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おっさんのごった煮短編集

世界一美味しいスイーツ

イタリアンスイーツって、過去に色々なブームになったけど、ババブームって無いよなーって、そんなこと考えてたら出来たお話です。




 日曜の朝、というには少し遅い時間。


 リビングに寝転がり、テレビを見ながら何をするでもなく休みを満喫する。


 特に趣味もないおっさんの休日なんて、得てしてこんなもんだろう。そんなふうにだらだらと過ごしていると妻と娘の亜美の会話が聴こえてくる。

 ソファーに寝そべる俺から少し離れたところで、愛犬のチワワをかまいながら亜美は妻に嬉しそうに話し出す。


 「ママ、午後さ、駅前の新しいお店いかない」

 「駅前~? この前言ってたイタリアンスイーツのお店」

 「そうそう、カナがさー。店員がイケメンだし、めっちゃ美味しいし、スイーツも可愛くてバエるって」

 


 妻と駅前に出来た、ここらへんで話題になってる店に行きたいようだ。女は新しいもんや、流行りもんが好きだなー、なんて考える。

 妻は、すっかり中年になった俺と違って、四十を超えたと思えないくらいに若々しいし、美容に気を使ってるらしく、家計をやりくりしながら、ジムにいったり、エステにいったりと頑張っている。

 娘と姉妹に間違われたと喜んでいたが、俺としては綺麗になるのは嬉しいし、本人の頑張りを否定したくないが、せめて歳相応にもう少し落ち着いた服装をして欲しいと思うが、娘と友達のように仲がいいのを嫉妬してるだけなんだよなー、結局。


 「そこ、何が美味しいの」

 「んー、カナがねー。ババが可愛くトッピングされてて、美味しかったって」

 「へー、聞いたことないけど、良さそうね」


 なんだ(ババ)って、そんな菓子があるのか。

 スイーツなんて知らないおっさんの俺は。未だにデザートって言っては社の若いのに白い目されるし、ケーキ屋とか菓子屋じゃいかんのかって思ってる化石だ。娘のいう菓子に検討もつかないが、妻は嬉しそうに楽しみねーなんて言ってる。


 「イタリアのデザートなんて、俺にはパンナコッタとかティラミスくらいしかわからんなー」


 思わずとぼやいたのが聞こえたのか、妻は苦笑いしながら、そうよねーなんて同意してくれるが、娘の顔が怖い。無ならまだしも、あからさまに嫌悪感をだした顔で見てくる。


 見るだけならいい、せめて何か言ってくれ、無言だときつい。小さなころはパパ大好きって言ってくれてたのになー。


 「あなた、午後は亜美と出掛けますけど、お昼は何食べたい」

 「あー、何でもいいや」

 「……お父さんさー、いつもそうだよね。そういうのが一番困るんだよ」


 妻が雰囲気を変えようとしてくれたが、適当な返しに娘が噛みついてきた。ムッとなったが、確かにそれもそうかと無言になってしまうと、妻は笑ってあいだを取り持ってくれた。


 「亜美、あんまりお父さんをいじめないの。美味しいもの作りますね。ゆっくり休んでね」

 「もう、ママはお父さんに甘いんだから」



 はぁー、娘に邪険にされる中年の父親、自分はそうならないぞと誓っていたが、いつの間にやらそうなってしまった。


 妻にも愛想をつかされるんだろうか、そんな寂しい気持ちになりながら、然りとて、今更努力したところでと諦める。



 そんな何処にでもいそうなおっさんの、哀愁漂う毎日が、実は幸せだったんだと気付くことになった。



 一年もしないうちに妻の大腸ガンがみつかった。

 そこまで進行していなかったこともあり、手術をうけて大腸ガンじたいは摘出に成功した。



 ただ、転移の疑いがあると、そこからは長期の入院と抗がん剤治療が始まったのだ。


 


 転移が見つかり、抗がん剤治療は厳しいものになった。治療を続ければ完治の見込みがあるというのがせめてもの救いだったものの、すっかりと痩せ細り、髪が全て抜け落ちた妻の姿が痛々しい。



 それでも笑顔を絶やさず、泣き言を言わない妻に泣きそうになる。

 娘と姉妹に間違われることを喜んでいた妻だ。厳しい家計をやりくりして、美容に気を使っていた妻だ。

 悲しくない筈がない。辛いに違いないのに。



 そんな妻を見るのが辛いのか、見舞いに行くという俺に、娘がうんと言ってついてくることが減っていく。



 薄情だとは思えない。


 

 なんでこんなことに、健康にも美容にも頑張ってた妻がガンになって、なんで俺が健康なんだ。

 料理もまともに出来ない俺だが、娘に苦労させられないと毎日の食事や弁当に悪戦苦闘する。



 結局は娘が言い出して、家事は分担することになった。



 しょっちゅう娘と衝突する。あいだに入ってくれた妻の有り難みを痛感しながら、それでも何とか頑張る。

 俺もすっかり痩せてしまった。今なら妻と一緒に歩いても恥ずかしくないかもなんて考えて泣く。



 まる一年以上たち、妻に巣くったガンが消え去った。退院してからも、しばらくは回復するまでは大変だった。それでも三ヶ月ほどがたち、ほぼ普通の日常が送れるようになる。



 腰まであった髪は、ベリーショートになってしまった。やや肉を取り戻した体も、まだまだガリガリだ。

 それでも、大学に通い出した娘と三人、普通の日常が戻ったことが嬉しかった。



 「ねぇ、あなた、亜美の進学祝いもろくに出来なかったし、スイーツでも食べにいかない」

 「大丈夫か、まだ無理しなくても」

 「心配しすぎよ。いつまでも籠ってても身体に悪いわ。亜美が成人しちゃえば、一緒に何処かへいく機会も減るでしょ」


 笑っている妻の提案に、そうだなと娘を誘う。


 「スイーツなんて詳しくないからな。あの駅前の店に行くのか」

 

