第二話:女子の会話
って事で、俺と近間さんは一緒に通学する事になったわけなんだけど、それが今この状況を生んでいる。
やっぱり朝から家事をして通学するってのは、相当疲れるんだろう。
大抵朝は眠そうだし、話してても欠伸ばかりしちゃってるもんだから、このあいだも、
「眠かったら少し寝たら?」
って話をしたんだけど。
「だ、大丈夫! 折角遠見君と一緒に通学できるのに、寝てられないじゃん!」
なんて言いながら、気づくとこうやって俺の肩に寄り掛かり寝ちゃっている事があって。だから最近は、
「話は通学路ですればいいから。今は寝ておこう?」
って俺が促して、率先して寝させてあげるようにした。
「ごめんねー。普段朝の電車って、お弁当作って疲れちゃってるから爆睡してて……」
って後から白状した時には、やっぱりかって思ったけど、だからこそ無理に生活リズムを変えなくてもいいって思ってる。
ただ……まあ慣れないよね。
可愛い眼鏡ギャルが、俺の肩を借りてすーすー寝息を立ててるって現実は。
変に動いて起こしちゃってもいけない緊張もあるし、すぐ側に近間さんを感じてる別の緊張もあるし。
俺が当初想像していた二人での通学とはまた違う展開に少し困ってはいたけど、それでも彼女がグラ友でいてくれるんだしって、俺なりに頑張った。
お陰で自分は電車で寝られなくなったけど、まあそこは彼女の為に自分が選んだ道。我慢我慢っと……。
◆ ◇ ◆
『まもなく、千梅町、千梅町。降り口は左側です』
香我美駅から約三十分。
電車の中も混み合ってくる頃。
「ふに……」
近間さんはこの駅名を聞くと、寝ぼけながらむくっと動き出す。
って、今みたいな変な声を出すのは、流石に初めてだけど。
彼女が眠気まなこを眼鏡を外しもせず無理矢理擦ってる。何となく眼鏡を掛けているとこう、面倒くさくって外さずこうしがちだよなぁ、なんて微笑ましく見ていると。
「よく寝たー。ふわぁー」
なんて言いながら、片手を口に当て欠伸を隠し、少し背筋を伸ばしシャキッとしようと動く。
「おはよう」
「おはよー。ごめんねー。何時も枕にしちゃって」
駅でも交わした朝の挨拶。
改めて互いにそれを口にすると、近間さんはにこにことした顔をする。
「でも、やっぱ遠見君の肩借りて寝るの、気持ち良いよねー」
「そう? 固いだけな気がするけど」
「ううん。ぜんぜーん。寄りかかってるだけで妙にリラックスできちゃってさー。やっぱ、眼鏡男子っていう極上の枕だからかも。にししっ」
嬉しそうな顔をされるのは嫌な気分にはならないけど、やっぱり何処か気恥ずかしい。
正直、恥ずかしがらずに素直に言葉にできる近間さんって、やっぱり凄いなって思う。
まあ、この辺までは知ってる生徒もいないからこそ、近間さんもリラックスしてるのかもしれないけど。
「あ。そういえば……」
駅で電車が止まり、ぞろぞろと人が入ってくる中。何かを思い出したらしい近間さんが、急に上目遣いにおずおずと様子を伺ってくる。
ん? どうしたんだろ?
「どうかした?」
「あ、うん。その……例の件、どうかな、って……」
例の件って……ああ、あれか……。
俺は昨日の朝、電車でお願いされた事を思い出した。
それは、彼女が俺とスティファイで一緒に遊びたいっていう申し出。
あまりに突然だったから、その理由を尋ねたんだけど。
──「いやさー。この間のマルカーめっちゃいい勝負できたじゃん? だから、スティファイもどうかなーって」
なんて無邪気に言ってきたんだ。
ただ、マルカーは彼女も得意だったし、俺もそこまで勝ち負けに熱くなったりもしないんだけど、スティファイとなると別。
手加減するにしても気が引けるし、前にかじった程度って言ってた腕前の彼女相手に全力も出せない。
それに過去のトラウマの話もあって、無闇矢鱈に知り合いと対戦したいとも思わなくってさ。
昨日は一応答えを保留したものの……内心答えは出ちゃってる。
「えっと……その、ごめん。ちょっと無理かな」
申し訳ない気持ちになりつつも、俺がそう断りを入れると、「そっかー……」と、近間さんがしゅんっとする。
それを見て俺の良心が痛んだけど、そこは心を鬼にしないと──。
「嘘!? 遠見君、海笑瑠じゃ駄目なの!?」
「……へ?」
突然眼の前から、俺でも近間さんでもない女子の驚きの声が耳に届く。
俺と近間さんがはっと顔を見合わせ、すぐさま声の方に顔を向けると、そこにはつり革に掴まった、最近見慣れてきた女子生徒が立っていた。
キューティクルな茶髪に、近間さんに負けない可愛らしさを感じる彼女。それは──。
「み、美香!?」
