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桜雲館の紅姫【完結】  作者: 可燃性
肆のこと『よく燃える薪』
25/134

025「うるせえ」

 ●〝薪にする魂について〟

 緋紅楼(ひべにろう)にも置けないような汚くて惨めでどうしようもなく残念な魂は薪にして、竈で燃やして苦しめてやりましょう☆情け容赦なく竈にぶちこんでください(>_<)これを大鍋で煮詰めると他の魂が可哀想なことになってしまうのでやめてください(T_T)違反したやつはそいつを竈にぶちこみます(#^ω^)

 ※ちなみに悪いモノを生んじゃった可哀想な魂にも同情の余地はありません。情状酌量とかありませんので、気を付けてネ♡

 ていうかこれってまきって読むのが正しいの?たきぎ?ニホンゴムズカシイネー(´・ω・`)

 ――『局長・愛のルールブック』(手書き)より引用


 ◇


「え? え? な、なんだよこれ……? なんなんだよ……!?」

「上は『浄化の大鍋』。ちゃんとした『魂』を入れてあげると前世の記憶とか人格が全部消えて『種』だけが残るんだよ。『種』はこのひとつ上の階の『花園』で育てられてお花になるんだ」

「……は? たね? はな?」

「ああ、でも君は関係ないよ。君は『薪』になるから」


 呑気な口調で蛇が言う。篤には何が何だかさっぱりだった。

 男の到着に気付いたらしい大鍋を掻き回していた人物が、はしごを降りて大股に近づいてきた。肌には鱗が浮かんでいる。上半身に瘤のような筋肉をあちこちに張り付けた二メートルはあろうかという大男である。彼は額の汗を拭うと、篤を担ぐその姿を見て破顔した。


「おお、これは見事な。――良い『薪』となりましょうな、影経殿」

「……ああ、上物だ」


 金色の瞳に無造作に広がった銀髪。人の良さそうな笑みを浮かべながら、猶も彼は影経と呼んだ男と会話を交わす。


「そろそろ役を終えて尽きる薪も増えましてな……煮詰めるのに少々時間がかかっておりまして。有り難い限りでございます」

「……へえ、燃え尽きるのがいたのが」

「ええ、百五十年程燃えておりましたが先日とうとう。爆ぜる音がなんとも言えぬものでございました」

「……ふん、運のいいやつだ」

「いえいえ、とんでもないことでございます。なにせ婦女を何度も手籠めた極悪人でございますからな」


 はっはっはと男が笑うが、篤は全く笑えなかった。

 百五十年――途方もない時間、火にあぶられ続けるのというか。正気など保っていられるわけがなかった。がたがたと震え出した篤を見て不思議そうに男が首を傾げる。


「む――その『薪』はまだ身震いできる程度には『器』が?」

「ああ、出来たてほやほやだからな。ついでに言うと<(べに)>んとこの客だった」

「ほほう、<紅御前>の御客人でしたか。それはそれは……あの御方の手に負えぬとは珍しい。しかし、あの御方が見定めたものあれば見事に燃えますでしょうな」

「……お墨付きってやつだぜ」

「それはいい」


 影経が男に篤を手渡す。抵抗しようとしたが、篤は体が動かせなかった。そのまま男の筋骨隆々とした肩に担がれる。

 手足が凍っていく、とそう思って手を見ると皮膚がまるで木の皮のように、干からびていた。


「ひぃぃ!?」

「安心しろ、見目こそ『薪』となるが感覚までは消えぬ。――特に痛覚は」

「え、ひ、な、なんで、つうかく……ッ!?」

「汝が何者かをどのように貶めたかは知らぬ、しかし斯様に『薪』となるからには相応のことをしてきたということであろう。――浄化の炎の中で悔い改めるが良い」


 篤が空中に放られた。竈の業火が手を伸ばし、彼の体を抱きとめた。そして――文字通り神経を焼かれるような激しい痛みが迸った。灼熱の抱擁である、彼に逃れる術などなかった。