 なんとなく言った言葉だが、娘がぼそりと、あそこ、もう潰れたよと言ってきた。

 時の流れは残酷なもんだ。

 

 「ねぇ、あなたが決めて、そこに行きたいわ」

 「いや、俺はスイーツ店なんて」

 

 何故か、俺に決めさせたがる妻に、反論しようと言いかけて、娘が妻と俺の袖を掴んできて、黙ってしまう。


 「ねえ、お父さん。……私もお父さんに決めて欲しい」



 結局、馴染みの喫茶店に行くことにした。

 地元の同級生が奥さんと二人でやってる店だ。

 


 何処にでもありそうな喫茶店、普通の店構えだ。

 中に入れば、腐れ縁の旧い友達が久しぶりなんて声をかけてくる。

 娘を見て、大きくなったねーなんて。


 妻が奥さんと楽しそうに話している。


 良かったわね、なんて言われて、当たり前よなんていって肩を叩きあってる。


 窓際の席で三人で座る。


 「注文は任せたよ。好きに頼むといい」

 「ダーメ、今日はお父さんが決めるの。私の快気祝いに亜美の進学祝いなんだから」

 「そうだよ、お父さん」


 そんなことを言われても困るんだが、仕方ないので無難にコーヒーとイチゴのショートケーキを頼む。


 ありふれたメニューだ。

 でも、二人とも嬉しそうに美味しそうに食べてくれる。


 そんな日から、もう何年たったろう。


 今日は娘の結婚式だ。


 新郎の拓真くんはしっかりしてて優しいいい男だ。


 泣くのを堪えて酒ばかり進む。

 肩のあたりまで髪を伸ばした妻は、今日は落ち着いた色合いの着物姿で、とても綺麗だ。



 「あんまり飲み過ぎちゃダメよ。このあと出番もあるんですから」


 わかってると返すも、仕方ないわねって顔をされる。何と無く不安になって内ポケットを漁ると原稿がある。大丈夫だ、忘れてない。


 ウェディングケーキはイチゴのケーキだった。

 切り分けられたケーキが目の前に置かれたけど、甘いものは苦手で残してしまう。後で妻に食べて貰うか。


 ソワソワと心ここにあらずと過ごして、自分の出番が回ってくると、そこからはしっちゃかめっちゃかだった。


 原稿をしまった内ポケットから原稿をうまく出せずにもたついて、焦って破って、パニックになって、自分でも何を言っているのかわからないままスピーチするも、噛むは呂律は回ってないわで、一気に酔いも覚めて、泣かないように堪えてた気持ちも焦りでスッ飛んでしまった。



 恥しかない時間が終わり、妻と娘に申し訳ない気持ちで座ったが、娘は嬉しそうにしているし、妻はお疲れ様なんて労ってくれて、むず痒い。


 拓真くんの挨拶は堂に入ったもので、安心して娘を任せられると落ち着いた気持ちになった。


 亜美にマイクが渡されて、心配になる。あいつは俺と同じで人前で喋るなんて苦手だから。





 「お父さんお母さん、今日までありがとうございました。拓真くんと絶対に幸せになるから、お父さん、心配しないでね。それから、今日は式に来てくださり、皆様、ありがとうございました」


 俺のほうを見て話しだした娘は、そのあと会場を見渡して感謝を述べると、俯いて泣き出した。せっかくの衣装や化粧が台無しになってしまうと心配が膨らむが、妻が手を握ってくる。


 横を見ればにっこりと大丈夫と言うように微笑んでいる。

 前を見返せば、拓真くんが娘の肩を抱いて囁いている。マイクが大丈夫だよ、頑張ってという声を拾っている。




 顔をあげた娘は笑顔でスピーチを再開した。



 「私には忘れられない思い出があります。お母さんがガンになって、痩せて髪の毛が抜けちゃったお母さんを見るのが辛くて、私はお見舞いにもいけなくなりました。

 でも、お父さんはしょっちゅうお見舞いにいって、家事もそれまで、あんまりしなかったけど、一生懸命頑張ってくれて、お母さんの好きなものを私に聞いてお見舞いに持っていって、お父さんはお母さんにも私にも寄り添ってくれました。

 だから、私はお父さんみたいな人と結婚したいって思いました。

 お母さんが退院したあと、三人で最初にいった外食はお父さんのお友達がやってる喫茶店でした。

 何処にでもありそうな普通のイチゴのショートケーキを三人で食べたんです。でも、そのケーキは世界一美味しいスイーツでした。

 お父さん、絶対にお父さんとお母さんみたいな夫婦になります。

 お父さん、ホントにありがとう」






 結局、年甲斐もなく泣きじゃくった俺の肩を、妻が優しく抱いてくれる。

 いつでも強くて優しい妻が良かったわねって背をさすってくれる。


 目の前のウェディングケーキの残りを思わずと頬張った。


 「俺は、……俺は今日、世界一の幸せもんだ」





 

 

感想お待ちしてまーす。

щ(゜д゜щ)カモーン

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― 新着の感想 ―
[一言] ええはなしや……( ;∀;) タイトルに偽りなし。 世界一美味しいスイーツですね……!
[良い点] 生きていると辛いこともあるけど、幸せがあるということが理解出来るとちょっとしたことが全然違って、世界一美味しいスイーツになる。 世界の奥行きの深さを感じられる、素敵な作品でした。
[良い点] 読ませていただきました。 こういう日常系のあったかヒューマンドラマがなろうでもっと増えてほしいなあといつも思ってます。 ババってなんだろうと思って調べたら、サバランの原型みたいですね。 …
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