干からびたミミズ、自分を救おうとする少年に何かを伝えようと最後の力を振り絞る
干からびたミミズ、アスファルトの上に横たわる。
ミミズがなぜこのような自殺行為ともいえる行動に出るのかは諸説ある。有力な説は、雨が降った後、土の中が水で満たされてしまい、このままだと溺れてしまうため外に出てくるというものだ。
このミミズもまた、そんな事情から地上に出ていた。
そして、アスファルトまで出たところで夏の強い日差しに晒されてしまい、じりじりと焼かれるはめになってしまった。
全身が赤黒く変色し、こうなるともはや助かるすべはない。
ミミズは灼熱の光を浴びながら考えていた。俺の生は一体なんだったのだろう、と。生まれてからのほとんどの時間を土や木の葉の中でうごめき、最後はあっけない幕切れを迎えようとしている。何かを成し遂げたわけでもなく、なんの意味もない、つまらない生だった。
太陽さんよ、さっさと俺を焼き尽くしてくれよ、とやさぐれた気持ちで最期を迎えようとしていた。
ところが――
「あ、ミミズさんが干からびてる!」
一人の少年が通りがかった。
干からびたミミズ、少年の手によって運ばれる。
今まさに死を迎えようとしているミミズを発見した少年は、ミミズを拾い上げ、自宅まで持っていこうとしていた。
ミミズも、わずかに残った意識で助けられていることを認識していた。なにやってんだこいつは……俺を助けるつもりか? ほとんど干からびてる俺を助けられるわけないだろうが……と少年に毒づく。だが、少年は脇目もふらず走り、大急ぎで家に直行するのだった。
「ミミズさん、必ず助けるから!」
手の中にいるミミズは不思議と悪い気分ではなかった。
干からびたミミズ、蛇口から出る水を浴びせられる。
自宅にたどり着いた少年は家の外にある水道場にミミズを連れていく。水をかけてやればミミズは蘇生・復活するのではないかと考えたのだ。
だが、ミミズはすでに人間でいうと全身に火傷を負っている状態、こんな方法で助かるはずもなかった。
水をかけ終わり、土のある庭にミミズを移動させる。
ミミズは水と土が好き。だから水をかけ、土に置いてやれば元気になるはず。子供らしい発想だった。
少年は祈るような気持ちでミミズを眺めるが、動かない。九割九分生命を終えているミミズにあとできることは、残り一分の命が消えるのを待つだけ。
「ミミズさん、動かない……」
だんだんと自分の方法では助からないことを悟り、落胆する少年。
しかし、ミミズは今まさに残る力を振り絞ろうとしていた。
干からびたミミズ、最後の力を振り絞る。
一寸の虫にも五分の魂という意地か、少年にお前のやったことは無駄じゃないと示すためか、ミミズは動こうとした。
懸命に全身に力を入れ、動こうとする。
すると、わずかに体が動いた。
「ミミズさん!」
ミミズの復活を喜ぶ少年。
さらにミミズは動いてみせた。ピクリピクリと体をくねらせる。
少年はやったぁと歓声を上げる。
だが、ミミズの奮闘もここまで。ほんのわずか動いただけで力尽きてしまう。
「ミミズさん! ミミズさぁん!」
少年が指でミミズをさわるが、もう動かない。
最後にミミズは考える。この少年はほんのわずかに動いてみせた自分から何かを感じ取ってくれるだろうか。
自分の救助活動で少しでもミミズを回復させることができた達成感か、それとも世の中やはり無理なことは無理という無力感か、ミミズも精一杯生きてるのだなぁという感動か、死にゆくミミズに対する同情か。
とにかく、自分の生と死から少年が何かを感じ取ってくれればそれでいい。今日のことが少年の心に何かをもたらしてくれればそれでいい。きっと自分の生は何か意味があるものだったのだろう、とミミズは思うことができた。
人間からは分からないが、死を迎えたミミズの表情はどこか満足げであった。
おわり