サイドストーリー:頑張り過ぎなお返し
「……うーん……」
日曜日の昼過ぎ。
海笑瑠さんがバイトのその日。俺は香我美駅から数駅離れた所にある、ショッピングモールに足を運んでみた。
理由は、ホワイトデーのお返しを考えるためだ。
この場所を勧めてくれたのは美香さん。
実は海笑瑠さんに内緒で、こっそりお返しを買うのに良さそうな場所を聞いておいたんだ。
──「こういうのって初めて?」
──「う、うん」
──「そっか。海笑瑠の事だから、遠見君が何を上げても喜ぶと思うけど、好きなのはクッキーとかマカロンだよ。キャンディはあまり好きじゃないって言ってたけど、ホワイトデーなら流石に外せないかも」
なんてアドバイスまでしてくれて、それは本当にありがたかったな。
──「でも、こうやって一生懸命考えてくれてるの、海笑瑠が愛されてるって気がするよねー」
なんて茶化されて、少し恥ずかしくもなったけど。
ショッピングモール中央にある吹き抜けのエリアにあるホワイトデーの特設コーナー。
遠間からでも、色々なお菓子が並んでいるのがわかる。
キャンディーにクッキー。マカロンにチョコレートにケーキ。
華やかなお菓子が並ぶそこには、多くのカップルがいて賑わっている。
男子一人で行くのは何となく肩身が狭い。
でも、海笑瑠さんにちゃんとお返ししたいし、がんばって選ばないと。
大きく深呼吸をした俺は、覚悟を決めると、お菓子屋が並ぶコーナーに足を踏み入れた。
うーん……これ、色々ありすぎて目移りするな……。
エリアに入ってすぐ、あっさりと覚悟は不安に変わっていく。
お菓子の種類もそうだけど、デザインも猫なんかを象ったのから、花柄だったり、宝石みたいなのだったり。本当に店ごとに特色が違うし、どれも可愛い。
正直、俺はプレゼントが恐ろしく苦手だ。
クリスマスの時だって、正直ネットで一生懸命オススメを調べたし、今回だってそう。
でも、ネットで調べると今以上に色々なおすすめが出てくるし、しかも人気の物は売り切れになっているしで、調べ損も多かった。
だから、もう売っている物でってことで、こうやって物を見て決めようとは思ったものの。結局こうやって迷ってるんだもんなぁ……。
人混みを避けつつ、遠間にちらちらとディスプレイされているお菓子を眺めながら歩いていると、ふと壁に何か貼り紙がされているのが目に留まった。
えっと……『大事なホワイトデーのお返しの意味』?
……へえ。お返しのお菓子一つで、こんなに意味が変わるんだ。
海笑瑠さんはキャンディーが苦手だけど、外せないって言った美香さん。多分あの言葉も、この辺の知識があったからかもしれない。
でもそうなると、本当にどれにすればいいか余計に迷うな。
ふと、バレンタインデーの事を思い出す。
あの時、海笑瑠さん頑張って俺にケーキを作ってくれてたんだよな。
あそこまでしてくれたんだし、日頃一緒にいてくれる感謝の気持ちも、ちゃんと詰め込みたいけど……。
くるりと振り返り、再びフロアを眺める。
お菓子の意味、か……。
ぼんやりとまたお店を見ながら、良さげな意味のあるお菓子が並ぶ店を遠間に眺める。
キャンディ。マドレーヌ。バウムクーヘンにマカロン──あ。
ふと俺はマカロンを見て動きを止める。
これって……いや、あれじゃ駄目だ。だとすれば……。
自分の閃きを具現化できないか。
さっきまでと違う観点でフロアをまた歩き始めたけど、やっぱり思うようなの物はない。
となると……。
俺はその場で少し考え込んだ後、そのままフロアを離れ、同じショッピングモールにある別の店に向かったんだ。
◆ ◇ ◆
「……よし。こんな物かな」
結局、家に帰って来たのは夕方頃。
そして、今キッチンテーブルの前に立つ俺の前には、お菓子の材料とお菓子の作り方が書いてある料理本が置かれている。
牛乳、グラニュー糖、蜂蜜、生クリームにバター。卵白にビターチョコレート。粉糖にココアに、アーモンドプードル。
何か流石に欲張りすぎた感じもするけど、大丈夫かな……。
そんな不安を覚えながら、俺はそれらを少しの間眺めていた。
結局俺は、自分で手作りのお菓子を作る事に決めた。
それはちょっとしたアイデアが浮かんだものの、流石にそれを形にできる店売りの商品がなかったから。
