第九話:サプライズ
もうすぐ夜も十一時。
俺は昼間と同じ姿のまま、自分のベッドに腰を下ろし、無言でその時を待った。
今はこの部屋に一人だけ。
海笑瑠さんはシャワーを浴びてから、ラバトリーでそのまま深夜に備えて着替えるって言って、まだこの部屋には戻ってきていない。
既にワンダーランドは閉園して、一般入場客は既に退園している。
ただ、宿泊客限定の深夜のワンダーランドの公開は二十三時から。俺達を含めたホテル客は、それまで各部屋で待機する事になっているんだ。
テレビも付けず、スマホを見ることもせず。
俺は膝の上で組んだ手をじっと見つめている。
……正直、緊張してた。
だって、俺はこの時間に勝負をかけてたから。
……俺は、今日告白しようって心に決めてきた。
だけど、今でもどう切り出して、何を伝えればいいのかがさっぱりわからなくって、一人になってから、ずっと緊張しっぱなし。
実際手汗も凄くて、さっきから何度かハンカチで拭いてるくらいだ。
どこで告白をするか。場所はさっきまで歩き回ってる中で何となく決めている。
まずは、そこに連れて行って……って、海笑瑠さんも夜のワンダーランドを観たいはずだよな? って事は、最初から誘ったら悪いかな。
でも、じゃあどのタイミングで一緒に行ってもらえばいいんだろう?
「はぁ……」
まったく。
俺ってやっぱりダメだ。こういう経験がないのもあるけど、全然プランすら練られてないじゃないか。
思わず眉間を押さえた後、そのせいでズレた眼鏡を直すと、ベッドから立ち上がり、窓の脇に立って外を見た。
お客さんが誰もいない、少し暗い園内。
古城とかも幻想的に見えるけど、同時にそれが不安も生む。
……やっぱり、俺って誰かに恋する柄じゃないんだろうか?
告白ひとつでここまで不安になったりしてるって……。
正直初めての事。しかも自分から行動を起こそうとしているせいもあって、さっきから喉も乾いてるし、気持ちが落ち着かない。
カチャッ
緊張した俺の耳に届く、ドアが静かに開く音。
あ、海笑瑠さんの準備が終わったのか。
ふぅ。まずは心を落ち着けて……。
「準備、終わ──」
ラバトリーの方を向いた瞬間、俺は目を丸くして、そのまま言葉を失った。
俺はその姿に見覚えがある。
そう。白いワンピースと麦わら帽子。そして、白いフレームの眼鏡。
それは間違いなくキャシーさんの店で見た時と同じ、サーラの格好だ。
「えへへっ。似合ってる?」
彼女がはにかみながら笑ってるけど、俺は状況を理解できていない。
「何で、その格好……」
俺が戸惑いながらそう口にすると、海笑瑠さんが気恥ずかしそうに両手を後ろに回し、体を揺らす。
「いやねー。来月あたしの誕生日だからって、キャシーがあたしに用意してくれたんだよねー」
「え? じゃあその眼鏡も?」
「もち、度も入ってるよ。久良君の事もバッチリ見えてるしー」
「そ、そっか」
俺が気のないような返事をしちゃったからか。
海笑瑠さんがふっと不安そうな顔になる。
「えっと、その、似合ってない?」
あ! そうじゃない!
「ち、違うよ! 完全にサプライズだったから驚いただけ! 凄い似合ってるし、夜のワンダーランドにも合ってると思うよ!」
慌てて手を振りながら、彼女を褒める言葉を並べる。
勿論それは本音だったんだけど、俺の反応に納得がいっていないのか。両手を組み、じーっとこっちを見てくる海笑瑠さん。
それが俺を気後れさせた。
ここにきてやらかすなんて……。
俺はどうすればいいかわからなくなっていると、部屋に備え付けられた電話が優しい音を立てた。
自然に俺と海笑瑠さんは顔を見合わせると、彼女が先に動き出して電話を取ってくれる。
「はい。三○三号室です。……はい。……はい。わかりました。ありがとうございます」
フロントからであろう電話のやり取りを終え、彼女は受話器を下ろすと、俺に笑う。
「準備が整ったから、外に出てもいいって」
「そ、そっか」
未ださっきのやり取りを引きずっている俺は、本気で笑顔になりきれていない。
だけど、さっきまでの態度なんてなかったかのように、俺の隣までやってきた海笑瑠さんは、迷うことなく俺と手を繋いできた。
その手のぬくもりに、俺が強くドキッっとすると、彼女は悪戯っぽく笑う。
「ほーらー。時間も勿体ないしー、早く行こ?」
「え? あ、う、うん」
コクコクと頷いた俺を見て、くすっとした海笑瑠さんが俺の手を引き歩き始める。
それはサーラじゃなく、やっぱり海笑瑠さん。
それはやっぱりすごく魅力的で、彼女の笑みにやられた俺は、さっきまでの失敗した気持ちをあっさり忘れ、なすがままに一緒に部屋を出ていったんだ。
◆ ◇ ◆
ホテルの外には、自分以外の宿泊客の姿もある。
そして、彼らも俺達も、そこでしばらくワンダーランドを眺めていた。
「うわぁ……」
「さっきとまた、全然雰囲気が違うよねー」
「そうだね……」
俺と海笑瑠さんも、少しの間その光景に目を奪われた。
アトラクションはやっていないし、店も流石に閉めている。ライトアップの光量も少なめ。だけどそれが、より夜のワンダーランドを幻想的に見せていた。
一応エリアにはBGMが流れている。
けれど、それはこの幻想的な雰囲気を壊さないくらいの、小さなオルゴールの優しい音色。
人がいないという早々見られない遊園地の姿も含め、さっきまでとは大きく違う、静かな夢の国が広がっていた。
開放されている時間は翌一時まで。二時間を有効に使おうと、少しずつ他のお客さんが各々に歩き出しホテルから去って行く。
「えっと、俺達も、行く?」
「うん。あ、ちなみにー。あたし、最初に行きたい所があるんだけど、そっちから見に行ってもいーい?」
「あ、うん。いいけど」
「おっけー。じゃ、行こ?」
「うん」
俺の手をぎゅっと握り笑う海笑瑠さんに応えるように、俺も少し固い笑みを返す。
こうして、俺達は一緒に深夜のワンダーランドを歩き始めた。




