氷の女王は許さない
アニメや漫画などでよくある、不良に絡まれているヒロインを主人公が助けて、仲良くなる話があるが、そんなことは現実ではそう簡単には起きない。
その主人公を自分に見立てて妄想していると話せば、友人にバカにされるだろう。
だが、そのフィクションに黒野涼介は遭遇していた。
目の前には屈強な男性二人と、涼介の通っている学校の制服をきている女子高生が存在した。
「嘘だろ……」
想像もしていなかった自体に涼介は、自分がどう行動をすればよいのか困惑していた。
一番は、今すぐに駆け寄ってすぐに助けることなのだが、残念なことに涼介に格闘技の経験は無く、武器になるものを一切所持していなかった。
自分が力になれないのなら他に力になってくれる人を探すべきで、警察を読んでくればこの問題はすぐに解決できるのだが、いかんせん今の場所から交番まで距離が遠かった。
「あーもう、くそっ。何やってんだよ俺」
喧嘩の経験は子供のじゃれ合い程度しか無く、向かっても役には立たないことは自分がよくわかっていた。
それでも、警察を呼ぶよりも自分が動くべきだと体が動いてしまっていた。
思わず悪態をつくが、後悔は後回しにして今何をすればよいか頭を働かせる。
「すみません」
三人に近づいた涼介は一言声をかけてから、女性と男性達の間に割り込む。
「俺の彼女なんで、ナンパは他所でしてください」
間近で見ると外国人だということに気づいたが、屈強な男達ということには変わりがないので、むしろ内心涼介はビビっていた。
それでも、目の前の男達に、なによりも後ろにいる女性に恐怖を悟られないように必死に震えを抑えた。
「ということなんで、行きますね」
男達が、突然割って入ってきた涼介にあっけにとられている内にこの場から離れようと女性の腕を掴んで移動しようとした時、その女性が自分のよく知っている人物だと気づいた。
「鏡花姉?」
「涼介くん?」
目の前にいるのは涼介の近所に住む、小さい頃によくお世話になった一つ年上の氷見鏡花だった。
「色々あるけど、とりあえず今はここを離れよう」
かなり驚いた涼介だったが、今は足を止めている場合ではないと再び移動を開始しようとするが、それを彼女に止められる。
「ちょっと待って。涼介くんなにか勘違いしていない?」
「勘違いも何もナンパだろ?」
「違うわ」
「えっ?」
ナンパを否定され、気の抜けた声が涼介の口から漏れる。
「じゃあ、この状況は?」
明らかに絡まれていると思われる状況だったので、説明を求める。
「はぁ、ただの道案内よ。それよりも、この手を離してくれるかしら?」
「ごめん」
自分がずっと彼女の腕をつけんでいたことに気づき、涼介が手を慌てて離すと鏡花は男達の方へ近づき英語を喋りだした。
涼介は何を離している聞き取れなかったので、大人しく側で会話が終わるのを待っていた。
「Thank you.」
道案内が終わったのか外国人の男性たちはにこやかにお礼を言ってから、その場を立ち去っていった。
残ったのは気まずい空気が漂う涼介と鏡花だった。
「それで、どうしてこんな勘違いをしたのか、歩きながら説明してもらえるかしら」
鏡花からしてみればただ道案内をしていたのに、突然割り込んできた涼介に説明を求めるのは当然のことだった。
「えっと……いかつい男達と同じ学校の女子がいたから、てっきりナンパデモされてるのかと思って助けに入ったんだよ。まさか、ただ道案内をしているだけだとは思わなかったんだ。ごめんなさい」
涼介は観念してこうなった経緯を説明し、素直に謝った。
「まぁいいわ。助けようとしてくれたんだし、見当違いだったとしても責めないわ。ただ、一つ気になったのだけど」
「気になったこと?」
鏡花は頷き、少し考えてから口を開いた。
「涼介くん、あなたさっきの会話聞き取れた?」
「えっ?」
訊ねられたのは想定していなかったものだった。
だが、鏡花の想像している通り涼介は先程の会話をほとんど聞き取れず、空気に徹していた。
ここで、なんて返事をするのが正解なのか涼介は考えた。
鏡花は気になったことは理解するまで質問をしてくるので、はぐらかすことは不可能だ。かと言って、嘘をついたとしても会話の内容を話せと言われれば、答えられないのでバレてしまう。
「いや、全然聞き取れなかった」
涼介は正直に話すことを選んだ。
そして、このあと来るであろう展開に頭を抱えたくなったが、予想した展開は来なかった。
「そう、しっかり勉強しなさいよ」
「うん。気をつけるよ」
それだけでこの話題は終わり、涼介は驚いたが幸運だと思い余計な言葉を飲み込んだ。
この場にいつまでもいるわけには行かないので、歩きながら話すことになった。
鏡花は頭がよく、勉強が苦手な涼介に昔はよく教えてくれたのだが、その教え方がかありスパルタなものだったので、トラウマになっていたのだ。
「それにしてもこうして話すのは久しぶりね」
「そうだね。でも、学年が違うからそんなに合わないけどね」
家が近所だとはいえ学年が違えば接点は少なく、合う機会は少ないものだ。