そう。この間の髪型の話でも話題になった、近間さんの友達。篠原美香さんだ。
「おはよ、海笑瑠。っていうか、二人とも電車で告白の返事をするとか、ちょっと大胆すぎない?」
「は!? 違う違う! 何でそう思うわけ!?」
「え? どう聞いてもそういう会話だったでしょ?」
近間さんがずり落ちた眼鏡を直しつつ必死に否定をすると、きょとんとした美香さん。
っていうか、よくよく考えると、断片的にあの会話を聞いて、近間さんの落ち込みようまで見たら、勘違いされる要素もなくはない。
ただ、流石に電車でそんな会話をするカップルなんて、漫画ですら見たことも聞いたこともないんだけど……。
っと。
「篠原さん。座る?」
俺が立ち上って彼女に席を譲ろうとすると、彼女は少し驚いた顔をする。
「え? いいの?」
「うん」
「やった! 遠見君ありがとう!」
近間さんとはまた違う可憐な感じの笑顔と共に、美香さんは俺が開けた席にすぽんと収まると、直ぐさま近間さんに向き直り、興味津々の顔をした。
「で、本当に告白の結果を聞いてたんじゃないの?」
「あ、あのねー美香。あたしだってそういう話をする時は、空気読んで場所選ぶに決まってるっしょ!」
「あー。それもそっかー」
言われてあっさり納得する美香さん。まあ内心誤解が解けて、俺もほっとしてたんだけど。
「じゃあさ。海笑瑠は何時遠見君に告白するの?」
「……はい?」
そんな安堵の気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
ど、どういう事!?
ち、近間さんが、俺に告白!?
いやいやいやいや!
俺と近間さんはただの友達じゃないか。
……まさか、近間さんが俺の事?
…い、いや、それはない、よね?
変な声と共に目を丸くした俺を見て、慌てた近間さんがぶんぶんと両手を振る。
「み、美香! 流石に話が飛躍し過ぎっしょ! あ、あたしたち、友達なだけだかんね!」
「えー。でもこうやって一緒に通学してるじゃない」
「友達だって、一緒に通学くらいするっしょ!」
「でも海笑瑠って、あんまり男子と二人っきりとかにならないでしょ」
「な、ならなくはないですー!」
「そんな事言ってー。この間雅君が一緒に帰らないって誘ってきた時、さらっと断ってたじゃない」
「あ、あれはタイミング悪かっただけですー。別に嫌って断ったわけじゃないしー」
不満しか感じさせない不貞腐れた顔でそっぽを向く近間さんを見て、ふとこの間の事を思い出す。
そういや黒縁先輩もそんな事を言ってたっけ。でも、流石にこれだけ否定してたら、彼女が俺を好きとか、告白したいなんて事はないよな……。
急な話に心臓がばくばく言い出してたけど、勝手に勘違いしなくってよかった。
でも、こうやってオロオロした感じになる近間さんって、やっぱり新鮮だな。
あまりに現実味のない展開に、自然と他人事のような気持ちになりかけた俺。
だけど、神様はそんなに甘くなかった。
「じゃあ、遠見君はどうなの?」
「え? 俺?」
「そう。海笑瑠ってめっちゃ可愛いでしょ? そんな子と一緒にいて、ドキドキしたりしない?」
一緒に、いて……。
その言葉で、最近やっと忘れ始めてきていた、近間さんがうちに一泊した日を思い返してしまった。
そ、そりゃ……か、可愛いとは思う。
公園で手を繋いでくれたはにかむ彼女も。真剣に怒ってくれた彼女も。ギャップを感じる髪型してくれた時も。洗面所からバスタオル姿で出てきちゃった彼女も……。
余計な事まで思い出し、顔がかーっと真っ赤になっていくのがわかる。
それは他人に隠せるような物じゃなくって、俺を見ていた美香さんがぱっと笑顔になる。
「ほらほら、海笑瑠。遠見君もあなたに気があるみたいだし、お似合いじゃない?」
……はっ!
「ち、違います! か、可愛いとは思いますけど、俺なんかじゃ似合わないんで!」
片手だけ吊り革を掴んだまま、慌てて手を振り否定すると。
「美香! 遠見君みたいに真面目な子が、あたしみたいなギャルを好きなわけないじゃん! 今日だって遠見君が優しいから、朝の通学に付き合ってくれてるだけ! あんましからかうと、今日の話協力しないかんね!」
近間さんも、顔を真っ赤にしてそう否定した。
「ご、ごめんごめん! それだけは許して! もう葛城君にも話しちゃってるし、今更変更して迷惑掛けられないし。ね?」
近間さんの切り札が効いたのか。慌てて態度を急変させた美香さんがペコペコと必死に謝りだす。
そんな姿を見て、俺はやっとこの恥ずかしい話から解放されたんだと、本気で安堵したんだ。




