氷の女王との勉強会
ようやく、モンハン依存性が克服できそうです。
モンハンをやらなくても手が震えて、頭の中が傀異錬成でいっぱいな程度です。
次回の更新は早めなことを祈っていてください。
私はエルガドへ向かいます。
「お邪魔するわ」
色々あったが全ての授業が終わり、放課後になると約束通り勉強を教えるために、二人が通う高校の黒い制服を身にまとった氷見鏡花が、黒野涼介の家を訪れにきた。
「いらっしゃい鏡花姉」
先に家へ帰っていた涼介がリビングへ案内しようとするが、鏡花は別の場所を提案してきた。
「場所は涼介くんの部屋でいいかしら?」
「リビングじゃダメかな?」
「ダメよ。リビングだとあなたのお母さんに迷惑をかけることになるわ」
自分の部屋で鏡花と二人きりは色々まずいと考えた涼介だったが、その意見はあっさりと却下された。
「わかったよ」
二人は涼介の部屋へ移動して机を挟んで向かい合わせで座ると、鏡花が鞄から紙を取り出した。
「とりあえず、これを解いてもらうわ」
「わかった」
紙を受け取った涼介は問題に目を通すと英語の文章問題のようで、なかなか骨が折れそうだった。
「相変わらず、すぐ顔に出るわね」
「変な顔してた?」
自覚のない様子に苦笑しながら、鏡花は涼介の眉間を指で軽くつついた。
「問題を見た途端シワが寄って、あからさまにテンションが下がってたわ」
「本腰入れて勉強したのは高校受験以来だから、ちょっとね」
見事心情を言い当てられた涼介はバツが悪そうに、頬を掻きながら問題を解こうとするが……、
「うーん……」
一問目から長考をしていた。
「最初はそこまで難しくないはずなのだけれど」
不思議そうに首をかしげる鏡花だが、涼介の学力は学年の中でも下から数えたほうが早いので、簡単な問題にすら苦戦するのが今の実力だ。
今の高校は家から三十分かからないほどだが、第二志望の高校は電車を乗り継いでいかなければならなかったので、必死に勉強をしてなんとか合格したのだが、それで燃え尽きてしまったのだ。
「できたよ」
「採点をするから少し待ってて」
かなり時間をかけて全ての問題を解いて頭が疲れたので、用意しておいたジュースを飲んで目をつぶって休憩をする。
別に目を瞑る必要はなかったのだが、問題を採点している鏡花の表情が険悪になっていくのを見るのが恐ろしかったので、見ないようにした。
「採点終わったわ」
鏡花のその言葉を聞いて、ゆっくりと目を開けると想像していたよりも穏やかな表情の鏡花の姿がそこにはあった。
「もしかして、結構正解してた?」
自分では手応えがなかったのだが、偶然正解していたのかと喜ぼうとしたが、鏡花はゆっくりと首を振って否定する。
「その逆で、一問しか正解してなかったわ」
「うっ」
まさかのほぼ全滅で、自分でも虚しくなったのだが、それ以上に鏡花の穏やかな表情が怖かった。
「それで、次は何をすればいいんですか?」
思わず敬語になった涼介を見つめて、少し思案した鏡花は鞄から本を取り出した。
「ひとまず、あなたの今のあなたの学力はなんとなくわかったわ。今日はこれ以上問題は解かずにこの本を読んで、ひたすら単語を覚えてもらうわ」
「よかった。それくらいなら俺にもできそう」
もっと無理難題を押し付けられると思っていたので、安堵した涼介だが続く言葉を聞いて思わず固まってしまった。
「明日までに五十個覚えてもらうわ」
「えっ? 明日までに?」
「ええ、正確には明日の放課後までにね。何か用事でもあったかしら?」
どうにかしてこの状況から逃げられないかと考えたが思いつかず、大人しく涼介は観念してこの地獄を受け入れた。
「何も用事はないけど、もう少し少なくしてもらえないかな? 流石にいきなりその数はできる気がしないよ」
勉強をやることは受け入れたが、もう少し楽にならないか涼介は懇願すると、鏡花もいきなり五十個は多いと思ったのか、とある提案をしてきた。
