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桜雲館の紅姫【完結】  作者: 可燃性
拾弐のこと『可愛いを独り占め』
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087「俺の愚痴も」

「――ふうん、榧がねえ」


 着物一枚羽織った常日頃の見慣れた薄着の姿で<紅姫>こと(こう)が紅錯に膝枕をされながら、そう相槌を打った。眼前にいるのは首に大きな手形をつけた狂輔(きょうすけ)だった。昨晩はお楽しみだったらしい。


「一応って影経から話が回ってきてね、あれの上司は君だからさ」

「上司って……そんなに偉いものではないのだけれど」


 影経から「まずいことになりそうだ」と狂輔に連絡があった。

 榧は温厚だ、滅多なことでは怒らない。しかし、愛する嫁のためだと話が変わってくる。彼の憂いを払うべく彼女は如何なる手段も使うのである。それこそ、()()()()()()()()()()


 影経も長い付き合いだ、榧のそういう性質について知っていたので、恭弥の殺された事実をわざわざ報告しに行った。隠匿した方が被害が拡大すると踏んで、だ。しかし、実際はどちらに転んでも最悪の方向に話は進んでしまったらしい。だから策を講じられるよう上司である狂輔に知らせたのである。

 そこから榧に対する管轄は小生じゃないからと膠へ話が通された。

「仕方がない子だなあ」と膠の方も紅錯(こうさく)の太腿に頬をつけた。彼はその頭を撫でながら無言である。凛龍(りんりゅう)は彼女の長い髪の毛を指に絡めて弄び、紅凱(こうがい)は彼女の足を愛でている。いつも通りの三者三様――膠は眠たそうに目を細めながら、言う。


「ねえ狂輔」

「なに?」

「来てくれたついでに俺の愚痴も聞いてってくれる?」

「は?」


 なんだい、それは。

 胡乱気な目がそう問いかける。三人がいる手前嫌われ者の仮面は被っておかねばならない。


「俺ね、()()()()()()()()

「……え?」


 ぎょっとしたのは狂輔、それと結界の三人だった。

 膠が腹を空かせることは滅多にない、『錠前』たちが常に栄養価の高い『魂』を案内してくれるから。しかし現状その全てが無に帰している。ここ数週間あまり、彼女は『魂』を摂取していなかった。

 所詮代用は代用だ――いくら注ごうと腹を満たすことはできないのである。


「久しぶりにちょっと苛々するくらいに」

「……それは……」

「まずいですね、それ」


 凛龍が言うのに、にっこりと笑いかける膠。いつも笑みを浮かべている紅凱ですら強張った表情をしている。


「榧が怒ってなにをするか知らないけれど、横取りした張本人を割り出してくれるなら好きにさせておいてもらっていいかな」


 それは即ち、榧の行動を制限するなという意味。

 彼女の働き次第で、恭弥を殺した犯人が炙り出せるかもしれないから。それが――『魂』を消失している原因に辿り着くなら、そのままで良いと。

 しかし榧の行動は多岐に渡る。それこそ国に対してテロ行為とも思えるような殺戮を行うことだって充分あり得るのだ。看過は出来ない、寧ろ注視し適宜対策を講じるべきだった。


「……彼女のガチギレは放置するにはあまりよくないと思うけれど?」


 狂輔はそれに応える。ほんのすこし『局長』としての顔を覗かせて。


「……ふうん」


 よっこらせ、と膠が身を起こした。

 星空が冴えた輝きで狂輔を見据えた。冷たく広がった銀の煌きが、狂輔を射抜く。


「俺が『休眠期(きゅうみんき)』を待たずに眠っても困らないってこと?」


『休眠期』。それは、字の通り膠が<紅姫>としての役目を休む期間のことをいう。彼女は朝も夜も結界の三人を維持するために働き続けている。だからこそ休むために深い眠りにつくのである。

 その際は外にいる『錠前』たちが一堂に会することで治安を維持しているが――今、榧がそれに応じるかが怪しい。榧を頼っている燈以奈と萌黄も彼女の行動を共にするかもしれない。榧は戦力として十二分だ、あまり欠けてほしい存在ではない。だから、『休眠期』の際の彼女の帰還は必須だった。


「『緋紅楼(ひべにろう)』を支えているのは俺、だよ。獄が眠っている今、俺がここの管理を任されているし、中核を担っている。それは君が知っての通りでしょう? そりゃあ三人からのものがあれば生きてはいけるけれど、それだけじゃだめだと君が言っているんだよ」

「……」

「狂輔、最優先すべきことはなに?」


 それは決して彼女の我儘ではない。腹が空いた、と子どもが駄々をこねているわけではない。

 彼女は『緋紅楼』を支えている――彼女の力こそが、この世界の秩序なのだ。


「……君だ、よ」

「そう、良い子だね。――だったら、俺の言うことを聞いてもらえるかな」


 いやだ、と狂輔は言えなかった。夫婦が命懸けで創生したこの世界を失う訳にはいかないから。

 その意思に賛同して自ら楔となってくれたのはほかでもない目の前の彼女なのだから。


「……仰せのままに、<紅姫御前(べにひめごぜん)>」


 狂輔が首を垂れるのを、膠は眉をひそめて眺めていた。

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