「ぎゃああああああッ!!」


 その悲鳴は、もう彼らの耳に悲鳴には聞こえていない。


「――花龍(かりゅう)、『薪』が増えた。少しばかり中身を増やそう」

「承知致しました、霧龍(むりゅう)殿」


 男の声に女が応える。

『薪』の爆ぜる音が響く中、誰ひとりとして気に留める者はいなかった。

 炉端の石を蹴るように些末なことであるから。


 ◇


「いつも思うけれどまるで童話みたいだよね、『トゥルーデおばさん』だったかな」


<紅姫>が感想を漏らした。

 例の如く――男三人を下がらせて、男と蛇と<紅姫>だけの部屋だ。<紅姫>は床に寝ころんで頬杖をついていた。


「あ? なんだそれ」

「知らない? ああ、でもあんまり有名じゃないかも。――グリム童話だよ。わがままな娘が村で怖いって有名な魔女の家に好奇心で近づいて薪にされて燃やされるんだ」

「魔女ってのはお前のことか」

「そうかもね」


 影経が出された茶を啜る横で蛇が茶菓子をこぼしながら咀嚼していた。その様子を見ながら<紅姫>が言う。


「君も大変だね、嶺羽(みねは)。犬の次が猫、猫の次が蛇だなんて。哺乳類から爬虫類なんて体温調整だいじょうぶ?」

「ん?」


 クッキーと格闘していた蛇――嶺羽が顔を上げた。周囲には口に入り切らなかった欠片がこぼれている。


「大変だけど普段は影経の首に巻き付いているから平気だよ! ――それにしても(こう)は一段とかわいくなったしきれいになったねえ」

「……っは」


 嶺羽が<紅姫>を見て言うのを鼻で笑ったのは影経だった。


「チビがちんちくりんじゃなくなっただけだろ」

「むぅ、影経だめだよ! そういう言い方しちゃー!」

「うるせえ」


 仲睦まじい二人を見て、頬杖をついたまま<紅姫>膠が笑う。


「そいや、ふわふわ女は災難だったな。アレに絡まれたんだろ?」


 ふと思いついたように影経が訊いた。ふわふわ女とは壱多のことだ。

 もともと『レイニー・ファニー』は悪いモノを祓うための喫茶店である。零雨と壱多の兄妹が作る料理を取り込むことで『厄払い』ができる。元来は厄介なモノに憑りつかれた善良な人間がやってくる店だが、篤の場合は憑りついている悪いモノの方が寧ろ善良だった。


 無視するにはあまりにも数が多かったので、<紅姫>があの場所に店を置くように依頼した。しかし、タイミング悪く、ホール担当の龍善と零雨の恋人である絹夜(きぬや)が長期間留守になることが決まってしまったので、仕方がなく壱多が表に出た。

 その結果が――アレだ。


「まあね。あのままにしておくと『魂』が深刻な『(けが)れ』に見舞われて、良い人なのに『薪』にしなくちゃいけなくなるから。まあ望んでくれたおかげで彼らの怨恨は晴れて正常に『大鍋』行きさ」

「ふん」


 紅錯が篤を救った訳ではない。救ったのは貶められていた彼らの方だ。彼らの根幹にある呪いを壊し、正常な『魂』へ戻すことで正しく生まれ変わる道を与えたのである。


「そういえば純太の件、まだ君にお礼を言っていなかったね」

「要らねえよ、気持ち悪りぃ」

「そんな言い草する? 相変わらず口が悪いね、君」

「そうだよ、影経! だめだよう」

「るせえなっ」


 水の中で息絶える寸前だった純太の『魂』を導いてやるよう助言したのは影経だった。

 水底に宿る暗くも純粋でやさしい『穢れ』を纏った『魂』を見つけた彼はぶっきらぼうに頼みにきた。


 ――あのままじゃ何もしてねえ奴が『薪』になる

 ――霧龍たちに文句言われちゃ敵わねえからな


 水と『魂』は融け合いやすい。悲しみが流れ出して水の暗闇に融合してしまうとやがてそれが形になって――悪いモノを生んでしまう。悪いモノを生んだ『魂』は問答無用で『薪』にされてしまう約束だった。

 そういうところが局長の彼女らしい――と膠は思っていた。影経に働いてもらうための口実も一部含まれている、と推察もしていた。


「ありがとう、影経。君のお陰で彼は()()()()()よ」

「――そりゃあ救済って意味か?」

「うん?」

「俺はただ……水に落ちているゴミを拾っただけだ。掃除だよ、掃除」

「わわ、影経!」

「ふふふ、清掃員だものね」

「……るせえな」


 影経が声を上げる嶺羽の細長い肢体を鷲掴みにした。膠が夜空の瞳で見上げると、彼は赤い目で見返した。


「……いつまでもここに居座ってるとうるせえのが三人余計煩くなるからな。俺は帰るぞ」

「紅錯は別に煩くしないけれど?」

「……うるせえ」


 口癖を呟いて影経は襖を開けた。彼は膠を一瞥した。


「うん?」

「……気が向いたらまた来てやるよ」

「ばいばーい、またねえ膠」

「うん、またいつでもおいで。――今度は嶺羽、人の姿でね」

「うん!」


 襖が閉じて、彼の足音が遠ざかっていく。静かになった部屋の中でひとりになった膠は笑った。

 惨めな結末を楽しむ魔女のように。


 この世の一生は長いようで短い。けれど刺激を求めるのもほどほどに。

 ――そうでないと、悪い魔女に薪に変えられて燃やされてしまうかもしれないから。

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