第十三話:変わらない二人
あの後、折角だったし近間さんのサーラ姿はちゃんと撮影させてもらった。
でも、サーラとは違うけど、彼女っぽいお淑やかさはちゃんとあるし、眼鏡も似合ってる。
まあ、正直リアルでこの格好をしてくれる眼鏡女子なんて近くにいるわけもないし、コスプレイベントなんかに行ったりもしないから、きっと一生こういう機会はないだろうし。
「うわー……。やっぱ、あたしらしくないなー」
「印象は大分違うね。でも、凄く似合ってると思うよ」
「そ、そうかなー」
「うん。自信持っていいよ。グラ友が保証するから」
「……えへへっ。そうだね。遠見君が言うなら間違いないっしょ」
一緒に俺のスマホを覗き込み、撮影した写真を見ていた近間さんがはにかむ。
声や顔立ちは勿論彼女だけど、姿や雰囲気が全然違い別人な感じもあって、隣りにいて別な意味で緊張するな……。
「サテ。ソレジャ、フタリガカップルニナッタコトダシ──」
「なってません!」
一段落付いた後に掛けられたキャシーさんの言葉に、未だ火照った顔のまま二人同時に強く否定すると、
「モー。コンナニイキピッタリナノニネー」
なんて言いながら、キャシーさんも流石に肩を竦める。
ま、まあ、確かに息は合ってた。
だけど、これはただのツッコミの類だし、よくある……のか?
そういう意味じゃ、こういう経験も初めてだし、分からないことも多いんだよな。
「ソレジャ、ミエルハキガエテキテー。クロウハ、ペイメントシマショ」
「あ! ウェ、ウェイト! ちょっと待って!」
俺の眼鏡の支払いを促された瞬間、慌てて近間さんがキャシーさんを制した。
でも、何で?
突然のことに俺とキャシーさんが顔を見合わせると、近間さんは少し申し訳無さそうな顔で、両手で持っていた麦わら帽子をぎゅっと掴む。
「あ、あのね。遠見君。さっきの眼鏡なんだけどさー。やっぱり、もうひとつの方にしてもらってもいーい?」
「え? それは別に構わないけど」
「ありがと。キャシー。ソーリー。悪いけど、そっちで計算し直してもらってもいい?」
「……OK。ウェイト、ア、ミニッツ」
少しの間訝しげに近間さんを見ていたキャシーさんは、にこっと笑うと、それ以上の事は言わず、さっき持ってきたトレイを持って、そのまま店の裏に戻って行く。
でも、急にどうしたんだろう?
「どうして新しい方を止めたの?」
眼鏡を直しながら口にした俺の素朴な疑問に、近間さんが苦笑する。
「ごめんねー。その、さっきの遠見君の言葉を聞いて、思っちゃったんだよねー」
「何を?」
「あたしもー、遠見君に、変わってほしくないなーって」
恥ずかしかったのか。麦わら帽子を横に持ったまま、顔を隠した近間さん。
「やっぱ、その。あたしの知ってる遠見君って、あの眼鏡だったわけじゃん。で、あたしも内心、今までの遠見君でいてほしいとも思ってたから、あれだけ迷っててさー」
そこまで言うと、彼女は少しだけ麦わら帽子を下げ、鍔の上から上目遣いにこっちを見る。
恥ずかしさを露骨に見せている姿に、俺はちょっとドキッとする。
「でね。その、さ。あたしが見てきた、優しくって、すごく気遣ってくれる遠見君は、やっぱあの眼鏡をした遠見君でさー。も、勿論、眼鏡一つで変わっちゃうとは思ってないよ? でも、やっぱ、そのままの遠見君が、いいなーって」
「……そっか」
近間さんが話してくれたであろう本音に、何処かくすぐったい気持ちになって、言葉に詰まる。
だってその言葉は、今の俺を受け入れてくれてていた言葉だったし、このままの自分で近間さんといてもいいって言葉なわけで。
それが、本当に嬉しかったから。
◆ ◇ ◆
フレームのある眼鏡の方で話を進め、無事会計も済ませた俺は、店の入り口の側で近間さん、キャシーさんと立っていた。
「今日はありがとうございました」
「コチラコソー。オカイアゲアリガトネー」
「それじゃ、遠見君。そろそろ行こっか?」
「うん。それでは──」
「ストップ! チョットマッテ」
礼も済ませて店の入り口に向かおうとした俺達を、キャシーさんが呼び止めた。
「フタリニ、ラストクエッション」
「キャシー。言っとくけど、あたし達はクロースフレンドだかんね。またボーイフレンドとか茶化すような話じゃないよね?」
「オフコース! チャントシタクエッションヨ」
怪訝そうな顔をする近間さんに臆する事なく、キャシーさんは笑顔でこんな質問をぶつけてきた。
「ドウシテフタリハ、ファーストネームデヨバナイノ?」
「え? 名前で、ですか?」
「ソーソー。クロースフレンドナラ、ソレクライユージュアリーデショ?」
ユージュアリー……。
「えっと、普通って意味かな?」
「う、うん。そうだけど。別に親友だからって、名字で呼んでもおかしくないっしょ?」
「ノーノー。タダノフレンドジャナインダヨー。ファーストネームデヨブノガ、ユージュアリーヨ」
……うーん。どうなんだろう?
