第六話:アイデア
「そっか。近間さんだ」
「へ? あたし?」
ぽんっと手を叩き、独りごちた俺の口にした言葉の意味が分からず、近間さんは思わず首を傾げる。
「そう。近間さんが髪型選んでも自然な展開にすればいいんだよ」
「あたしが選んでも、自然?」
「うん。ただそのためには、まず美香さんの計画を変えないといけないけど」
「え? 美香の計画を変える?」
曖昧な言葉の数々に、戸惑いを隠せないまま言葉を復唱するだけの彼女に対し、俺は眼鏡を指で直すと説明を始めた。
「うん。多分美香さんのサプライズって、二人っきりの時って前提になってると思うんだよね」
「そりゃ、葛城君に見せたいんだし、間違いないっしょ。で?」
「でも、そのままじゃ近間さんも俺も頭を抱える状況じゃない。だから、サプライズで髪型を変えるのを、みんなで遊びに行く時に変更するんだ」
「みんなで、遊びに行く時……」
「そう。近間さんなら友達も多いし、葛城君の部活の予定こそあるけど、みんなで一緒に遊ぶからって二人を誘うのは難しくないでしょ?」
「まあ、できるっちゃできるけど……」
「そうしたら、その機会に近間さんと美香さんが、二人共同じ髪型で登場するんだ」
「あたしと美香、二人とも? 何で?」
未だ答えは分かってない近間さん。
だけど、俺の提案に興味は示したのか。眼鏡を指でくいっと直し、真剣な顔になる。
そんな彼女に対し、俺はにこっと笑うと答えを伝えた。
「こうすれば、美香さんが髪型を変えた理由を、近間さんの提案ってことにできるでしょ?」
「あたしの提案……あー!」
俯き、少し顎に手を当ててその意味を考えていた近間さんが、はっとして俺を見た。
「そっか! 変な髪型って思われても、一緒にいればあたしがカバーできるって事じゃん!」
「そういう事。勿論それを葛城君が気に入れば万々歳だし、微妙だったとしてもこっちが合わないのを選んじゃったって言い訳ができるんだ。ただ問題は、もし好みを外した場合に、近間さんがセンスなかったように見られちゃうかもって事だけど……」
そう。それだけが問題なんだよな。
近間さんがそれで傷ついたりしないかな……。
俺の中でそんな悩みが燻る。けど、やっぱり彼女はすごかった。
「それめっちゃ良い案じゃん! 遠見君、やりますねー」
なんてにやにやしながら、肘で俺をつんつんと突いてくる。
「え? 大丈夫? 近間さんが悪く見られない?」
「ぜんぜーん! だいたい、二人がデートした後に失敗したーって話、通話で長々と聞かされるくらいだったら、その場でカバーしたほうが絶対気持ちも楽だし。みんなもいるからごまかしも利くしさー。どうにでもなるっしょ」
まるでさっきまでの悩みなんて感じさせない、彼女のすっきりした笑顔。
それが俺までほっとさせてくれる。
でも良かった。これで少しは近間さんが選ぶのも楽になるだろうし、肩の荷も降りたかな。
「ってことでー、遠見君」
「ん? 何?」
「どの髪型がいーい?」
……あれ?
「えっと、俺が選ぶの?」
「もっちろん!」
「で、でもさ。当日の美香さんの服装も分からないし。そもそも俺にそういうセンス皆無だよ?」
俺は慌ててこっちの問題をはっきり伝えたんだけど、近間さんはそんな言葉にまったく揺らぐ様子もなく。
「じゃあ、あたしに似合う髪型を選ぼ?」
なんてさらりと……え?
「近間さんに似合う髪型?」
「うん。だって遠見君が提案したんじゃん? あたしと美香が同じ髪型で出てけば良いって」
「あ、うん。そうだけど。でもイメチェンするのは美香さん──」
「確かにそうだよ? でもでも。美香はあたしが選ぶならどれでもいいってお願いしてきたんじゃん? だったらあたしに似合う髪型を選んだって変わんないっしょ?」
……まあ、一理あるっちゃある。
けど、俺が選んでいいのか!?
多分その迷いが顔に出てたんだろう。近間さんはにっこりとすると。
「あー。そう言っても似合うかわかないだろうしー。あたしがここで、髪型変えてみよっか」
なんて優しさを見せて──って優しくない!
