第三話:特別な眼鏡男子
通話が繋がり、スマホに近間さんが映る。
横になった状態で見るっていう不思議な感覚より前に、俺を襲ったのは衝撃だった。
画面には勿論、眼鏡をした近間さん。
横になった俺と同じように、顔の片方をベッドに付け横になっている。
で、俺達は二人、じーっと互いの映る画面を見ているって事になる訳だけど……。
俺は言葉を発せないまま、緊張でごくりと唾を飲んだ。
画面の向こうの近間さんもまた、惚けたようにじっとこっちを見つめてくるけど、言葉を発しない。
でも、何となく俺も顔が熱くなってきてるし、近間さんも少し顔が赤い。
つまり……。
『やば……。これ、ちょっと恥ずいかも……』
目を逸らし目を泳がせる近間さんの気持ち、俺もよくわかる。
だって、まるでこれ、隣で添い寝してるみたいな感じになってるんだから……。
正直、そこまでまったく頭が回ってなかった。
まあビデオ通話なんてあんまり慣れてなかったのもあるし、画面だってそんなに大きいわけじゃない。
だけど、そんなの関係なしに近間さんをずっと見つめるる事になるし、結果としてさっき妄想したシチュエーションが思い浮かんじゃってさ……。
しかも、まだ少し湿った髪や肌とか、はっきり風呂上がりってわかる近間さんの雰囲気が、眼鏡というのも相成って、破壊力を持ち過ぎてる。
既にバクバクの心臓。
緊張で喉まで乾いてきて、本気で言葉がでない。
こ、このままじゃ、き、気まずいよな。
「ご、ごめん! と、とりあえず一旦通話を止めて──」
『ま、待って!』
思わず通話を一度切ろうとしたんだけど、それを止めたのは近間さん。
相変わらず顔は真っ赤。だけど、必死に俺の方を見つめてくる。
『あ、あのね。は、恥ずいのは恥ずいんだけど……その、さ。……今日は、このままじゃ、ダメ?』
横になったまま、うつむき加減に上目遣いで俺を見てくる彼女の、普段じゃあまり見られないしおらしさを出している。
……か、可愛い……じゃなくって!
「で、でも、恥ずかしいんでしょ?」
『う、うん。で、でもさ。この状況って、あたしにとってその……奇跡みたいなもんなんだよね』
「き、奇跡?」
この展開から想像できない言葉を聞いて、俺は思わず尋ね返してしまう。
『う、うん』
コクリと頷いた彼女は、視線を逸らし俯くと、少しずつ話しだした。
『あ、あのさ。あたしにとって、今までの眼鏡男子って、言ったら憧れの存在だったけど、それ以上にはならなかったわけ。二次元にしても三次元にしても、相手はあたしをちゃんとは見てなくって、こっちが一方的に相手を見て好意を持つだけじゃん。つまり、相手はアイドルみたいな、どこか触れれない存在なわけ。だから、あたしは眼鏡男子が好きだけど、どこか冷静な自分もいたの』
ふっと近間さんが顔を上げ、俺をじっと見てくる。
眼鏡の下で、真剣な目をして。
『で、でも、その……遠見君も、今までの眼鏡男子と同じで、あたしの理想の眼鏡男子だけど。その、ちゃんとあたしを見てくれるじゃん』
「ま、まあ、俺にとっての初めてのグラ友だし」
『そう、グラ友。だけど、他の眼鏡男子みたいな、憧れるしかできない存在じゃなくってさ。すっごく身近にいて、色々話もできて、あたしの事想ってくれて、あたしに気を遣ってくれる、本当に特別な眼鏡男子なわけ。そんな相手と出会えたのって、本当に奇跡だと想ってるし、その……眼鏡男子好きとして、最高の時間を過ごせてるってわけ』
彼女の語る特別な存在。
それを聞いて、俺も凄く腑に落ちた。
確かに俺にとっての眼鏡女子も、近間さんでいう憧れの存在だったし、どこか一線を引く存在でもあった。
『グレーアーカイバー』のサーラの件だってそう。
俺にとって魅力的で、可愛いと想ってる。推しにもできる。
だけど、イベントの主人公はやっぱり俺と違うし、サーラだってそんな俺じゃない俺を見て話してる。
だからこそ、シナリオにだって不満を持つわけでさ。
だけど、近間さんは違う。
友達だってのもある。だけど、俺を見てくれて、俺の事を考えて、俺の話に答えてくれる、俺に向き合ってくれる眼鏡女子。
それって確かに、今までの、見てるだけのただの憧れの眼鏡女子じゃない。
彼女の言う通り、奇跡の存在なんだよね。
『だから、その……遠見君がどうしても無理って言うなら、諦める。けど、遠見君がいいなら、このまま話そ?』
近間さんらしからぬ自信のなさ。
不安を見え隠れさせながら、ちらちらとこっちの様子を伺う姿も、俺は可愛いと思っちゃってる。
……特別……そう、だよな。
こうやって俺に関わってくれてる、ギャルだけど可愛い眼鏡女子。
そんな彼女がこうして話してくれてるんだ。だったら、ちゃんと応えたい。
「……うん。近間さんが良いなら」
『ほんと? ……ありがと』
俺がはにかむと、彼女も画面の向こうで照れ笑いを浮かべてくれた。
本気でそれが恥ずかしいけれど、同時に彼女が笑うのを見るのはやっぱりほっとする。
また言葉が消えて、俺達を包む沈黙。
目線が合ったまま。笑みがゆっくり消えて、惚けたように見つめ合う。
何となく潤んでいる気がする、彼女の眼鏡の下の瞳。
さっきまでの強いドキドキじゃない。
けど、妙に緊張感を煽る胸の鼓動。
そして……。
コンコンコン
『ねーちゃーん。台所に飲み物置きっぱなしだけど。いるの?』
画面越しにドアをノックする音と、初めて聞く若い男子の声がした。
瞬間。びくぅっ! ってなった近間さん。
『ご、ごめん! ちょっと待ってて!』
小声でそういうと、ベッドを降りた彼女が慌てて画面外に消えていく。
『あー、いるいる!』
『やっぱそう? 持ってきたけど』
『マジ!? やるじゃん!』
なんて遠くに聞こえる会話。
多分弟君だと思うんだけど……助かったぁ……。
俺は緊張から解放されて、安堵のため息を吐いた。
体勢のせいで添い寝っぽくなってた妄想もあって、なんかその、妙な空気だったし。
確かに特別だけど、俺と近間さんはグラ友。
そう、グラ友なんだから。
──「ほらほら、海笑瑠。遠見君もあなたに気があるみたいだし、お似合いじゃない?」
──「とにかく、絶対海笑瑠はあなたに興味があると思うわ。あの子はあんな外見だしちょっと勢いで動くところもあるけど、根はいい子だから。恋人として大事にしてあげてね」
……お似合い……恋人……って、何考えてるんだって!
この間の美香さんとか黒縁先輩の言葉がまた脳内に思い返されて、思わず俺はブンブンと頭を振った後、大きく深呼吸する。
画面の向こうでは姉弟の会話が続いてたみたいけど、さっぱり頭に入ってこない。
そんな困惑した気持ちをなんとかすべく、この一人の時間を利用して、俺は何とか自分の中に浮かんだ妄想を必死にかき消そうと努力したんだ。