一応料理はある程度できるけど、お菓子作りなんて、たまに食べたくなって作るホットケーキくらい。
うまくやれるだろうか……いや。海笑瑠さんだって頑張ってくれたんだ。俺だって頑張らないと。
自分の中の勇気を奮い、俺は意を決して本を読みながら、初めて本格的なお菓子作りを始めたんだけど……。
あー。これは海笑瑠さんが苦戦した理由もわかる。
何度か試行錯誤して作っている内に、成功とも失敗とも言い難い微妙なお菓子が増えた。
形はいいけど味が微妙だったり、その逆だったり。
これは確かに、彼女が寝不足になりながら頑張った理由がわかる。
一応ホワイトデーまでまだ数日あるとはいえ、早く何とか形にできるか考えないと。
最悪手作りが無理なら、店で買うって判断もしないといけないし。
そう気合いを入れ直し、その日は明日学校にも関わらず、黙々とお菓子作りに没頭したんだ。
◆ ◇ ◆
『間も無く、青藍。青藍──』
……ん? 青藍? へっ!?
はっとして俺はもたれ掛かっていた何かから頭を退かすと、思わず窓から外を見た。
確かにもうすぐ駅じゃないか。危うく寝過ごす所だった──。
「おーはよっ」
ほっと胸を撫で下ろしていた俺は、隣から聞こえた声にはっとして顔を向ける。
そこにいたのは、普段通りに眩しい笑顔を見せる、眼鏡をした海笑瑠さん。
寝ちゃってたせいで、隣にいたのをすっかり忘れてた。
「よく眠れた?」
「う、うん。それより俺、海笑瑠さんに寄りかかってた?」
「うん。久良君の事ー、しっかり感じてたよ」
にししっと笑う海笑瑠さんの眩しい笑みに、俺は申し訳無さと恥ずかしさで小さくなる。
「ご、ごめん。重かったよね」
「そんな事ないってー。そんな事言ったーら、普段はずーっとあたしが久良君を枕にしてるしさー。たまにはお返ししないとね」
なんて言いながら、にこにことしている彼女。
何時もながらの優しさには、本当に頭が上がらない。
「そっか。ありがとう」
「いいのいいのー。あたしと久良君の仲じゃん」
「そう言ってもらえると助かるよ」
海笑瑠さんに俺を言っている内に、電車が駅のホームに入っていく。
「じゃ、降りよっか」
「うん。そうだね」
俺達はそのまま席を立つと、開いた電車の扉から、人の流れと一緒にホームへと出て行った。
まだ寝起きで少しふわふわしながら改札を出ると、すっと海笑瑠さんが俺と手を繋いでくれた。
勿論、互いに手をしっかり組む恋人繋ぎ。
流石にずいぶんと慣れたけど、手汗とかはちょっと気にしちゃうんだよね。
「でもー、ここまで久良君が眠そうだった時ってあったっけ?」
「どうだろ? あまり記憶にないけど」
「だよねー。体調が悪いとかはない?」
隣で少し心配そうな顔をする彼女。
こうやって心配してもらえるのは、やっぱりちょっと嬉しい。でも、心配かけてもいけないよな。
「大丈夫だよ。何か寝つきが悪かっただけだから」
「本当に?」
「うん。あ、それより木曜日なんだけど──」
「あ! それそれ! もち! バッチリ空けてたかんね!」
俺の言葉を察して、ころっと表情を変えた海笑瑠さんが笑顔でピースしてくる。
良かった。バイトが休みなら、落ち着いて渡せそうだ。
「流石にー、その日は一緒に帰れるよね?」
「うん。そのつもりだけど、折角だし外で夕食を食べて帰ってもいいか、未鈴さんに聞いてもらえる?」
俺がそうお願いすると、彼女が少し驚いた顔をする。
「え? それはいいけど、久良君の家じゃなく?」
「うん。たまにはそういうのもいいかなって」
なんて言ってるけど、本音は流石に隠した。
昨日からずっとキッチンにいるし、今日も帰ったらお菓子作り頑張る気でいるんだけど、結構これが疲れるんだよね。
だから、流石に夕食くらい手を抜きたいって思っちゃって。
きっと正直に話したら、海笑瑠さんが何か作ってくれそうだけど、ホワイトデーに料理作らせるのも何か悪いし。
「どうかな?」
「あたしは別にいいよー。久良君と一緒にいられるなら。でもー、まさかとは思うけどー。フランス料理とか、お高そうなお店を選ぼうちかしてないよね?」
「ご、ごめん。流石にそれは無理。ファミレスでも寄ろうかなって思っただけだから」
もしかして、そういうのを期待してたのかな?
