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桜雲館の紅姫【完結】  作者: 可燃性
拾のこと『英雄センジロウの冒険譚』
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071「誰しも神を抱えている」

 無機質な灰色の壁に囲まれた部屋。部屋中に透明なモニターが浮かび、床には無数の色とりどりのケーブルが、蛇のように這いまわっていた。

 中央を陣取る女は椅子に座ったまま足を組んでいる。へその出たタートルネック、派手で目に痛い柄の着物を羽織り、腰の部分から太腿にかけて大きく開いたデザインのサスペンダー付きのズボンを身に着けた女――『管理局』の『局長』、狂輔(きょうすけ)だった。

 狂輔は眼前の男の報告に眉をひそめた。


「回収に失敗?」


 それは失敗を咎める風ではなく、寧ろこれまで失敗などしていなかったというのに何故今になってという疑念の方が強い。

 彼女が座る机の前で立っている『死神』影経も「うるせえな」と言いつつ、状況を話し始めた。


「紅蓮の後処理に向かったら男の姿が跡形もなくねえんだよ。きれいさっぱり……へこんだ床はあったがな、それ以上はなにもねえ。さすがに俺だって無から有は回収できねえから取り急ぎ戻ってきた」

「『薪拾い』の君より先に回収できる輩がいるのかい? 嶺羽が昼寝でもしていたの?」

「してるか阿呆。つうか霏龍(ひりゅう)たちも出てんだぞ、俺が回収できなくたってあいつらがしているだろうが」

「――そうだよねえ」


 ぎい、と狂輔は背もたれに身を預けた。

 ここは『局長室』。文字通り彼女が仕事をする為の場所であり、『管理局』の中枢である。

 影経は、すぐ後ろで忙しくなく電子盤を叩く男に目を遣った。銀髪をオールバッグにした彼の机の上には山のような煙草の吸殻があった。視線に気付いて振り返る様子はない。暫く見つめてから影経は視線を戻し、狂輔に言う。


「……てめえは雷龍(らいりゅう)を過労死させるのが趣味なのか」

「えぇ? だいじょーぶだよ、死にゃしないよ。神さまだもん」

「……そういう問題かよ」


 影経の役目は『魂』の回収――『器』から離れた『魂』がその穢れから悪いモノを生み出さぬよう導く。

 何をするかと言えば単純で、死の気配を察するとその場所へ行き、肉体――『管理局』では『器』と呼んでいる――から『魂』を取り出して、『管理局』へ送るだけだ。

 その過程で『穢れ』が取り返しのつかないほど膨らんでいたり、純太のように悪いモノを生み出そうとしていたり、そのまま回収するには支障をきたす場合は順次<紅姫>(こう)へ処遇の打診に向かう。

 それが彼の主な作業内容だった。


「まあそれは置いといて。紅蓮君があのとんでもない勘違い野郎をぶん殴って――すぐ、行ったんだろう?時間は真夜中だし……うぅん……」


 場所は近々取り壊される予定の倉庫。工事関係者が来るとしても早朝だろう。工事関係者が何か都合があって真夜中に訪れ、死体を発見してまずいと思って隠蔽した可能性も考えられる。

 しかしその場合に見つからないのは『器』の遺体だけである。

 回収対象は『魂』。人間がどうこうできる代物ではない。


 だが、実際、倉庫には遺体も『魂』もなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ひとの『生死』に関して、狂輔は共通の『設定(プログラム)』を施している。

 それは、『人間の死(シャットダウン)を感知したら自動的にこれまでの人生記録(データ)を管理局へ転送すること』――即ち、『魂』と『器』の自然乖離である。例外はなく、生きる者全てにこの『設定(プログラム)』は適応されている。

 つまり、『器』から『魂』が剥がれなかった――ということはあり得ない。

 だから今回の件で導かれる答えは、『魂』ごと仙治郎はどこかに消えてしまったということだった。


「うぅーん、君の活動において回収できなかった例なんてなかったんだけどなあ……」


 がりがりと頭を掻く狂輔。

 その様子に何故か影経がげっそりとした表情になる。


「なにさ」

「……別に」

「ふうん?」

「……で」


 影経の催促に、狂輔が目を瞬かせた。


「なにが?」

「……俺は何もしなくていいのか」


 何かこの問題に対して行動しなくていいのか、という意味の問いかけだった。

 狂輔が薄く笑って肩を竦めた。


「うん、通常通り『魂』の回収よろしく」

「……いいのか?」


 怪訝そうな影経に彼女は頷いた。


「この問題は根が深そうだし、今回の一件で『魂』に干渉できるやつがいるってことだけはわかった……でもそれ以上小生たちは何もできないよ。調べればすぐわかるんだろうけれど――それは理念に反するからね」

