第七話:夢の始まり
あれからも、俺達は相変わらずグラ友らしい距離感のまま、日々を過ごしていた。
あの後の土日は海笑瑠さんは家で安静にしながらも、必死にテスト勉強を頑張ったらしい。
まあ、夜に通話だけでもってねだられて、その時話を聞いたんだけどね。
翌週は中間テスト。
テストを終えた帰りは毎日一緒に帰って、駅前の彼女のバイト先に行っては二人で答え合わせをして、多分悪くない成績だろう、なんてほっと胸をなでおろしていたっけ。
実際、テストの結果は俺も海笑瑠さんも、補習なんて程遠い、危なげない点数だった。
──「よーっし! これでワンダーランドに集中できるっしょ!」
その日の帰り道。
そんな事を言って嬉しそうに両手を上げた彼女に、俺も釣られて笑ってしまった。
勿論、俺も内心凄く嬉しかったし、それがとても待ち遠しかったから、その気持はよくわかったけどね。
そんな海笑瑠さんとの学校生活も、七月下旬に無事に夏休みを迎えた事で一段落し。
──ついに七月末。
俺達二人でファンタスティック・ワンダーランドに行く日がやって来た。
◆ ◇ ◆
「うわー……」
「やっぱ、生で見ると全然違うねー」
俺と海笑瑠さんは、快晴の空の下、ファンタスティック・ワンダーランドのゲート前に立っていた。
既に開園はしており、家族連れや友達同士、カップルなんかで中々に盛況。
流石は日本でも人気の遊園地だ。
「それじゃ、まずは中に入って、ホテルに荷物を預けてこようか」
「うん! 早く行こっ!」
俺達は互いに笑顔で頷くと、そのままキャリーケースを引っ張り、ゲートを潜る人の列に続く。
「でもさー、まさか久良君が、そこまでキメッキメで来るなんて、思ってなかったよねー」
「あ、えっと。一応こういう場所に来るなら、海笑瑠さんの脇にいても、問題ないようにと思って」
確かに、今日の俺の格好はこれまでとかなり違う。
白のジャケットとインナーのシャツに、同じくスラックス。夏だからこその涼しめな格好って意味じゃ、服装を変えただけともいえるけど、今日はそれだけじゃない。
髪の毛も上げて、少しは見られるような感じにしてるんだ。
何でここまで気合を入れたかっていえば、俺の中でひとつの決断をしてきたからなんだけど、服装に関しては結局妹のチョイスだ。
両親に今回の件を話し、保護者の同意書を貰う時に妹の耳にも入ったみたいで。
──『お兄ちゃん! 女子とそんな所行くんだったら、ちゃんとピシっとしないと!』
MINEに連絡をよこしてきたあいつは、そんな事を言いながら選んでくれたんだ。
ちなみに、俺が彼女を好きって話まではしてない。
だけど、今まで女っ気がなかった兄にこんな浮いた話があれば、こういう反応にもなるんだろう。
とはいえ、自分も気合いが空回りしてないかな、なんて思っていた矢先に、
「あははっ。もー。そんなの気にしなくたっていいのにー。あたしは久良君がいてくれるだけで、嬉しいんだけどなー」
なんて言われちゃうと、ちょっと失敗したかなって気になる。
ちなみに海笑瑠さんも夏らしく、パーカーの下にキャミソール。そしてダメージジーンズとラフな感じ。
こうやって見ると、確かに俺、気合い入れすぎだったかもなぁ……。
「でもでもー、久良君の新たな眼鏡男子としての姿が見れて、あたしは嬉しいけどねー!」
自然と自嘲し頭を掻いていた俺を見て、海笑瑠さんはそんなフォローをしてくれる。
そういう言葉は凄く嬉しいけど、気を遣わせるかもって気持ちもあって複雑だな……。
そんなやり取りをしている内に列は流れ、俺達はチケットを使いゲートを通ると、そのまま園内に入っていった。
すぐに目についたのは、お店の並ぶ屋根付きのストリート。それはまるで、ヨーロッパにでもいるような感覚を覚える。
「色々な店があるね」
「そうだねー。お土産なんかは明日ゆっくり見よっか?」
「うん。そこは任せるよ」
互いにきょろきょろと周囲を見回しながら、そのストリートを抜けてすぐ、近くにあった今日宿泊するモダンな感じのホテルに入って行った。
