第八話:どんなフレンド?
「マーマー。ミエル。クイックリーニチョイスシテアゲヨ? ジャナイトクロウ、ベリーハングリーニナッチャウヨー」
悪びれた雰囲気もないキャシーさんに、ため息を吐いた近間さん。
「それだったら、先にお昼済ませた方が良くない? この難問は、あたしが人生で最も悩む時間だしさー」
「え? そこまで!?」
「遠見くーん。あたしにとってこれ、最初で最後かもしれない、眼鏡男子プロデュースなわけ。悩むに決まってるじゃん!」
両腕を組み胸を張り、鼻息が荒くなるほど気合が入っている彼女を見て、確かにこれは時間がかかるなって直感する。
「わかった。じゃあキャシーさん。今の内に、視力検査とか進めておきませんか?」
「オナカハ?」
「俺は大丈夫です。近間さんは?」
「あたしも大丈夫。っていうかー、これちゃんと選ばないとスッキリしないしさー」
「ソウ。ジャ、クロウノイケンデイキマショー。ミエル、ファイト!」
「うん! 遠見君も楽しみにしててね!」
「わかった。期待してる」
互いに笑いあうと、近間さんはそのままフレームの飾られたショーウィンドウに向かっていき、俺もキャシーさんの案内で、店の奥の視力の検査をする機械への歩いていった。
視力の測定器の前に座って、まずは裸眼での視力の確認だ。
右目で覗いた穴の先に見える円の欠けたCのような文字。その開いている方向を答えるのは昔から変わらない。
最初は中々ぼやけている状況から変わってこないのを見てると、本気で自分の視力の低さを感じて苦笑いしそうになる。
途中からやっと視認できるようになった切れ目を答え、次に同じ事を左目で行う。
それらを一式終えると、キャシーさんが真面目な顔で度数を教えてくれた。
「ライトハ〇・〇五、レフトは〇・〇三ネ」
「そうですか」
正直、相当低いのは自覚もあるし、前回測った数ヶ月前とほぼ同じ。だから、これには驚きもないかな。
「チナミニ、クロウハアスティグマティズム?」
「へ? えっと、アスティグ……なんですか?」
なんだろ? 聞いたことない英語だけど……。
「オー。ソーリー。ランシハアル?」
……あー。乱視ってそう言うのか。
知らない英単語がちょこちょこ出てくるな。
そういえば、最初に近間さんが言ってたクロースフレンドって、一体どんな意味だったんだろう? 後で聞いてみよう。
「あ、はい。両目とも少し」
「OK。ジャア、ソッチモチェックネ」
「わかりました」
キャシーさんに促され、別の測定器に移ると、今度は複数の点が全て同じに見えるように調整する検査を受ける。
毎回思うけど、本当に眼鏡を作るっていうのは時間が掛かるんだよね。
乱視の検査を終えた後は、近くのテーブルに場所を移し、実際のレンズについて軽くヒアリング。
そこまで遠くを見れないといけないシチュエーションはあまりないし、遠くを見えるようにすると、度が強くなって近間を見る時に目が疲れやすい。
眼鏡屋で何度も説明を受ける話だから、キャシーさんのヒアリングでも、近い距離が楽に見えやすいようにお願いした。
まあ、遠くが見えるのも気持ちいいけれど、眼鏡があればそれでも結構はっきり見えるしね。
で、次はレンズの度を決める話に──。
「チナミニ、クロウハミエルノコト、ドウオモッテルノ?」
「……え?」
キャシーさんの予想外の質問に、思わず彼女の顔を見る。
にっこにこと、嫌味のない笑顔を向けてくるキャシーさんは、何も言わずこっちの答えを待っている。
「えっと、友達ですけど」
「ドンナフレンド?」
「え? どんな?」
「イエス。ガール? ベスト? クロース?」
こっちの反応を楽しみにしているであろうキャシーさん。
っていうか、どれがどういう意味なんだ?
多分、ガールフレンドは彼女だろ? ベストフレンドは最高のって意味だよな。クロースはよくわからないけど……っていうか。どれって言われたら……。
「あ、えっと……グラ友、です」
「グラトモ?」
「は、はい……」
多分言っても伝わらないであろう友達。
俺は困った顔をしながら、それを口にした。
正直これがどの友達って扱いになるかがわからなくって、答えに窮した結果の苦し紛れ。
流石にガールフレンドじゃない。
でも、じゃあベストフレンドかって言ったら、それはお互いの気持ちでも変わりそうだし……。
「ドウイウイミ?」
「えっと、グラシーズフレンド。眼鏡好きな友達です」
「オー。グラシーズ! クロウもミエルミタイナ、グラシーズガールガイイノ?」
「あ、はい。近間さんもそうだったみたいで」
「ジャー、モウフタリハ、ラブラブ?」
「い、いえ。ライクだと思います」
「エー!? ダッテドッチモグラシーズヨ? ミエルナンテ、アンナニハシャイデタシ。ゼッタイ、クロウニラブラブヨ?」
片言ながら、合間に混じるラブという単語が俺に戸惑いを寄越す。
近間さんが俺を好き?
い、いや。流石にそれはないんじゃないか?
「た、多分違います」
「ホワイ? ドウシテ?」
「あの。知り合ったのも、俺がたまたま眼鏡をしてて、外見的に近間さんの理想の眼鏡男子に近かったってだけですし……」
「オー! アメイジーング! ツマリ、ソウルメイトネ!」
「ソ、ソウルメイト、ですか?」
「イエス!」
キャシーさんはなんか嬉しそう。でも、俺は今のも意味がわからない。
魂の友達って直訳だとすれば、前世からの友達っぽくもあるけど……。
何となく仰々しい感じがする言葉だよな──っていうか。俺、今眼鏡作りに来てるんだって!
「キャ、キャシーさん。それより、早く続きに移りましょう。お昼食べるのも遅れちゃいますし」
「エー。モットフタリノハナシ、キキタイノニー」
「そ、それは後で、近間さんから聞いてください」
「モー。バマー……」
今のも知らない言葉だったけど、流石にキャシーさんのちぇっと言わんばかりの不満げな態度を見れば、意味はわかる。
多分、残念って言ったんだろうな。
「ジャー、ツギハコッチネ」
渋々席を立ち、再び測定器の前の椅子に座るよう促すキャシーさんに従い、内心ホッとしながら移動する。
正直あんな話ばっかりされたら恥ずかしくって困るし、やっぱり近間さん以外の人と話すのもあまり得意じゃないし。
……でも、そうなんだよな。
近間さんとはグラ友になってから沢山話をしてるから慣れたけど、やっぱり誰かと話すってのは苦手なのは変わってない。
そういう意味じゃ、近間さんとは話慣れてきたし、確かに友達でいてくれてるんだなって実感する。
……でも。
彼女にとって俺は、どんな友達なんだろう?
確かにグラ友だし、以前より仲は良くなってると思う。
でも、それは近間さんが普段から積極性を出して話しかけてくれてるからこそ、だよな。
……どんな友達、か……。
調整用のゴツゴツした独特の眼鏡を掛け、度数を切り替える為の薄いレンズを入れ替えながら進む作業の中。
俺の心は、レンズを入れ替える度に切り替わる度数のように、どこかふわふわと落ち着かなくなっていた。