「……っち」


 舌打ちをして、影経が踵を返した。これ以上の問答は不要だと思ったのだろう。狂輔も同じだったので、去っていくその背中に「お疲れ様~」と呑気な労いをかけて見送った。

 足音は、スライド式の扉で完全に遮断された。


「――『()()()()()()


 口を開いたのは、影経が体調を慮っていた雷龍である。

 振り返ったその顔には片目に傷痕、そして両目には濃い隈が住み着いていた。パソコンを扱うよりも()()などを扱っていた方が様になる外見の彼の口には、真新しい煙草が咥えられていた。


「うん、『魂』がそこにないのならそういうこと」


 それは導かれる()()()()()()()()()()()

 限られたモノにしか見ることおろか、物体化することさえできない――生命の根源、実存の象徴である『魂』。人間にとって最も重要で、かつ見えないこの器官に対する権利は狂輔が厳重に定めている。

 そのはずだったが――しかし。


(何事も規定(マニュアル)通りとはいかないものさ……)


 あらゆるものに例外は存在する。その例外に対応していくことで『仕組み(システム)』とは進化するものだ。

 これは進化のためのきっかけになり得る事態なのかもしれない、と狂輔は考えていた。


「『特殊転生者(レアケース)』か、或いは『天上種(てんじょうしゅ)』か……いや、さすがにもう残存してねェか」

「いやあ?」

「……うん?」


 歯切れの悪い狂輔の言葉に、雷龍が椅子を回した。

 鉄の擦れる音が小さく鳴った。


「小生がいるのだから、影響は残るさ。ヴェイユールだって獄たちが抑制してはいるけれど残っていないとも限らない。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、存在という意味では小生だけだけれど、影響――所謂『神の残滓(ざんし)』は信仰が存在する以上生き続ける。自由意志の神がないというだけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 心理学者のユングは『無意識』のさらに深いところに『集合的無意識』があると提唱した。個人を越えた人類に共通する意識――あるところではこれを『神の意識』とも呼ぶのだという。


「厄介、だな」

「そう、厄介。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。小生たちはそうやって生まれた偶像さ。偶像に自我が芽生えて動いているだけの人形……悪意があったのがヴェイユールで、興味を抱いたのが小生、イルマガンテだった……」


 狂輔は目を瞑った。

 あらゆる生物の意識の底にいたはずの存在は、或る時自我を持ってこの世界を創造し、この世ならざる存在『亜人妖種(あじんようしゅ)』を生み出した。後々、精神干渉により内側からの支配を求めた結果である――だが片や統一神を目指し、片や神そのものの存在を否定した。

 ぶつかった神の争いは、彼らを()()()転生させる羽目になった。


(やっこ)さんはそういうのってことか」

「……今のところはわからないけれど、たぶん」

「っち、クソッタレが。――仕事増やしやがって」


 雷龍の言葉を受けて、狂輔は肩を竦めた。


「ホントだねえ……休めなくなっちゃうかも?」


 悪戯っぽく言う狂輔に雷龍が「あぁ?」と目を剥いた。


「今だって週休0日で働いてンだが?」

「あれえ、そうだったけ? それじゃあ――休む?」


 狂輔は立ち上がり、雷龍を背後から抱き締めた。背中に当たる柔らかな感覚――豊満な胸をわざと押し付けながら彼女はにんまりと笑っている。


「……いいのか?」

「溜まってるんでしょお~? 小生がヌいてあげるよ~」

「……溜めさせてンのはそっちだろーが」

「ふへへ」


 立ち上がり、自然な流れで狂輔を横抱きにする。狂輔もそこそこ体躯があるのだがそんなことも意に介さず軽々と持ちあげた。


「きゃー! 雷龍! かっこうぃ~♡小生また惚れ直しちゃった♡」


 突然かわいこぶる狂輔を、雷龍は訝しみつつ若干頬を緩ませた。


「……そりゃなんだ、抱き潰せっつってンのかお()ェさんは」

「えぇ~いつもぉ言わなくてもぉ、抱き潰してるクセにぃ♡」

「……ったくよぉ……」


 ぼやきながら寝室へ向かう雷龍。

 煙草の煙は緩やかに、部屋に融けて消えた。

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