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『バトルクライ~天才の意地~』





 『能無し』


 ━━この学校において、それは最大級の侮辱であり、烙印だった。言うなれば全員が特別で無くてはならず、『空白』や『余裕』を、良くも悪くも許さない。


 余地があるならば、それを埋める『成果』を━━。酔狂で貪欲な大人の牙は、容易く生徒の若い身体を蝕んだ。






 「編入生の……春間泰志(はるまたいし)です」







 ━━グラウンドの上、過るのは()()を初めて見た時の光景。あーだこーだと騒がしく、詮索するクラスメイトの喧騒まで全て思い描ける。


 だが、大した裏付けの無い言葉を裏返して見れば……現れたのは案の定『普遍』だった。


 ヤツは……春間泰志は無能力だった。






 「無能、天才━━。全てが覆るかもしれないのが盤の上だ。 決まりきった勝敗なんて、つまらないだろう?」




 ━━言葉が反響する。ダメだ、集中しろ。




 「(この打席……左中間にでも跳ばせばッ……俺の『俊足』で勝ちを拾えるんだよッ……!!)」



 歯を食い縛り、投手(ピッチャー)に集中する。ヤツの能力は既に見当がついている。


 能力は『重量加算』。能力者は触れた物の重さを増やす事が出来る、厄介なのはそれを『ここぞ』という場面……たとえばバットの真芯を捉える瞬間なんかに『解放する事が出来る』事だ。


 例えコースが分かっていたとしても、打った球が前に、遠くに飛ばなければ意味がない。快翔高校(ウチ)打者(バッター)は何人か、既にあの球にやられてしまっている。


 しかし、三塁に走者(ランナー)は出ている。前に、遠くに打球をかち上げさえすれば、後は俺の『俊足』でどうにかなる。



 「(……そうだ…俺は……居丈高音(いたけたかね)は天才なんだ…)……こんなところで負ける訳がねぇんだよっ!!」



 それを人は、自己暗示というのだろう。だが構わない。『ヤツの打球を打ち返す』為に、己の言葉を自らの心臓に刻み続ける。脳に釘を打ち付ける。



 投擲される。『重く』なる瞬間は間違いなく、バットの真芯を捉える瞬間。



 ━━例え、腕が千切れようとも。



 「━━━ッッらァァァァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 

 

 この打球だけは、空目掛けて叩き込む。自分のプライドに懸けて。快翔高等学校の天才の名に懸けて。━━何よりも、『家族』の命の為に。


 鉄球のような質量の投球を、その真芯へと捉える。解放された重さは身体を軋ませ、痛みへと変え、次第にキャッチャーミットへと向かわんとして前へと進んでいく。



 ……だが、まだストライクじゃない。

 腰を支点として、全身を使い振り切る様に打つ。殺してしまった勢いをゆっくりと、焦らずに戻す。


 軋む間接の悲鳴に意識を向けてなんかいられない。相手は非凡が当然の中で生まれ、此処まで勝ち上がってきた猛者。これ位出来なくてはならない、越えなければならない『壁』だ。



 「━━天才(オレ)を……ナメんなァッ!!!」



 天才に課せられた宿命は、壁を越え続ける事にある。打球は弧を描き、狙った左中間(コース)を飛翔した。

 マウントに注がれる洪声には落胆と歓喜とが入り交じり、一瞬の逆転劇に伴った熱は人の波を作り上げた。


 期待には答える。学校の敷いたレールをなぞるつもりはないが、それは『プロ』の矜持だと自分でも思っている。後はダイヤモンドを俊足で駆ければ━━



 「………………んだよ…これ……?」



 ━━そんな馬鹿な事があるわけがないと、目を疑う。目の前に広がる光景は『縦』に歪み、一塁が遥か先へ、先へと離れていく。


 何処だ?どのポジションだ?と、周囲を見渡す。


 だが、右を見れば右が。左を見れば左が。景色の色をそのままに遠ざかっていく。━━『規格外』とすら思える能力に、膝は思わず崩れてしまった。



 「(感覚を操る能力か……それとも距離を狂わせる類いのッッ……)」



 次第に歓声はブーイングへと変わる。『走れ』『走れ』と、凡人が(なじ)る。


 何も知らない、娯楽を貪る者達が。『一度負ければおしまい』のゲームを余興だと信じて止まない者達が。



 「……クソぉ……っ!」











 「━━目を瞑って走るんだ、君の『俊足』ならまだ間に合う」


 「……ッッ!!」



 視界を閉じる。━━目の前こそ暗く、見えないが、積み上げてきた研鑽と感覚は俺を裏切らないという確信があった。


 スパイクが土を抉る。一塁を蹴り飛ばして二塁へ。送球等許す暇も無く、三塁へ。


 俺の能力『俊足』は伊達じゃない。この能力さえあれば、打球が何であろうと『ホームラン』になる。だからこそ、必勝は当然だった。



 「はぁっ………はぁッッ………はぁ……っっ!」



 完走。ダイヤモンドを駆け抜け、ホームベースを踏み抜いた後。俺は春間を見た。……あの声は間違いなく、ヤツの声だった。


 無能力者のクセに。俺よりも格下のクセに。『俺では越えられなかった壁』を越えた。



 「……何で見破れたか……後で教えろ。これは俺の弱点だ。……天才は努力だって怠らねぇ」


 「分かった。でも、一先ずは……」



 ━━気に入らないが、コイツは『無能力』であるだけの天才かもしれない。


 ならば俺はそれすらも利用すると近い、手渡された水筒の中身を口へと放り込んだ。

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