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第六話:初恋

 廊下の先、海笑瑠みえるさんの部屋の前で、俺は自然とドアをノックしようとしたけど。


  ──「ちなみに、部屋にはノックせずに入ること」


 ふと、さっきの未鈴みれいさんの言葉が過ぎって、その手を止める。


 ……本当にいいんだろうか?

 後ろめたさからそう考えたけど、後々未鈴(みれい)さんに怒られるのもちょっとなぁ……。


 ……仕方ない。

 何か見ちゃいけないって思ったら、すぐ部屋を出よう。

 俺は一度深呼吸をすると、ゆっくりとドアを開けた。


  カチャッ


 開いた先に見えた、彼女のベッド。

 こっちに背を向け窓の方に横になっているパジャマ姿の海笑瑠みえるさんが、ドアが開いた音でピクッとした。


「お母さん遅いってー。絶対久良(くろう)君とか心配して──」


 ごろりとこっちに向き直った彼女が、瞬間動きを止め、眼鏡の下の目を丸くする。

 みるみる赤くなっていく顔を見て、その愛らしさに自分も少し顔が熱くなるのがわかった。

 二日ぶりの海笑瑠みえるさん。

 週末会わない時と同じくらいの短い時間なはずなのに、じんわりと心に喜びが広がっていく。


「あの。こんばんは」


 嬉しい気持ちで言葉が詰まりそうになるのを何とかごまかし、短くそう挨拶すると、はっと我に返った彼女が、慌てて布団を顔を半分隠すくらいまで被り狼狽えた。


「なななな、なんで久良くろう君がいるの!?」

「あ。えっと、ちょっと届け物に」

「そ、そっか。ごめん。何か、驚いちゃって……」

「ううん。机の椅子、借りてもいい?」

「う、うん」


 未だ戸惑いが隠せない海笑瑠みえるさんを横目に、俺は部屋のドアを閉めると机の椅子をベッドの脇に持っていき、そこに腰掛ける。


「あ、先にこれ。未鈴みれいさんが渡してくれって」

「あ、うん。あ、ありがと……」


 俺が差し出した彼女のスマホ。

 海笑瑠みえるさんはそれをおずおずと手を布団から出し受け取ると、そのまますぐスマホを覗き込み操作を始める。


「うわ……。やっぱ美香、めっちゃ心配してるじゃん」

「みたいだね。今朝、海笑瑠みえるさんの事を知ってるかって詰め寄られたし。昨日は体調不良のこと連絡してたの?」

「うん。朝、久良くろう君に連絡した後すぐ。だけど、そこでふっと意識失っちゃって、次に気づいたら病院だったんだよね……」

「そうか。よっぽど疲れてたんだね」

「かなー。あたし、そんなにやわじゃないと思ってたのにさー」


 はぁっと大きなため息を漏らす海笑瑠みえるさん。

 いつになく落ち込んでるな、なんて思いつつ、俺は鞄から彼女のために準備したノートを取り出す。


「これ、二日分の授業の写し。テスト範囲の大事な話もあったから、週末落ち着いたら見ておくといいよ」

「え? それ、久良くろう君が準備したの!?」

「うん。これくらいしか役に立てないだろうって思って。机に置いておくね」

「うん。ごめんねー。迷惑かけちゃって」

「ううん。お見舞いの品も忘れちゃったし、前に看病してくれたお返しくらいに思ってくれれば」

「そのお返しなんて、とっくにしてもらってるじゃーん。もう……」


 立ち上がって一旦机にノートを置くと、再び椅子に戻った俺は、はっきり気落ちしている海笑瑠みえるさんに笑いかける。


「元気だそう? そんな顔してるの、海笑瑠みえるさんらしくないよ」

「……うん。ありがと。そういえば久良くろう君、あまりMINE送ってこなかったんだね」

「うん。調子悪い時に沢山送っても、返事大変だろうと思って」

「そっか……」


 未だ気まずそうな顔でこっちをちらりと見た海笑瑠みえるさんは、すぐにまた視線を逸らす。


久良くろう君も、その……あたしと連絡付かなくって、不安だった?」

「うん」


 迷うことなく返事をすると、あまりの反応の良さからか。彼女も思わずこっちを見る。


「正直、昨日はすごく不安だったよ。連絡できないくらい重病なのかなって思ってたし」

「あー。だよねー。もうっ。ぜーんぶお母さんのせいっしょ」


 彼女はため息とともに、呆れ顔になる。


「あたしがスマホ持ってると、絶対それに掛かりっきりになって休まないでしょーなんて言って、取り上げられちゃってたんだよねー」

「うん。それも聞いた。けど、俺も海笑瑠みえるさんなら、確かにそうしそうかなって思う」

「えーっ!? あたし、そんなに信用ないの!?」

海笑瑠みえるさんをわかってるからこそだよ。友達想いだし、連絡に返事しちゃうでしょ?」

「……むぅ。じゃあ、許す」


 俺の言葉に、海笑瑠みえるさんが言い返そうとした何かをぐっと飲み込み、少し恥ずかしそうにそっぽを向く。


 相変わらず彼女らしい反応を見ながら、俺は強く感じてしまっていた。

 こんなやりとりが今、めちゃくちゃ嬉しいって。


「あ、ちなみに倒れた理由、テストで根詰めすぎたって事にしておいたから」

「お! 流石は久良くろう君。わかってるー」

「流石にそこはね。うまく口裏合わせておいてくれる?」

「もち!」


 今日初めて笑顔を見せた海笑瑠みえるさん。

 胸がドキッとした後、じんわりとした嬉しさがまた心に広がっていく。

 それを感じながら、俺は少しずつ、自分の気持ちがわかり始めてきていた。


      ◆   ◇   ◆


「お邪魔しました」

「こちらこそ、娘のためにありがとう。また遊びにいらっしゃい」

「はい。それでは、失礼します」


 玄関先で未鈴みれいさんに頭を下げると、俺はアパートの階段を降りて外に出た。

 既に日もすっかり暮れて、空にはきれいな星空が広がっている。


 俺はふっとアパートを振り返り、海笑瑠みえるさんがいるであろう部屋の明かりを確認した。

 きっと今頃、一生懸命美香さん達にMINEの返信をしている頃だろうな。

 何となくそのやり取りでてんてこ舞いしている海笑瑠みえるさんを想像し、自然と微笑んだ俺は、アパートを背に家路を歩き出した。


 帰り道。

 また一人の時間に、少し寂しさが大きくなる。


 ……多分これが、初恋、なのかな。

 暗がりの多い道を歩きながら、一人そんな事を思っていた。


 笑顔を見ると嬉しくなって、側にいないと寂しくなる。

 もし海笑瑠みえるさんが、別の男子と付き合う事になったら、きっと俺は凄く辛くなる。そんな気がした。

 側にいて欲しい人が、側からいなくなる。

 昔ならきっと割り切れたかも知れないけど、今はそれが凄く怖いって思えるから。


 ……好き、か。

 じゃあ、俺はどうすればいいんだろう?


 海笑瑠みえるさんに、わがままな想いを伝えていいんだろうか?

 みんなは彼女が俺を好きだと言ってくれる。

 だけど、そうじゃなかった時。俺達は彼氏彼女になれないどころか、グラ友としてすら側にいられないかもしれない。

 そうなったら……ちょっと、怖いな……。


 ズキリと胸が痛み、それが去ってもぎゅっと何かに掴まれているような不安が残る。

 だけど、今はそんな答えを出すこともできないまま、ただ一人の時間に不安を覚えてばかりだった。

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