焦りながらそんな返事をすると、海笑瑠さんは心底ほっとした顔をした。
「良かったー。ああいうお店って何か居心地悪そうだしー、気楽に話しにくそうじゃん? だからー、ジョナスサンとか、いつものとこにしよ!」
「あ、うん。そうだね」
確かに。言われてみたら、そんな場所連れて行ってもお互い緊張しそうだよな。
やっぱりそういう場所はもう少し大人になってからにしよう。
そんな事を考えてると。
「でもー、もっと大きくなったら、一度くらい行ってみよ? あたし達の初めて、もっと増やしたいしさー」
なんて言いながら、海笑瑠さんが少しはにかむと、俺の手をよりぎゅっと強く握ってきた。
その愛らしさと、この先も一緒にいてくれると言わんばかりの台詞に、俺の胸がジーンとくる。
「そうだね。いつか一緒に行こう」
……うん。
その為にも、ホワイトデーのお返しも、しっかり頑張らなきゃ。
そんな気持ちをより強くした俺は、その日も家に帰って頑張ってお菓子作りに奮闘したんだけど──。
◆ ◇ ◆
──ホワイトデー当日。
俺は見事に風邪を引いた。
何とか昨日の夜にお菓子はできあがったんだけど、何かその時少しふらふらっとして。ちょっとぼんやりもするから熱を計ったら三十八度を超えてたんだ。
多分、風呂上がった後もキッチンで頑張ってたから、湯冷めしたのかもしれない。
それで、朝になっても熱が下がらないから、海笑瑠さんには学校を休むってLINEを入れ、学校にも連絡をしたんだけど……その結果。彼女まで学校を休み、制服姿のまま家にやってきた。
流石にそれには驚いたけど、お母さんに話をしてちゃんと許可を貰ったと言われたら、俺もそれ以上何も言えないし、素直に厚意を受け取りお世話になる事にしたんだ。
「ごめん。折角のホワイトデーなのに」
「いいのいいのー。まずはお粥食べて、栄養つけよ?」
「うん。いただきます」
既に冷えピッタンをおでこに貼られた俺。
ベッドの端に座り笑顔を見せている海笑瑠さんから小さめのどんぶりを差し出された。
ベッドボードを背もたれ代わりに体を起こした俺は、それを受け取ると彼女の作ったお粥を少しずつ口に運んでいく。
まだ頭がぽーっとしているけど、最近晩飯代わりにお菓子ばかり食べていた体に凄く染みるのはよくわかる。
「どう?」
「うん。美味しいよ」
「良かったー。でもさー、ホワイトデーだからって、久良君頑張りすぎじゃん」
俺がお粥を食べるのを見ながら、海笑瑠さんが少し呆れた顔をする。
「洗い物にあったあれ、絶対お菓子作ってたよね」
「う、うん」
「最近眠そうだったのも、やっぱそれが原因?」
「……うん」
こっちの返事を聞いて、彼女ははっきりとわかる大きなため息を漏らす。
「まー、あたしだってバレンタインはめっちゃ張り切ったし。その気持ちはめっちゃわかるけどさー」
「ごめん。あれだけ海笑瑠さんが頑張ってくれてたし、俺も頑張って気持ちを伝えたいなって思って……」
「それは嬉しいけど、それで風邪引いてたらダメじゃん」
「そ、そうだよね。ごめん……」
ほんとにそうだ。結局、勝手に頑張って、心配をかけてるなんて。
自然に食べる手が止まり、その場でしょんぼりとしながら俯いていると。
「ちなみに、お菓子はできたの?」
彼女は俺にそう尋ねてきた。
顔を上げると、まだ真剣な顔をしてて、言葉とのギャップに少し戸惑ってしまう。
「あ。う、うん。何とか」
「そっか。ご飯落ち着いたら、見せてもらってもいーい?」
「それは、いいけど……出来は、よくないかも」
別に失敗をしたわけじゃない。