受付は丁度空いていて、そこに執事のような服装のホテルマンの方がいた。
「いらっしゃいませ」
「あの、本日宿泊予定なんですが」
「チケットをご確認できますか?」
「はい」
俺と海笑瑠さんは、それぞれのチケットをすっとカウンターに乗せる。
「失礼します」
受付の人はそれを一枚一枚手に取ると、落ち着いた態度でカチャカチャとカウンター裏のパソコンっぽい何かのキーボードを叩く。
視界に下手に機械が入らないようにして、世界観を崩さないようにしてるのって、本当に凄いなって感じる。
「お待たせしました。遠見久良様と、近間海笑瑠様でお間違い無いでしょうか」
「はい」
俺達の返事に、静かに頷いた彼は、手前にある呼び鈴を静かにチーンと鳴らす。
「保護者の同意書も郵送で頂いておりますので、こちらにてチェックイン手続きは完了となります。部屋にはベルパーソンがご案内させていただきます」
「ありがとうございます」
俺がペコリと頭を下げていると、
「お荷物をお預かりします」
俺達に歩み寄ってきたベルパーソンらしき男性が、笑顔で声を掛けてきた。
言われるがまま俺達はその人に荷物を渡すと、彼は荷物を軽々と両手で持つと、
「こちらへどうぞ」と、エレベーターに俺達を案内してくれた。
◆ ◇ ◆
「こちらが、お客様達が宿泊される三○三号室となります」
「うっわー……」
部屋の鍵を開け、荷物を運びながら奥に入っていくベルパーソンさんに続き部屋に入ると、海笑瑠さんが感嘆の声をあげた。
でも、それは俺もよく分かる。
このホテルの外観同様にクラシカルな雰囲気が漂う広い部屋。
だけど、要所にこの遊園地のマスコットであるラッキーマウスを始めとしたキャラのぬいぐるみなんかもあったんだ。
部屋自体もかなり広くって、窓際のテーブルでお茶もできそうだし、ベッドもダブルベットが二床並んで置かれている。
「何かございましたら、そちらの電話にてお気軽にお申し付けください。では、一旦失礼いたします」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうございましたー!」
俺なんかよりよっぽど元気な海笑瑠さんの返事を聞き、彼もにっこりと笑みを向けてくれた後、静かに部屋から去って行く。
そして、扉が閉まった瞬間。
「これめっちゃアガるー! 来て良かったー!」
なんて嬉しそうに言いながら、海笑瑠さんは窓の方に走り寄ると、そのまま外を見た。
「うっわー! やっぱすごっ! 久良君も見て見て!」
「あ、うん」
俺も彼女のいる窓まで歩み寄り、同じ窓から外を見たんだけど……。
「うわぁ……」
またも語彙力のない言葉が口を衝いて出た。
そこから見えたのは、少し遠くに見える古城と、そこまで広がる街並み。
川やちょっとした湖。そこに作られた港なんかも含め、本当に風情たっぷりの西洋感ある世界が広がっていた。
パッと見何処に何のアトラクションがあるかもわからない、風景に同化させたような作りは、正直凄いとしか言えない。
「あたし、ワンダーランドに来ちゃったんだよねー」
「そうだね」
「しかもー、久良君と一緒に」
「うん」
隣を見ると、もうワクワクが止まらないといった海笑瑠さんの笑顔。
……やっぱり、こういう顔をしてる彼女っていいな。
「ね! それじゃ、すぐ準備して色々回ろう?」
「あ、うん。そうだね」
突然こっちに顔を向けてきたのにびっくりして、俺は思わず目を泳がせ頬を掻く。
「よーっし! めっちゃ楽しむぞーっ!」
でも、そんなこっちの反応を気にもとめず、海笑瑠さんはそのまますぐ荷物の方に歩み寄っていく。
……急に近い距離でこっちを見られたせいで、少し顔が熱い。
まずは深呼吸して、火照りを冷まして……。
「ほーらー。久良君も早く準備しよ?」
「わ、わかったよ」
何とか彼女に普通の笑みを返した俺もまた、平然を装い荷物を整理し始めたんだ。