第八話:もしかしたら
置いていく貴重品は貴重品用の金庫に仕舞い、キャリーバッグにも鍵をして部屋の隅に並べて置くと、俺達はホテルを出た。
晴れ渡る空。
暑さを感じる太陽に照らされたこの場所は、やっぱりどこか海外に旅行に来た気分になるな。
周囲のお客さんやキャストの人達が日本人じゃなかったから、それこそ勘違いしてもおかしくない。それくらいの没入感を感じる。
「やっぱここ、雰囲気良すぎっしょ」
「うん。遊園地っていうか、もうテーマパークって感じだよね」
「ほんとだよねー」
あんまり語彙力のない二人の会話。
でも、それだけ圧倒されてたんだから仕方ないと思う。
「じゃあ、何処から行こっか?」
「えっと……その、どうしようか?」
海笑瑠さんが俺にした当たり前の質問。
だけど、俺はそれに歯切れ悪く、質問に質問を重ねてしまい、彼女の首を傾げさせてしまう。
「え? 久良君も行きたい所なかった?」
「あ、うん。あったと思うんだけど、その……この雰囲気に圧倒されちゃって、すっかり頭から抜けちゃって……」
そうなんだよね。
確かにパンフレットでもこういう雰囲気はわかってたはずなんだけど、ここまで徹底されているのに完全に圧倒されちゃって。
まあ、その……隣に海笑瑠さんがいる緊張感も、絶対あるんだけど……。
「久良君がど忘れしちゃうとか、めっちゃ珍しーよねー。あ、もしかしてー。あたしと一緒なのも関係してる?」
眼鏡越しににやにやとする海笑瑠さん。
からかい半分かもしれないけど、もしかしたらという気持ちを持っているからこそ、少し期待もしてしまう。
ど、どう答えよう……。
「あ、えっと……それも、あるかも」
正直緊張して、言葉がちゃんと出てこない。
ただ頭を搔いて困った顔をするしかない俺に、彼女は嬉しそうな笑みを見せた。
「そっかー。じゃー、あたしが色々案内するねー。久良君の行きたいって言ってた場所も、大体覚えてるし」
「あ、うん。ごめん」
「いいのいいのー。でもー、その代わりー」
そんな言葉と共に、ちょっと海笑瑠さんが顔を赤くすると、眼鏡のズレを直し、落ち着かない感じで両腕を自身の後ろに回し、身体をゆっくり横にふる。
「手、繋いでも、いーい?」
「え? 何で?」
「だ、だってー。これだけ人がいたらさー。はぐれちゃったりするかもしれないじゃん?」
少し目を泳がせながら、ちらっちらっと様子を伺ってくる海笑瑠さん。
口にした理由は、何となく言い訳かなってわかる。
だって、人は確かに多いけど、別段密集し過ぎてるってほどでもない。この状態なら隣を歩くのだって難しくないし、それこそ迷子なんてよっぽど身勝手に行動しなきゃ起こらないから。
……だけど、俺はその申し出にもう、胸がバクバク言っていた。
手を繋げるだけで、内心すごく嬉しかったから。
「そ、そっか。いいよ。海笑瑠さんが嫌じゃないなら」
「ほんと?」
「う、うん」
「あ、ありがと」
ふっとはにかんだ彼女は、そのままおずおずと俺の片手を取ると、普段の握手みたいなつなぎ方じゃなく、互いの指をしっかり絡めるように、しっかりと手を繋いできた。
こ、これって……。
思わず海笑瑠さんを見ると、顔を真っ赤にしたまま、少し恥ずかしそうにしてる。
「こ、これくらいちゃんと握ってないと、あ、危ないじゃん?」
「う、うん。そうだね」
思わず相槌を打っちゃったけど、これって確か、葛城君と美香さんが登校時にしてた繋ぎ方な気がする。
前にそれを見た海笑瑠さんが、
──「うわー。もう二人ってー、恋人繋ぎしてるのー!?」
なんて、茶化すように言ってたと思う。
流石に、グラ友だからって、普通ここまではしないよな……。
心にあるもしかしたらがより大きくなってしまい、俺の顔が熱くなっていく。
「そ、それじゃ、行こっ」
「う、うん」
互いに少し硬い笑みを返した後、俺は海笑瑠さんに連れられて、ワンダーランドを歩き始めた。
◆ ◇ ◆
現実離れした世界で、海笑瑠さんと手を繋いで歩いている。
それは本当に夢のようで、ふわふわと気持ちが浮ついてた。
だからなんだろう。折角想い出を作らないといけないはずなのに、俺はアトラクションとか園内の施設の凄さより、海笑瑠さんの笑顔ばっかりに目が行っちゃって、要所要所での想い出はあったものの、途中何を喋って、何を見たのかが曖昧になっていた。
ただ、色々な場所で目を輝かせ、時に俺と写真を撮ったり、一緒にアトラクションに乗って楽しむ彼女の事はよく覚えている。
あと、忘れられなかったのが、シンボルでもある古城の前で、キャストの人が気を利かせて写真を撮ってくれるって時の事。
「お二人はカップルなんですし、もっと寄り添っても良いと思いますよ」
スマホを構える前、笑顔でそう言ったキャストのお姉さんに、
「はーい!」
なんていいながら、海笑瑠さんが俺の腕に絡まるようにくっついてきて、会心の笑みを見せて撮影してもらったんだ。
後で写真を見たら、俺は緊張しっぱなしで笑みも硬い。
だけど、彼女は顔を赤くしながらも、すごい嬉しそうな笑顔をしてる。
キャストの方にお礼を言って離れた後。
「ごめんねー。キャストの人も恋人だと思ってたみたいだしー、あそこで否定して、空気悪くしてもいけないって思ってさー」
なんて言ってきたけど。別に俺は嫌じゃなかったからこそ「構わないよ」って平然を装ってみた。
あれは本気で恥ずかしかったな。
腕に当たる胸の柔らかさとか、近くにあった彼女の金髪から香るふわっとした匂いとか、俺をドキドキさせる要素が多すぎたから。
でも同時に、凄く嬉しかったな。
まるで、俺の夢が叶ったかのような気持ちになれたから。
◆ ◇ ◆
「きゃーっ! きっもちいいー!」
その後も、ジェットコースターのようなアトラクションで、元気に叫ぶ海笑瑠さんを見たり。
「んぐぐっ!?」
「だ、大丈夫!?」
園内のポップコーンを美味しそうに頬張る彼女を見ていたら、喉につまらせそうになって、慌てて助けたり。
「すっごい綺麗だねー」
夜には華やかなパレードなんかを夢心地のように見たりしながら、二人でワンダーランドを十分に堪能したんだ。
まるで、彼氏彼女になる願いが叶ったんじゃって、錯覚しそうになりながら。