第十話:幸せの丘
普段と違う静かな街並みなんかを眺めながら、海笑瑠さんに連れられ歩いて行った先。それは、奇しくも俺が行きたかった場所だった。
「やっぱ思ってた通り! ここってめっちゃ夜景綺麗だよねー!」
展望台の手すりに掴まり、身を乗り出さん勢いで景色を眺めている、麦わら帽子をかぶった海笑瑠さん。
そこは、古城を少し遠くから眺められる、小さな展望台になっている低い丘。
眼下に広がる街並みも見えるここは、個人的にすごく眺めも良くって、彼女が言う通り夜景もきれいだろうなって思っていたけど、ここに来たかった理由はそれだけじゃない。
『幸せの丘』。
そんな名前が付いていたからこそ、俺はここで告白しようと考えていたんだ。
だけど、自分の意志じゃなく、海笑瑠さんに連れられて来られたっていう事に、内心少し戸惑っていた。
いや、たまたまここに来たかったにしても、こんな偶然があるんだろうか。
隣にサーラの格好をした海笑瑠さんがいるっていう予想外の出来事も重なって、俺は気の利く言葉すら返せない。
「えっと、ここに来たかったのって、この夜景が見たかったから?」
正直言って、何とも間の抜けた質問だったと思う。
そのせいなのか。隣に立っていた海笑瑠さんから笑みが消える。
少しの間、こっちを見ずに夜景を眺めていた彼女だったけど、少しすると伏し目がちになり、静かに目を閉じる。
「……久良君。……あたし、謝らないといけないことがあるの」
「え? 俺に」
「うん」
目を閉じたまま静かに深呼吸した海笑瑠さんは、手すりから手を離し、背筋を伸ばすと目を開けこっちを見た。
何時になく真剣な表情。
その雰囲気に飲まれ、俺も自然と背筋を正し、ごくりと生唾を飲み込む。
「あのね。……あたし、もう久良君と、友達でいられない、かも……」
「え!?」
突然の告白に、俺は思わず目を瞠った。
友達でいられない。
それは、俺の側にいれないって事……。
そう考えた時、自然とひとつの答えに行き着く。
……きっと、誰か好きな人ができて、付き合うことになったんだろうって。
流石に彼氏ができたのに、俺と一緒に学校に行ったり、仲良く話したりしてたら、相手だっていい気持ちじゃない。
だからきっと、俺と離れたいんだろうな……。
正直、嫌だって気持ちはあった。
だけど、俺は好きになった海笑瑠さんに、幸せであってほしい。
だったら、それを受け入れなきゃな。
心に広がった虚しさを必死にごまかそうとしていると、海笑瑠さんはゆっくりと話し始めた。
「あのね。あたし、すっごい嫌な奴なの」
「……どうして?」
「だって、ずっと久良君の事、騙してたから」
……そんな。別にグラ友だからって、すべてを話す必要なんてない。
別に好きな人がいたからって、何も問題ないんだ。自分を責めすぎだって。
心でそんな言葉が浮かぶのに、俺は未だにショックで何も言葉にできずにいた。
そんな中、彼女の語りは続いたんだけど……。
「初めて興味を持ったのは、やっぱ理想の眼鏡男子だったから。だから、久良君の優しさでグラ友になれて、本当に嬉しくってさー。でも、久良君の好みはあたしじゃない。だからあたし、眼鏡ギャルだって魅力あるんだぞーって、意識させようって思って色々しちゃったじゃん」
……あれ?
ふと、彼女が見せた申し訳無さそうな表情と会話の内容に、俺の心に疑問が走る。
いや、友達を止めるって話に、こんな前段がいるだろうか?
思い出を振り返ろうとしてるとしたら、それはより俺の古傷を抉るだけ。
でも、何となく海笑瑠さんはわざわざそんな事しない気がするけど……。
「えっと、それが、騙してたって事?」
「う、うん」
「俺、何か騙されるような事、あったっけ?」
「あ、あるに決まってるじゃん!」
素っ頓狂な俺の発言にさっきまでの雰囲気を忘れ、声を荒げた海笑瑠さん。だけど、それはすぐ鳴りを潜め、ちょっと憂いのある顔になる。
「だってあたし、前に言ったっしょ。好意を匂わせてくるくらいなら、告白すればいいじゃんって」
「確か、男子でそういう匂わせをする子がいるって話だったよね?」
「うん。でも……途中からあたし、ずっとそんな匂わせばっかりしてたから」
「……へ? 匂わせ?」
匂わせ? 俺に?
それは、忘れかけていたもしもって感情を思い起こさせ、内心ドキリとする。
俺の内心の変化に気づいていない海笑瑠さんは、そのまま話を続けた。
「うん。好みのタイプに久良君を選んだり、手を繋いじゃったり。眼鏡を買う時だって、今みたいな事を言われたら惚れちゃうっしょ、みたいな話、したじゃん?」
「あ、うん。そういえば、してたかも……」
彼女の恥ずかしそうな表情に、少しずつ自分の中のもしもが、確信に近づき始めているって感じてしまい、胸の鼓動が強くなる。
海笑瑠さんは、一度ふぅっと大きく息を吐くと、改めて俺を見た。
「今、この格好をしてるのだってそう。あたしに変わってほしくないって言ってくれた、久良君の言葉を忘れてなんてないし、あれ、ほんとにすっごく嬉しかった。だけど、あたしは今、自分を久良君の理想に近づけてでも、久良君の気を引こうとしてる。もう、それって匂わせでしかないわけ」
はぁっとため息を漏らした海笑瑠さんは、覚悟を決めたのか。
こっちに真剣な顔を向けてくる。
「……久良君。あたしね。もう、久良君と友達じゃ嫌。大事なグラ友だけど、それより上の関係になりたいって、思ってる」
……そっか。
心の中にじわっと広がる喜びに、自然と頬が緩む。
「良かった」
「……え?」
ぽつりと呟いた俺の言葉に、戸惑った海笑瑠さんから返ってきた、短い言葉。
俺は、そんな彼女に微笑んだまま、こう自分の想いを口にした。
「俺も、海笑瑠さんの事、好きだから」