大成功とも言えないけど、俺がある程度思う形には出来たと思ってる。
だけど、結果それで風邪を引いているって負い目もあって、何となく自信がなくなったんだよね……。
俺の冴えない顔を見た海笑瑠さんは、瞬間何時もの笑顔を見せた。
「そんなの気にしなくっていいってー」
俺から顔を逸らした彼女は、ベッドからぶらりと出した足をぷらんぷらんさせながら、話を続ける。
「バレンタインの時もそうだったけどさー。あたし、今、ちょー愛されてるなーって思ってるもん」
「そ、そう?」
「もち! だってあたしの大好きな彼氏が、一生懸命お菓子作ってくれるんだよ? そりゃー、風邪ひいたのは流石にどうって思うよ? でもー、それもあたしの為って考えたら、やっぱ嬉しいし。……何か、懐かしいよね」
「懐かしい?」
「そ。あたしの帽子のために池に落ちて風邪引いたじゃん?」
「あ。そんな事もあったね」
顔をこっちに向けると、少し顔を赤らめた海笑瑠さんがにこっとする。
「久良君って、あの頃からもう優しかったよねー」
「そうかな?」
「うん。めっちゃ気を遣ってくれたじゃん。あの日で完全に久良君にやられちゃった。だから理想の眼鏡男子に、眼鏡ギャルも意識してもらおーって思って頑張ってたし。あ、お粥冷めないうちに食べてね」
「あ、うん」
彼女の指摘にはっとした俺は、再び手を動かしおかゆを食べ始めた。
そんな俺を、はにかみ無言のままじーっと見ている海笑瑠さん。
……な、何か恥ずかしいな。
でも、確かに冷めたら勿体無いし、何か話すのはお粥を食べ切ってからにしよう。
そう思って黙々と食べていると。
「……やっぱ、久良君を見てるだけで、幸せ」
なんて、夢心地の顔でポソっと言われ、俺はより顔を赤くしてしまった。
◆ ◇ ◆
「ご、ご馳走様」
「こっちこそ、お粗末様でした」
食べ終えた食器をキッチンに持っていった海笑瑠さんは、戻ってくるとさっきと同じようにベッドの端に腰掛け、布団に横になった俺を見下ろしてくる。
「さて。じゃー、久良君の力作、見てもいーい?」
「あ、うん」
海笑瑠さんの眼鏡の下の瞳が、一気に期待の眼差しに変わる。
あ、あんまり期待されると、ちょっと困るんだけど……。
「で、お返しはどこにあるの?」
「机の横の鞄の中。あ、鞄を傾けないように取ってもらえる?」
「おっけー。どれどれ……」
もうお見舞いそっちのけの笑顔になってるけど、流石にそれを突っ込むのは野暮かな。
そんな事を思いながら、ベッドを離れて、机に立て掛けてある鞄を開けた海笑瑠さんの手によって、中からすっと可愛い包装の紙袋が取り出された。
「うわー! めっちゃ可愛いじゃん!」
「そ、そうかな?」
「うん! 流石はあたしのグラ彼。わかってますねー」
嫌味のないにんまりとした顔をする彼女。
うん。喜んでくれたなら、恥ずかしい思いをした甲斐もあったかな。結構お店で買うの勇気いったし……。
「ごめんね。少し奥に行ってもらってもいーい?」
「あ、うん」
俺が少し奥にズレると、ベッドの上でぺたんと座った海笑瑠さん。
「ね? 開けていい?」
「う、うん」
お菓子を気に入ってくれるかな……。
そんな緊張で喉が渇いて唾を飲み込む。
「じゃ、開けるね」
丁寧に包装の封をしたシールを剥がし、紙袋を開けた瞬間。
「……え? 何これ?」
海笑瑠さんがきょとんとした。
そのままゆっくり紙袋に手を入れて、そこから取り出したのは……。
「これ、眼鏡ケースだよね?」
「うん」
そう。それはさっきの包装と同じように、花柄があしらわれた可愛らしい眼鏡ケースだった。
ちなみにこれは、キャシーさんのお店で買った物。
