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氷の女王とクッション

 「うーん……ん?」


 「目が覚めたかしら?」


 黒野涼介くろのりょうすけは重い瞼を必死に開いて、心地の良い感触を感じながらゆっくりと現状を理解していく。

 目の前には氷見鏡花ひやみきょうかの顔があり、頭は柔らかいものの上にある。

 周囲を見れば自分の部屋なのが分かり、そこまで把握したところでようやく現状を理解した。


 「おわぁっ! ごめん鏡花姉、俺すっかり寝ちゃってたみたいだ」


 慌てて飛び起きた涼介は鏡花に頭を下げた謝罪をする。

 時計を見れば膝枕をして貰う前から三十分経過しており、その間鏡花にずっと動かずに居ることを強いていたことになる。


 「何を慌てているのかしら?」


 だが、鏡花は慌てている涼介の気持ちを理解できずに、不思議そうに首を傾げていた。

 

 「えっいや、だって膝枕してもらっている状態で、寝ちゃったから迷惑かと思ったんだけど……」


 「そうね、眠ったのは確かに驚いたけれど、眠っては駄目と言っていないし、これは涼介くんへのご褒美なのだから私は構わないわ」


 「ありがとう」


 他にも色々と言いたいことがあったのだが、口にしたところで鏡花の意見は変わらないのは分かっていたので涼介は飲み込んだ。 


 「それで、私の膝枕はあなたのご褒美になったかしら?」


 「うん、ご褒美になったよ。眠っちゃうくらい良かった」


 「それなら良かったわ。涼介くん、クッションをたくさん持っているからご褒美になるか心配だったけれど、杞憂だったようね」


 不安そうに鏡花は涼介の部屋を見渡していたが、涼介の返答を聞いて胸をなでおろした。

 涼介の部屋は特に特別なものがあるわけではなく、漫画やゲームなどがある普通の部屋だ。クッションの数が普通の人よりも多い点を除けば。


 「それにしても、本当にクッションが多いわね」


 「どれかあげようか?」


 「いえ、大丈夫よ。それはあなたが欲しくて買ったものなのだから、大事にしなさい」


 勉強を教えてもらっているお礼に涼介は提案するが、断られてしまった。

 だが涼介は鏡花が興味深そうにクッションを見ていたのを見逃さなかった。


 「じゃあ、これとか試しに座ってみる?」


 涼介が指さしたのは、座れるクッション。通称、人を駄目にするクッションだ。

 初めて座った時のことを涼介は忘れない。すごすぎて立つことができなくなったほどだ。

 その時の感動を、いや、鏡花にクッションの素晴らしさを理解してほしかったのだ。


 「いえ、私は遠慮しておくわ。今はあなたへのご褒美の時間であって、私が楽しむ時間ではないわ」


 だが、鏡花はその誘いには乗らなかった。

 鏡花は頑固な性格で、一度決めてしまったことはなかなか考えを変えない。

 

