本音を返すしかできない。

 自然と唇を噛む。けど、それを見ても未鈴みれいさんの表情は変わらなかった。


「そうよね。あなたはすっごく真面目。だから海笑瑠みえるも気に入ってるんだもの。勿論それは良いことだし、私もそれだけ娘を大事にしてもらえてることに、とても感謝してるわ。ただ、今回の事は別。ということで……条件はひとつだけ」


 未鈴みれいさんは笑顔のまま、ひとつを指し示すように人差し指を立てると、続けざまにこう言った。


「今日、一晩泊まっていきなさい。勿論寝床はあの子の部屋ね」

「……へ?」

「あら。聞こえなかった? 今日、あなたと海笑瑠みえるが同じ部屋で寝る事。それが条件よ」

「おおおおお、お母さん!?」


 予想外すぎる言葉に唖然として、声を上げられない俺の代わりに、はっきり戸惑いを見せた海笑瑠みえるさんの声が届く。

 けど、相変わらずにこにことした未鈴みれいさんの笑みは崩れない。


「勿論、流石に同じベッドで寝るのはダメ。床に布団を引いてあげるから、ちゃんと別々に寝るのよ?」

「そ、そういう問題じゃないじゃん! そんなの久良くろう君に悪いっしょ!?」

「あら? ホテルに泊まるっていうのはそういう事よ。予行練習にぴったりじゃない」

「あ、あのねー! 簡単に言わないでって言ってるの!」

「簡単よ。一晩一緒にいるだけだし、私も家にはいるんだもの。変な事なんてできないでしょ? あなたが本気で遠見君と遊園地に行きたいなら、一晩かけてちゃんと話し合いなさい。あなたも彼も、納得する答えを出すための時間、必要でしょ?」

「それは、そうかもしれない。けど……」


 事もなげに海笑瑠みえるさんにウィンクして見せる未鈴みれいさん。

 流石の海笑瑠みえるさんも、開いた口が塞がらない。

 それは正直俺もだ。無下もなく断られるんじゃなく、まさか一緒に行くのは問題ないと言わんばかりの提案をされてるんだから。


 ……高校生の男女が一晩一緒に過ごす。それは自分の中でいいことじゃないってわかってる。

 だけど、確かに自分が心から楽めるのか。

 そう思えなくても海笑瑠(みえる)さんは俺と行きたいのか。

 そんな、互いが納得する答えをちゃんと出さないといけないって意味では、未鈴みれいさんの言葉にも一理ある気がする。


 ……俯き、悩んでいるうちに、ふっとある感情が過ぎる。

 それがゆっくりと想いに変わり、自然と言葉になった。


「わかりました」

久良(くろう)君!?」


 驚きの声をあげた海笑瑠(みえる)さんの、不安とも後悔とも取れそうな表情。それを打ち消したくって、俺は笑う。


海笑瑠(みえる)さん。覚悟を決めよう?」

「待ってよ! 久良(くろう)ってそういうの、絶対嫌じゃん!」

「でも、海笑瑠(みえる)さんの願い、叶うかもしれないし」


 今のもまた、自分の意思とは程遠い答えだってわかってる。

 でも、普段の俺は、海笑瑠(みえる)さんといたいって思うようになったんだ。そこから、一緒に楽しみたいって熱意を、ちゃんと持てるかもしれない。

 その為にも、どんな形であれ海笑瑠(みえる)さんともっと向き合おう。その気持ちだけは忘れなかった。


 口惜しさか。はがゆさか。

 海笑瑠(みえる)さんが俺から視線を逸らし俯くと、少しの間部屋を沈黙が包んだけど。


  パンッ


 それを打ち消すように、未鈴みれいさんが手を叩いた。


「じゃ、決まりね。海笑瑠(みえる)。あなたはご飯の準備が終わったら、すぐに部屋を掃除なさい。遠見君は私と一度家に戻りましょ。泊まりの準備もあるでしょうし」

「はい。わかりました」

「じゃ、早く動きましょ」


 俺は未鈴みれいさんに頷くと、彼女と共に立ち上がる。


久良(くろう)君。いいの?」


 おずおずとカウンター越しに不安そうな顔をする海笑瑠(みえる)さん。

 それを見て感じたのは、彼女が俺をグラ友として大事にしてくれてるって気持ち。


「うん」


 それがわかっているからこそ、俺は短い言葉に想いを込め、笑顔で頷いたんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