──「ホワイトデーニ? オー! ザッツグレイト!」
彼女にアイデアを話した時にこう笑顔で言ってくれた彼女の言葉も、お菓子作りを頑張る勇気が出たひとつの理由。
ほんと、キャシーさんにも感謝だな。
「えっと、開けていいの?」
「どうぞ。ただ、期待外れだったらごめんね」
俺の返事に、海笑瑠さんはゆっくりと、スカートの上に置いた眼鏡ケースを開けた。
そして、中身を見た瞬間。
「何これ! すごっ!」
思わず彼女は目を丸くした。
内側をアルミホイルで覆った眼鏡ケースの中に入っていた物。
それは俺が頑張って作った、お菓子の眼鏡だ。
「えっと、レンズがマカロンで、フレームとテンプルはキャンディ?」
「うん。キャラメル風キャンディ。あと、流石にフレームとかテンプルはくっついてないから、そこは見た目だけだけど」
「それでも十分凄いっしょ! ね? ね? 写真撮っていーい?」
「あ、うん。好きにしていいよ」
「ありがと!」
嬉しそうにポケットからスマホを出して、写真を剿る海笑瑠さん。
ちなみにマカロンは楕円形に焼いてレンズっぽくしたし、キャンディは型を一生懸命作って、そこに溶かしたキャンディを流し込んで頑張ったりした。
残念ながら実用性はない作りだけど、眼鏡好きの海笑瑠さんだったら喜ぶかな? って思ったんだ。
思ったより反応が良いし、ちょっとほっとしたかな。
「何か食べるの勿体ないねー」
「そう言ってもらえただけで、作って良かったよ。ただ、海笑瑠さんキャンディ苦手って聞いたから、そこは悪いかなって思ったけど」
「あれ? あたし、その話ってしたっけ?」
俺の言葉に、彼女が首を傾げる。
そういやこの話、美香さんから聞いたんだよな。
「あ、いや。美香さんが教えてくれたんだよね」
「美香が?」
「うん。ホワイトデーのお返しを売ってそうな場所、心当たりがないかってこっそり聞いたんだ」
「え? それが何で手作りになったの?」
「その、お菓子を見てたらふと、こういうデザインが浮かんだのもあったんだけど」
「だけど?」
「あ、その。バレンタインで、海笑瑠さんも手作りのチョコケーキ頑張ってくれたから、俺も頑張ろうかなって……」
何か、改まって話すとちょっと恥ずかしいな。
彼女から目を逸らし、頬をぽりぽりと掻く。
ちらっと横目で見ると、海笑瑠さんも照れながら、同じく頬を掻いている。
「……もー。そんなの気にしなくって良かったのに。ちなみに久良君って、お返しの意味も知ってるの?」
「うん。といっても、お店に行った時に貼ってあって知ったんだけど」
「そっか。その……マカロンとキャンディを選んだのも、そういう事?」
「うん。キャラメル風にしたのもだけど」
「え? キャラメルってどんな意味だっけ?」
あ、彼女はそこまで知らなかったのか。
マカロンは『あなたは特別な存在』。
キャンディは『あなたのことが好き』。
そしてキャラメルには──。
「えっと、その……『一緒にいると安心できる』って意味があるんだって」
俺が恥ずかしさをごまかしながら笑うと、彼女は一瞬びくっとすると、顔を真っ赤にし、もじもじとしながら胸の前で指をちょんちょんし始める。
「そ、そこまで、想ってくれてる?」
「う、うん。その、やっぱり……海笑瑠さんのこと、好きだし」
改めて好きって言葉を口にするのは、やっぱり恥ずかしさが勝る。
そのせいで、俺は彼女を見れず、思わず横を向いちゃったんだけど。
少しの沈黙の後、パタンとメガネケースを閉める音と、それがサイドボードに置かれたであろうトンッという小さな音がした。
ん?