「そうね……やる気のない状態で勉強をしても意味がないだろうから、ご褒美をあげると言ったら頑張れるかしら?」
「ご褒美?」
「ええ、流石に何もなしでやる気は出ないだろうし、あなたが喜びそうなことを一つ思いついたわ」
「そのご褒美はなにか教えてくれる?」
涼介がご褒美の内容を尋ねると、少し恥ずかしそうに頬を赤くしながら鏡花が教えてくれた。
「膝枕よ」
「ひざ……まくら?」
「何度も言わせないで、私だって恥ずかしいのよ」
普段はキリッとした真面目な優等生な鏡花が見せる、その恥じらいの表情は涼介にとって破壊力抜群だった。
「ありがとう鏡花姉。俺、頑張ってみるよ」
鏡花の膝枕の効果は凄まじく、先程までやる気が一切なかった涼介が今ではやる気に満ち溢れていた。
「そう、よかったわ。だったら、こっちに来なさい」
「えっ?」
早速単語を覚えようとしていた涼介を呼び止めて、隣に来るよう催促をする。
「違うわ」
疑問に思いながらも大人しく隣に座ると、鏡花は恥ずかしそうにしながらも力を込めて涼介を自身の膝に寝かせたのだ。
「どう……かしら?」
目の前には照れながらも見つめてくる鏡花の顔があり、さらに頭を優しく撫でられているその状況を受け入れきれずに、涼介は思考を停止させた。
まさにその時間は至高の一時であり、制服のスカートの布地が肌に心地よく、布越しではあるが柔らかい鏡花の太ももに頭を包まれて涼介は、ここが天国だと錯覚していた。
だが、その天国は長くは続かず、鏡花の「おしまい」という言葉とともに、現実へと戻されてしまった。
「どうだった?」
体を起こした涼介に目を伏せながら感想聞く鏡花は、普段とのギャップでとても可愛らしい少女に見えた。
「最高だった」
そんな鏡花に涼介は一切の偽り無く、心の底から感じたことを言葉にして伝えた。
「そう、それなら良かったわ。ちゃんと単語を覚えてきたら、次はもう少し長くやってあげるわ。だから頑張りなさい」
微笑みながら嬉しそうに、鏡花からそう言われれば涼介のやる気は限界まで高まり、見事鏡花の目論見通りに勉強の意欲が高まっていた。
まさかただの勉強会がこのようなことになると一切想像していなかったので、本能のまま動いていた涼介だったが、ふと鏡花は嫌ではないのかと気になった。
「鏡花姉は、俺に膝枕をして嫌じゃないの?」
鏡花は学校では氷の女王と呼ばれるほど男子には冷たいが、涼介にはここまでしてくれている。
昔なじみの近所の男の子だからという理由はあるが、それでも今の涼介は昔より背も伸びて、普通の男子と何ら変わりはない。
そんな涼介の疑問に鏡花は、静かに懐かしむように答えた。
「涼介くんは、私にとって特別な男の子だからよ。他の男子はあまり好きではないのだけれど、あなただけは何故か嫌な気持ちにならないのよ。不思議ね、自分でもよくわかっていないのよ」
それは、涼介を近所の男の子と認識しているからか、はたまた別の理由があるのか今の涼介にはわからなかったが、少なくとも嬉しくはあった。
「そうなんだね、ありがとう鏡花姉。俺にもなんで鏡花姉がそう感じているのかはわからないけど、特別って思ってくれてるのは嬉しいよ。俺も鏡花姉と一緒に入られて嬉しいからね」
笑顔でまっすぐ目を見て今の気持ちを鏡花へ伝えると、突然そっぽを向いた鏡花が帰りの支度を始めだした。
「どうしたの?」
「ごめんなさい。長居しすぎたわね、そろそろ帰るわ」
涼介が問題を解くのに時間がかかったこともあり、今の時刻は六時を過ぎていた。
「今日は勉強を教えてくれてありがとう。これから頑張るよ!」
「今日はあまり教えられたとは思えないけれど、やる気が出たのなら良かったわ。また明日放課後、会いましょう」
鏡花は最後に優しく微笑んで、部屋を出ていった。
その日の晩、涼介はご褒美のためもあるが、勉強を教えてくれている鏡花の期待に答えるべく、必死に単語を覚えたのだった。