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第六話:しっかり者

 結局、あの後俺と近間さんは、受付にいた管理会社の方々にお礼を言うと、そのまま公園を出て俺の家に向かう事にした。

 熱っぽさはないけど、やっぱり少し風が冷たく感じるし、ちょっとくしゃみの回数も増えてて、あまりのんびりできないのが理由だ。


 近間さんに地図アプリで確認してもらった感じ、家までは駅前同様徒歩で十分くらい。


「えっへっへっ。住所ゲットー!」


 なんて笑いながら検索してくれたけど、もう背に腹は代えられないし、どうせ家まで行くなら一緒だしと割り切った。


 ……けど、正直住所を知られた事より、家までの道中の方が色々と大変だったな。


 公園を歩いている段階から、やっぱり濡れている俺に変な目を向けてくる人達がいてさ。

 正直俺一人だったら耐えれば済む。だけど、隣にいる近間さんまで変な目で見られたら嫌だなって心配してたんだけど。


「遠見君。そんなに気になるならさ。こうしよっか」


 そう言って、俺に手を繋いできたんだ。

 何で!? ってはっきり顔に出した俺に、


「こうしてたらさ。恥ずかしさで気も紛れるっしょ?」


 そう言ってはにかむ近間さん。

 顔が火照って仕方ない俺。彼女もほんのり顔を赤くしてるように見える。


 それはそれで、迷惑を掛けている気持ちにならなかった訳じゃない。

 ただ、完全に恥ずかしさが上回ってたのもあるし。同時に無理矢理振り解いて、近間さんの気分を悪くしてもいけないって気持ちにもなっちゃって。

 結局彼女のなすがまま、一緒に並んで歩く事になった。


「遠見君って、家で自炊したりするの?」

「あ、うん。一応」

「おー、凄いじゃん」

「そ、そんな事ないよ」

「得意料理は?」

「えっと……シチューとか。って言っても、市販ルウを使ってるけど」

「おー。今度ご馳走になっちゃおっかなー」

「そ、それはちょっと……」


 公園を出て、道を歩いて行く中、相変わらず近間さんは普段通り話してくれるけど、俺の方はといえば、その会話に付いていくのが精一杯。

 ま、まあ、恥ずかしさばかり先行して、正直頭がくらくらしてたし……。


 実際ここまでされると、確かに周囲の視線以上に、可愛い眼鏡ギャルと彼氏彼女のように手を繋いでいる現実に対する気恥ずかしさの方が上回っちゃって。

 周囲の変な目なんて感じている暇もなく、気づけば家のマンションの下に付いていたんだ。


      ◆   ◇   ◆


「うわー。階数多いねー。ねえねえ。このマンションって結構高くない?」


 十階建ての大きめのマンション。

 それを見上げながら、近間さんがそんな質問をしてくる。


「多分。家族が一時帰国した時の宿泊用にって、わざわざ部屋数の多い物件を借りてたから」

「へー。そうなんだー」

「あの、それよりその……そろそろ、手、離してもいいかな?」


 ちらちらと横顔を伺いつつそう尋ねると、はっとした近間さんがこっちを向くと口を尖らせる。


「えーっ!? 折角遠見君の手の柔らか、楽しんでたのになー」

「そ、そう言ってからかわないでって」

「にひひっ。バレちゃった? ごめんごめん」


 表情をコロッと変え笑った彼女は、やっと俺の手を解放してくれた。

 でも、最初は少し恥ずかしそうにしてたけどすぐに慣れたのか、普段通りになってた辺り、やっぱり彼女はこういうのに抵抗はあんまり──。


「は、はくしょん!」


 今日何度目かのくしゃみと身震い。

 ほっとして気持ちが緩んだのか。何となく身体が熱い気もする……。


「やっばっ。遠見君! 早く部屋に行こ? ほら!」


 俺の異変に気づいた近間さんは真剣な顔になると、さっき離してもらったばっかりの手を掴まれる。

 そして、そのまま俺は彼女に促されるまま、マンションのエントランスに入るとエレベーターに乗り込んだ。


「いーい? さっき歩きながら少し話したけど、遠見君はまずささっとシャワー浴びて、温かい格好に着替えちゃって。その間にあたしがあったかいご飯作っておくから」

「う、うん」

「家に風邪薬とか冷えピッタンとかある?」

「い、一応」

「おっけー。じゃ、ご飯食べたら薬飲んで、頭冷やしてベッドで温かくして休も」


 普段のあっけらかんとした態度なんて微塵も感じさせない、テキパキとした指示出し。

 まだそこまで体調悪いわけじゃないし、とも思ったけど、俺は近間さんの雰囲気に呑まれ、ただ頷き返すだけ。


 そうこうする内に、俺達は目的の七階。俺の部屋の前までやってきた。


「ご、ごめん。少しだけ待って」

「うん。でも少しだけだかんね」

「う、うん」


 とりあえず玄関の鍵を開けた後、一人部屋に入った俺は電気を点けた。

 濡れた靴を脱ぎ、フローリングの廊下を足跡部分だけ濡らしながら、一旦廊下に面した洗面所の扉を開け、すぐさま棚からバスタオルと雑巾を手にする。


 靴下は脱いで空の洗濯かごに放り込み、足の裏だけ拭く。

 服やズボンは、帰ってくるまでにそこそこ水分っ気が減ったせいで、廊下を濡らすような滴りはなさそうか。


 とりあえず廊下に残った濡れた足跡を急いで雑巾で拭くと、俺は流れで玄関を開けた。


「ご、ごめん。お待たせ」

「え? もしかして床拭いてたの?」

「うん。そうだけど」

「今はそんなのいいから! 雑巾は預かるから、遠間君はささっとお風呂場! 悪いけどキッチン借りちゃうね!」

「わ、わかった」


 部屋に上がるや否や、俺の背中を押し急かす近間さん。

 そのまま俺は洗面所に押し込まれ、勢いよくドアが閉められた。


「お風呂溜めるの難しかったら、シャワーでもいいからしっかり浴びるんだよ?」

「わ、わかった」

「何かあったら大声出してね。あと、声掛けて反応なかったら飛び込むから。できる限り反応して」

「う、うん」


 扉の向こうから聞こえる彼女の言葉を聞きながら、流石に大袈裟じゃないかと思うものの。今はそれ所じゃないのも事実。

 俺は濡れた服や下着を洗濯カゴに放り込み、眼鏡を外すと急ぎ風呂場に入りお湯を出すと、立ったままシャワーを浴び始めた。


 やっと味わえた温かさに、少し気持ちがほっとする。

 流石に並行して風呂なんて溜められないし、少し長めに浴びて身体を温めるしかないか。


 でも、なんか近間さん凄くしっかりしてたな。

 家でもこんな感じなんだろうか? 何かお母さんみたいだったけど……って。今はそんな事より自分を何とかしないと。


 心に余裕ができた俺は、そのまま椅子に座り頭からシャワーを浴び始めたんだけど。

 ……この時、俺はまだこの先にある大きな問題に、気づいていなかったんだ。

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