正直俺はその感覚がわからなかった。
まあ、友達でも名前同士で呼ぶ子もいるし、恋人同士になっても名字で呼んでる子だっている。
確かに親しいと、よりフランクな呼び方をするイメージはあるけど……。
「そういうものなのかな?」
「う、うーん……。その、人それぞれっちゃ、それぞれだと思うけどねー」
何気なく近間さんに問いかけると、少ししどろもどろになり、困った顔になる。
まあ、近間さんは色々な人に名前を呼ばれてるから良いけど、俺なんて家族からしか呼ばれた事ないからなぁ。
彼女にそう言われたら、どんな気持ちになるんだろう?
……まあ、でも今はいいか。
きっと近間さんも、そこまで考えてなかったからこんな反応だろうし。
「とりあえず、俺達はこんな感じの友達だから、ですね。なので、今はこのままでいいと思いますし、あまり気にしないでください」
「……ザッツ、ア、ウェイスト」
俺の言葉に、残念そうな顔をするキャシーさん。
ウェイスト? えっと、無駄、だったっけ。
でも、どういう意味だろ?
俺がきょとんとすると、近間さんがまた少しムッとした顔になる。
「もうっ! キャシー。これでクエッションは終わりだかんね! あたし達、これからお昼食べに行くし。お腹ペコペコなんだから」
「ソレハ、ミエルガチョイスオソカッタカラヨ」
「うぐっ。もう! 遠見君、行こ行こ!」
さらりと正論を口にされて、より不貞腐れた近間さんが、一人でささっとお店を出て行った。
流石に付いていかないと悪いかな。
「じゃあ、来週受け取りに来ます。今日はありがとうございました」
「イーエー。ミエルトノデート、エンジョイネー」
へー。
海外でも、友達や親友と遊ぶのはデートって言うのか。デートって言葉で過敏になってる俺が、やっぱりどこかズレてるんだな、きっと。
「はい。それじゃ、失礼します」
「シーユー!」
ペコリと頭を下げた俺は、笑顔で手を振るキャシーさんに見送られ、そのまま店の外に出た。
パタンと閉まった扉。
今までずっと店内だったから、外の陽射しが少し眩しいし、少し涼しい。
「お待たせ」
「ね。キャシーに何か変な事言われなかった」
「別に。デートを楽しんで来てね、だって」
「そ、そっか。まったく。キャシーってば……」
近間さんもデートって言葉を軽く使ってたし、そういうものと思って俺はそう返したんだけど。少し心配そうな顔をしていた近間さんは、それを聞くと少し顰めっ面になる。
声にも何処か恨みがこもった気がするけど。この感じ……あ、もしかして俺、またキャシーさんに茶化されたのか?
デートという言葉ひとつで、両極端な反応を見せた近間さんに、俺はどうしていいかわからずにいると、大きなため息を漏らした彼女は、少し呆れ顔になる。
「ま、いっか。遠見君。キャシーの言った事は忘れて、ちゃちゃっとお昼に行こ?」
「あ、うん。そうしよっか」
何となくその場では触れちゃいけないなと思って、俺は歩き出した近間さんと一緒に商店街に入って行ったんだけど……後で調べたら、海外だとやっぱり付き合ってる人同士相手に使うんだって知って、思いっきり恥ずかしい気持ちにさせられたんだ。