 「お願い、これに少し座るだけでいいから!」


 普段はすぐに引くのだが、今回の涼介は引かなかった。

 涼介はクッションを収集するだけでなく、他の人にも素晴らしさを知ってほしいというめんどくさい趣味を持っているのだ。


 「……わかったわ。少しだけよ」


 想像以上にグイグイ来た涼介に驚いたのか、めんどうになったのかどちらかはわからないが、仕方なさそうに鏡花は頷いた。


 「さあどうぞ」


 「あ、ありがとう」


 鏡花が頷いた瞬間に涼介は行動を開始しており、すぐに駄目にするクッションを持ってきていた。

 その行動の早さは、思わず鏡花がためらうほどだった。


 「その熱を少しでも勉強に注げたら、少しはいいのだけれどね」


 「好きなものじゃないとやる気は出ないから、仕方がないね」


 「そうね、それじゃあ座らせてもらうわ」


 「どうぞ」


 涼介は鏡花の表情の変化を見逃さないように、真剣な目で観察をする。

 見つめてくる涼介を気にしながらも、鏡花はクッションに座った。


 「どう?」


 「すごいわね。涼介くんが気に入るのもよく分かるわ。だけどね……」


 「?」


 「少し近いわ」


 鏡花は頬を少し赤く染めて、涼介から目をそらした。

 涼介は鏡花の反応を見るために、無意識のうちに近づいており、今は目と鼻の先の距離にまで近づいていた。


 「ごめん、反応が見たくて近づきすぎてた! 今離れっうわ!」


 慌てて後ろに下がろうとして涼介はバランスを崩してしまい、後ろに倒れそうになってしまう。


 「落ち着きなさい」


 そんな涼介の腕を鏡花が掴んで引っ張ることで頭を打つことはなかったが、代わりに別の問題が発生した。

 鏡花に引っ張られたことで二人一緒にクッションに倒れ込んでしまったのだ。

 すぐ横には鏡花の顔があり、互いの吐息を感じることのできる距離だった。


 「こら」


 そんなことを考えている涼介のおでこに軽くデコピンをして、鏡花は叱った。


 「後ろを確認せずに下がったら危ないわよ。運良く私が間に合ったから良かったけれど、頭を打っていたら大変だったのよ」


 「ごめんなさい」


 先程までのドギマギしていた気持ちはすっかり消え、今は真剣に叱る鏡花に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

 「反省しているのならいいわ。それよりも、早くどいてほしいわ。流石にこの距離は恥ずかしいの……」


 鏡花に言われて冷静になった頭で状況を把握する。

 鏡花に引っ張られる形でクッションに倒れ込んだので、当然涼介は鏡花に上に覆いかぶさる形になっているので、自分たちがいかにまずい状態なのかがようやく分かった。


 「ごめんなさい!」


 急いでどこうとするが、慌てて飛び退くことはせずに安全にゆっくりとその場を離れた。

 そして乱れた衣服を直した鏡花は、時間も時間なので帰宅することになった。


 「今回のは事故だから気にしなくていいわ。また明日くるから、忘れてしっかり集中しなさい」


 そう言って部屋を出ていき、本日の勉強会はお開きとなった。

 涼介は言われたとおり、単語を覚えようとしたのだが、今日のことが何度もフラッシュバックしてしまいなかなか手につかないまま、諦めて眠りについた。


 そして次の日の朝、学校へ向かいながら涼介は昨日の自身の醜態を思い出してため息をついていた。

 それも仕方のないことだろう。なにせ、昨日は多くのミスをしてしまったのだから、一日で忘れることはできなかった。


 「膝の上で寝るとか子供かよ。あーもう、鏡花姉と会うのが恥ずかしいな」

 

 当然涼介が会いたくなくとも勉強会は続くので、放課後に鏡花と会うことは避けられない。


 「避けるつもりはもうないけどさ……」


 思い出してはため息を付きたくなるが、いつまでもクヨクヨしてはいけない。

 どうにか昨日のことを忘れて切り替えようとした矢先に、涼介は出会ってしまった。


 「あら、奇遇ね。おはよう涼介くん」


 「お、おはよう鏡花姉」


 ちょうど信号待ちをしていた鏡花とばったり鉢合わせしてしまった。

 涼介としてはもう少し時間を置いてから会いたかったのだが、願いは届かなかったようだ。


 「昨日はよく寝れたかしら?」


 「お陰様で疲れは取れました」


 「涼介くんの寝顔可愛かったわよ」


 「っ!!」


 昨日は鏡花も恥ずかしがっていたのだが、今はもう消化しているのか普通に接するどころか涼介をからかう余裕があるようだ。

 なるべく避けたかった話題だが、早速からかわれてしまい恥ずかしさで涼介の顔が熱くなる。

 その様子を目にした鏡花は微笑ましいものを見たとばかりに、小さく微笑んだ。


 「またして欲しかったら、ご褒美としてやってあげるわ。だから勉強頑張りなさいね」


 「うん……勉強は頑張るし、膝枕は嬉しいけど、もう寝落ちはしないようにするからね」


 「それは残念ね」


 子供をからかうように笑いながら、鏡花は信号が青に変わった横断歩道を渡っていく途中、涼介がすぐに付いてこないことに気づき振り返り、


 「早く行きましょう」


 そう、とびきりの笑顔で涼介に早く来るように呼びかけた。

 その笑顔に見惚れた涼介は一瞬思考が真っ白になるが、信号が点滅し始めたのを見て慌てて鏡花のあとを追いかける。


 「ふふっ」


 二人はそのまま並んで学校へ向かった。なぜか鏡花の機嫌が一日良かったのだが、その理由を涼介が知ることはなかった。

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