昔はよく遊んでもらっていたが、成長すれば異性と遊ばなくなるものであり、涼介もその類にもれなかった。
「そうかしら? 会おうと思えばいつでも会えると思うのだけれど」
「それは……そうだけど」
「涼介くん、高校生になってから露骨に避けていないかしら? 中学の頃はたまに勉強を教わりに来てたと思うのだけど」
図星だった。
涼介は鏡花のことを避けていた。
「そんなことないよ」
だがそんなことを正直に言うわけには行かないので、誤魔化そうとするが鏡花の追求は止まらない。
「たまに学校で会っても無視したり、目があったらすぐ逸らすじゃない」
「それは……」
涼介が避けるのには理由があった。
鏡花の見た目はかなり整っており、長く艷やかな黒髪に凛とした黒い瞳は人を男女問わず魅了する。
だが、男子には冷たく塩対応なので氷の女王と一部では呼ばれている。
なので、そんな鏡花と涼介が親しそうに会話をすれば、噂が一気に学校中に広まり、男子から目の敵にされるのはたやすく想像できた。
だから、涼介は最低限の関わりだけで済まそうと思っていたのだ。
「突然避けられて少し寂しかったのよ。なにかあなたの気分を害することでもしてしまったのかしら? それなら謝罪をするわ。でも、教えてくれなければ何もできないのよ」
「それは、ごめんなさい。でも、鏡花姉は別に悪くないんだよ。悪いのはむしろ……俺の方だ」
「なら、なぜ避けていたのか教えてくれるかしら?」
当然のことだ。
自分が何もしていないのに避けられれば理由が気になるものだ。
確かに涼介には話す義務があるが、素直に話すのは恥ずかしかった。
「鏡花姉が学校でなんて言われているか知ってる?」
「知らないわ。そんなことに興味がなかったから」
「氷の女帝って呼ばれてるんだ」
涼介は正直に話すことにした。
これ以上ごまかすことは難しいと考え、これ以上嘘を付くのに罪悪感を感じたからだ。
「変な呼び名ね」
「男子たちを冷たくあしらってるって噂なんだけど本当?」
「冷たくあしらっているつもりはないのだけれど、いやらしい視線を送ってくる人たちは基本的に無視をしているわ。それがどうしたのかしら?」
「それだよ。それで、氷の女王って呼ばれるようになったんだよ」
噂の原因がわかり納得すると同時に、やはり避けていて良かったとも涼介は思った。
もし、学校で鏡花姉なんて呼んでいたらどうなっていたかと、思わず身震いをした。
「それで、なぜ涼介くんが私を避けるのかしら? 今のでは説明になっていないわ」
「だから、鏡花姉は美人で男子から人気があるから、男子で俺だけ話していると噂になるから避けていたんだ。余計な噂が立つと鏡花姉にも迷惑がかかると思ってさ」
「そうだったのね。話してくれてありがとう、よく分かったわ」
納得してくれたようで一安心するが、次の言葉を聞いて涼介は血の気が引いた。
「あなたに迷惑がかかるかも知れないから、学校ではこれまで通り避けても構わないわ。でも、これからあなたの家で勉強を教えることを決めたわ」
「えっなんで?」
なぜ突然涼介の勉強の話になるか理解できなかったが、それはなんとか否定しなければならなかった。
鏡花と二人きりで勉強するのはもちろん、スパルタな勉強を受けるのだけは避けなくてはならない。
「あなたは昔から勉強が得意ではなかったし、さっきの英語も聞き取れていなかったようだから、あなたの成績が心配になったのよ。それに、今まで避けていた分を埋め合わせしなければならないと思わないかしら?」
「うっそれは。そうだけど」
言っていることは全て鏡花が正しく、涼介がなんと言い訳をしようともただ勉強をしたくないだけと思われるだろう。
鏡花と二人で入れることは多少優越感はあるが、彼女は勉強の時は容赦がないので優越感に浸る暇などないのだ。
返答に困っていた涼介だったが、そこで光が指した。
「あっ、俺帰りこっちだからまたその話は今度ね」
タイミングよく分かれ道に差し掛かったので、これ幸いと話を中断して別れを告げて早足でその場を去っていく。
「待ちなさい」
引き止める声が聞こえるが、無視して急いで家へと向かう。
「ふー危なかったな」
あのままでは以前のように勉強漬けにされるところだったので、回避できたのは幸運だった。
もしあそこで分かれ道にたどり着かなければ、確実に捕まっていただろう。
だが、無理やり逃げてきたのであとが怖いが、なんとかなるだろうと、この瞬間は考えていたがその考えが甘かったのは翌日思い知ることになった。
「おはよう涼介くん」
「おはよう……氷見先輩」
なんと、わざわざ校門の前で涼介を待っていたのだ。
早い時間から待っていたようで、周囲には野次馬が多く存在しており、鏡花が待っていた相手が涼介だと一気に知られてしまった。
「もしかして、怒っていますか?」
あくまで先輩後輩の関係ということをアピールするために敬語で接するが、向こうはその気はないようだった。
「昨日は私を置いてさっさと帰っちゃうから心細かったわ。だから、涼介くんに会いたくて待ってたのよ」
その言葉は周囲の生徒にもバッチリ聞かれてしまったようで、こうして涼介の平穏な学園生活は終わりを告げた。