「い、いや。だ、だからセンスがなかったら──」
「大丈夫大丈夫! 折角の機会なんだしー、眼鏡女子好きの遠見君の好みで選んでいいからさー。ちょっと待っててね!」
にっこにっこしてる近間さん。
これ、自分も楽しむ気満々だ。
……うーん、まあ、髪型を選ぶだけだし。近間さんがいいならいっか……。
結局彼女は俺の返事すら待たず、鼻歌を歌いながら楽しげにそのままボストンバッグから髪留めっぽい物を出し始める。
……もう、断れないよな。
ちょっと忘れかけてた、陽キャなギャルらしい積極性と行動力に、俺はただただ呆然とする事しかできなかった。
◆ ◇ ◆
で。近間さんが下準備を済ませ、二人で昼食のピザを食べ終えた後、ファッションショーならぬヘアーショーが始まったわけなんだけど。
「ツインテはこんな感じかなー? 遠見君、写真いける?」
「あ、うん。行くね」
「おっけー。いえーい!」
俺から少し離れた距離で、近間さんがポーズをとる。
アングルだけは美香さんの写真と合わせつつ、きらっきらの笑顔を向けてくる彼女を何とかスマホの画面に収め、俺はシャッターを切った。
カシャッという音と共に撮られた写真。
その画像を開き、そのまま近間さんに見せてみる。
「どうかな?」
「おけおけ! じゃあ残りは後ろに流すやつだね。ちょっと待ってて」
流れる動きでシュシュを外し、まとめていたゴムを手慣れた感じで外していく近間さん。
俺は再びスマホの画面に写った彼女の写真を見ながら、内心思っていた。
これ、やばいなって……。
これと似た経験はある。ゲームのキャラメイクで。
とはいえ、髪の毛だってパパッと一瞬で切り替わるだけだし、表情だってゲームだからこそ固い。
でも、それがリアルになると、その変えている過程や、撮影時を含めた表情まで、眼鏡女子をずっと堪能できるわけだ。
しかもモデルはギャルとはいえ、可愛さ十分の眼鏡をした近間さん。
だから、どの髪型も似合うし映えもあるんだよね。
眼鏡女子がこうやって色々なヘアアレンジを見せてくれる機会なんて、人生で経験する事なんてないって思ってたのもあるけど、一瞬一瞬の可愛さとか、髪の毛を見事に纏め上げていく手捌きとか。見惚れる要素が多すぎる。
スッスッとスマホの画像をスライドで切り替えるけど、どれも本当に映えがある。
勿論三つ編みみたいな髪型は素朴に見えたりもするけど、似合わないなんて事は全然なくってさ。
あんまりガン見しちゃいけないから、うまくごまかしてはいるけど。はっきり言って目の保養なんてレベルじゃないヤバさに、何気にずっと緊張させられてる。
……まあ、でも仕方ない。
眼鏡ギャルも、やっぱり眼鏡女子なんだなって分かっちゃったんだから。
「お待たせー。じゃ、最後の一枚いこっか」
っと。色々考えてるうちに準備が終わったのか。
ぱっと顔を上げた俺は、そこに座っている近間さんを見た瞬間、ドキッとした。
……か、可愛い……。
後ろ髪を背中に流し、後頭部で一部の髪を編んで後ろで髪留めで止めた、本来の美香さんの髪型に近い清楚系。
金髪のギャルとはいえ、眼鏡をしたまな穏やかな微笑み方をしてたのもあって、めちゃめちゃ似合っててさ。
正直胸に刺さった。間違いなく。
「……あれー? もしかして、見惚れちゃってる?」
と。その表情がにんまりとしたのに気づき、俺は慌てて首を振る。
「ご、ごめん! ぼーっとしてただけ。じゃ、いくね」
すぐにスマホを構えると、そこには少し不満げな近間さんが映っている。
……あ。
前に言われたじゃないか。
──「そういう正直な所は遠見君らしいんだけどさー。それって、あたしを女子として見てないよーって言ってるのと変わらないんだけど」
って……。
「あ、その。ごめん」
しどろもどろで何とかそう謝ると、ふぅっとため息を漏らした近間さんが、次の瞬間肩を竦めて笑う。
「仕方ないっしょ。あたし、頑張ったって清楚系じゃないしさー。それより、ちゃちゃっと撮って、髪型選ぼ? じゃ、遠見君準備いーい?」
「あ、うん」
「じゃ、いくよー。いえーい!」
彼女はさっきと同じように、清楚感皆無な笑顔でポーズを決め、俺は流されるようにそのままシャッターを切っていた。