俺がその音に反応し、海笑瑠さんを見る。
俯いた彼女が、未だ顔を真っ赤にしたままふるふると震えていたかと思うと、ゆっくりと四つん這いになって、俺の上に覆いかぶさる姿勢に……何でなってるんだ!?
予想外の状況と、熱で頭が回らない現状に、動けないまま俺は近づいた海笑瑠さんを見ることしかできない。
彼女はといえば、顔を真っ赤にし、目を潤ませ、じーっとこっちを見つめていたんだけど……。
「久良君。ごめん。あたし……」
え?
ぽそっとそう謝られた直後。
「んんんっ!?」
俺の唇に、海笑瑠さんの唇が勢いよく重なり、彼女はそのまま情熱的なキスを何度も何度も繰り返してくる。
あまりに突然の事に、俺はなすがまま。
だけど、彼女とのキスのせいで、熱い頭がより熱くなっていくのはわかる。
「ん……んん……久良君! あたしも、ん……んっ! めっちゃ好き! 大好きだから!」
時折想いを口にしながら、時についばむように。時に唇から舌を入れてくる濃厚なキス。
なりふりかまっていないのか。時折眼鏡同士がぶつかってるけど、海笑瑠さんは関係なしにキスを繰り返している。
付き合って以降、海笑瑠さんとこういうちょっと大人なキスをしたことがないわけじゃない。
でも、こんなにずっとしてきたことなんてなかったよな……。
彼女と付き合って、今までで一番激しい熱量を感じるキスの雨が、俺の思考も溶かしていく。
いや、キスってその、本当に気持ちいいし、海笑瑠さんを感じて幸せにもなるんだけど。同時に、ぼーっとしてくるんだよね。
俺もやっぱり彼女が好きだし、だから、キスをもっと、したいし……。
本能的にキスを返している内に、頭かよりぼんやりとして、瞼が重くなっていく。
やっぱり、気持ちいい、な……このまま……もっと……。
◆ ◇ ◆
「久良君! ほんっとごめん!」
次に俺が目を覚ましたのは昼過ぎ。
しっかり布団を被せられ、汗だくになった俺が目を覚ましたのを見て、ベッドの横の椅子に座っていた泣きそうな顔をしていた海笑瑠さんが、勢いよく頭を下げてきた。
どうも話を聞いたら、俺は彼女とキスをしながら意識を失ったみたいなんだって。
まあ、ふわふわとした気持ちも相成って、心地よくなってたからなぁ……。
ちなみに、熱を計ったら少しは下がってて三十七度後半。とはいえ、まだ安静にしてないとかな。
「あたし、久良君の想いが嬉しくって、調子が悪いのも忘れて舞い上がっちゃって、その……我慢、できなくって……」
「あ、うん。大丈夫。俺もその、海笑瑠さんの気持ち、嬉しかったし」
「ほんと?」
「勿論。じゃなかったら、お菓子もあそこまで頑張らないよ」
横になったまま何とか笑みを返すと、海笑瑠さんも涙目ながら、ちょっとだけ嬉しそうな顔をする。
「でも、体調悪いのに、あんなに迫っちゃってごめんね。辛かったっしょ?」
「全然。キスしてて、幸せと気持ちよさで寝ちゃったくらいだから」
「……もうっ。すぐ久良君ってそういう事ばっかり言うしー。あたしをまた惚れさせる気?」
「いや、俺が好きなのは変わらないから。ちゃんと事実を伝えたかっただけ」
「……そっか。ありがと」
多分、納得はしてないかもしれない。
だけど、彼女がはにかんでくれたのを見て、ほっと胸をなでおろす。
「……ね、久良君」
「何?」
「後でさ。さっきくれたお菓子、一緒に食べない?」
「……え? 何で?」
俺があげたお返しを、俺が一緒に食べる?
その理由がわからなくって、目をパチクリさせていると。
「久良君が作ってくれたお菓子に、あたしの気持ちを込めるのはどうかと思うけど、その……あたしも、あのお菓子に込められた想いと、同じ気持ちだから」
顔を真っ赤にしたまま目を逸らし、少し気恥ずかしそうに頬を掻く海笑瑠さん。
俺と同じく想ってくれている。その言葉はやっぱり嬉しくって。
「うん。そうしよう」
俺も自然にはにかみながら、そう口にしたんだ。