おばあちゃん
大学を卒業して就職。
家族と離れ、遠くの町で一人住まいを始めた。
会社勤めにも慣れてきた。
そんなとき……。
私は駅で見知らぬ若い男に声をかけられ、さらにいきなり交際を求められた。いわゆるナンパというやつである。
もちろん無視した。
だがそれ以来、その男は私にしつこくつきまとうようになった。
ここ一週間。
それがだんだんエスカレートしている。
ほぼ毎日、駅で私を待ち伏せして、住まいのアパートまでの帰り道、つかず離れずつけてくるようになったのだ。
帰り道は、歩いて十分ほどの距離。
その途中、買い物をして道順を変えてみたこともあったが、男はそれでもついてきた。
ただ外はまだ明るさが残り、帰り道には人通りもあるせいか、男はあとをつけてくるだけで、それ以上のことをしてくるようなことはなかった。そして私がアパートに着く頃、もう手出しができないとあきらめるのか、いつかしら姿を消していた。
この日。
残業があって帰りがずいぶん遅くなった。
あの男が待ち伏せしていたらと思うと、帰り道が恐い。
――タクシーを使おうか……。
そうも思ったが、幸い駅に男の姿は見当たらなかった。私がこんな時間まで仕事をしていたとは、さすがに思わなかったのだろう。
私はいつものように歩いて駅を出た。
駅を離れるにつれ、通りに人をほとんど見かけなくなった。
その帰り道はやがて電柱の小さな蛍光灯の薄明かりだけとなり、私はその下を早足で歩いた。
自分の足音さえ不気味に聞こえる。
――もうちょっとよ。
私は自分を元気づけるように言って、いっそう足を速めた。
帰り道の最後の角を曲がって、ようやく私が住まいとするアパートが見えた。
――あっ!
私はそこで立ちすくんだ。
アパートの前に一つの黒い影があり、それは私の部屋を見ていた。
あのストーカー男だ。
私が帰宅しているか確認をするために来ていたのだろう。
男が私に気がついた。
私のいる方へとゆっくり歩いてくる。
私は恐怖で足がすくみ、その場から一歩も動けずにいた。
――いや、来ないで!
必死に叫ぼうとするが、喉がひきつってどうしても声が出ない。
男はなおも近づいてきた。
私が怯えているのを見て、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
と、そのとき。
もう一つの影が私の方へと歩み寄ってきた。
「かなちゃん!」
その影は私の名前を呼んだ。
――おばあちゃん!
その影は田舎のおばあちゃんだった。
おばあちゃんは私を見て一つ大きくうなずいた。
安心おし、大丈夫だよって……。
――おばあちゃんがなんでここにいるの?
一瞬、私はそう思った。
おばあちゃんがすごい形相で男に向かっていく。その手には野球のバットが握られていた。
男はそこからあわてて逃げ出し、角を曲がって姿を消した。
おばあちゃんはそれを見届けると、私に振り返ってにっこりと笑った。
もう大丈夫だよ。
そう言っているように見えた。
それからおばあちゃんは、そこで薄い影となって闇の中に消えていった。
私は頭がひどく混乱した。
だっておばあちゃんは、私が二十歳のときに亡くなっていたのだから……。
――だったら、さっきのおばあちゃんは……。
私はすべてを理解した。
――ありがとう、おばあちゃん。
おばあちゃんは死んだあとも、私のことをいつだって見守ってくれていたのだ。
――おばあちゃん、ずっとずっと私のそばにいてね。