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桜雲館の紅姫【完結】  作者: 可燃性
参のこと『本当のじぶん』
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016「かわいかったなあ」

 キッチンカーの少し離れた場所で、テーブルを囲う(りょう)とキッチンカーの四人。夕飯はサラダとホットドッグだった。味付けは簡単だったが、だからこそ素材の味が際立って、これもまた美味かった。

 この時、涼は初めて雪紫樹(ゆきしき)の彼氏である緋色(ひいろ)に会った。

 想像していた数倍の図体で現れたので、涼は腰を抜かしそうになった。アメフトでもやっていそうなガタイのよさだったが、彼の趣味は絵を描くことだそうだ。「時代が時代なら緋色はむっちゃ有名人だったと思うよ!」と雪紫樹が胸を張って宣言した。宣言に対し、緋色はか細く弱々しい声で「……い、いい言い過ぎだ……」と抗議していた。初めて聞いた彼の声だった。

 緋色は猫背で、寡黙な男だった。長い前髪で目はほとんど見えず、顎には髭の剃り残しがあった。他人の恋人をあれこれ言うのは憚られたが――涼から見て美男子、という風貌ではなかった。

 飲食を扱うにしてはなかなか清潔感に欠いた見た目だなとは思ったが、察した雪紫樹が説明するに彼は皿洗いなどを中心に行っており、直接料理に関わることはないという。

 彼は体を小さくして、ちまちまと食事を摂っていた。時折雪紫樹が「おいしー?」と訊ね、それに対し小さく頷くというやりとりをしていた。


「えぇー! なにそれ、十年も一緒にいて!? はー……涼サン、それは別れて正解だわ……」


 雪紫樹に昼間のあくるのことを聞かれたので、その流れで婚約破棄の話をした。彼は「ありえない」を連発し、最後には額に手を当てて項垂れた。感受性豊かなリアクションは、涼の胸に残っていた悲壮感の欠片を奪い去った。だから涼の方も、気軽に胸中を告白できた。


「ムリ、そーゆーの。要はさ、自分のプライドが傷つかない方を選んだってことでしょー? ムリ、マジで。男だから、というか……。ニンゲンとして、ムリ」

「私もびっくりしちゃった。まさかあんな年若い子に持ってかれるなんてさ」

「話を聞く限り、彼氏さんの方も精神年齢は低そうでらっしゃいますし、お似合いだったのでは?」

「それだ、アヤっち天才」

「ああ、なるほど……」


 会話をしているうち、涼は以前に感じた心の傷が少し癒されているのを感じた。

 涼の婚約破棄の話は、会社の誰にも話していない。そのはずなのに、どこから流れてくるのか社内には既に噂は広まっていた。話を聞いた周囲の人間は、涼に対して同情あるいは、嘲笑を向けていた。仕事に支障をきたすことはなくとも、精神衛生上よろしくない。外で昼食をとるようになったのは、それが原因だった。どこまでも追ってくる人の目が窮屈で、息が詰まりそうだった。


「昼間の方がその……浮気相手でございますか?」

「そ。可愛い子だったでしょ?」

「ええ、まあ……。見た目だけは」


 姫綺(ひめあや)は言葉を濁しながら、困ったように笑った。本音を隠した言い方だった。彼女の思うところは、わかる。でも、それでいい。

 可愛い、だけで許される世界は確かに存在するのだ。


「見た目だけでいーのよ。可愛くって仕事がほどほどにできない方が男はいいの」

「……そうか?」


 疑問を呈したのは紅壽(こうじゅ)だ。


「そーよ、結局男ってのはそういう守ってあげたーいって思うものじゃないの?」


 同意を求めるように言ったつもりだったが、紅壽の返事は、


「……邪魔に思うだけだ」


 だった。容赦ない物言いに、思わず涼は噴き出した。


 ◇


「お世話になっちゃった、ごめんね。遅くまで」

「んーん。俺ら別に時間とか決まってないし。いろいろ話聞けてよかったし」

「ええ」


 ふたりが頷いた。紅壽と緋色はせっせと片付けに勤しんでいた。


「それじゃあ、また……」

「あ、待って!」


 帰ろうとする涼を引き留めたのは雪紫樹だった。


「あのネ、涼サン」

「ん?」

「――『桜雲館(おううんかん)』の<紅姫(べにひめ)>って知ってる?」

「え? なに?」

「『桜雲館』の<紅姫>」

「……えっと? なんかのドラマ?」

「ううん、都市伝説、的な?」

「……知らない、けど」

「そっかーじゃあ教えてアゲル」


 雪紫樹が悪戯っぽく笑いながら、くるりと一回転した。


「あなたの望みを叶えてくれるのでーす」

「……え?」

「涼サンが本当に叶えたい望みがあるなら、『桜雲館』が目の前に現れまーす。<紅姫>はすっごい良い子だから、話をすればきっと気に入ると思うヨ?」

「……なに、言ってんの? 変な冗談やめて――」

「じょ、じょ冗談じゃない!」

「!」


 叫んだのは、緋色だった。涼が彼を見ると、彼もまた驚いて狼狽している。叫ぶつもりはなかったらしい。雪紫樹はそんな彼に抱き着いて「あははっ、緋色ったらー」と笑っていた。当人はぶるぶると小刻みに震えている。


「ま、ウソかホントかは出会えばわかるんじゃない?」

「……」

「それじゃーね、涼サン。また明日ぁ~」


 雪紫樹がそう言って手を振るので、涼は「あ、あぁ……うん」と言って手を振り返した。

 混乱はしているが、腕時計の時間を見て涼は諦めて帰路を辿ることにした。


 ――おううんかんのべにひめ


 一体何の話なのか、涼にはさっぱりわからない。帰りのタクシーの中で、涼はスマートフォンで言われたそのままを検索した。意外にも多数のヒットが見られた。一番上に出てきたサイトを開く。


 ――『桜雲館の紅姫』とは

 ――望みを持つ者の前に現れ、その『魂』と引き換えに

 ――なんでも望みを叶えてくれる存在のことである


 以降はずらずらと個人的見解に偏った文章が並んでいたので涼は無視した。要はオカルト的な存在らしい。雪紫樹はオカルト好きなのだろうか? もしや、涼を慰めるために? しかし、冗談ではないと緋色が強く否定したのが気になった。自分の恋人を馬鹿にされて怒ったようにも見えた。でも別の何か――違う感情が含まれているようにも思えてならなかった。


 ――ウソかホントかは出会えばわかるんじゃない?


 雪紫樹はそう言っていた。


「……望みを……叶えてくれる……?」


 馬鹿馬鹿しいと思いながら、涼はその話を忘れることができなかった。


 ◇


 涼は几帳面でストイックな性格をしていた。旧家のお嬢様として育てられたせいもあるし、両親がだらしなかったということもある。だからこそ反面教師にして自立できるよう、己を鍛えてきたのだ。誰にも頼ることがないように、ただひとり自分の力で立ち上がり進んでいくために。


(……受け入れてもらえないって思ったし)


 今になって思えば、甘ちゃんだった啓吾はそんな自分に引っ張っていってほしいという願望もあったから、涼のことを好きになったのかもしれない。

 色恋沙汰に疎いまま、物心ついたその時から許嫁だなんて勝手に決めつけられた存在と出会ってしまっていた涼にとって、その愛情が打算的かそうでないかなんて、わからなかった。


 夢を見ていたというのなら涼だって同じだった。啓吾なら自分をわかってくれていると思っていた、期待をしていたのだ。だから上へ昇っていく自分の後を努力して追いついてくれるものだと、そう信じていた。でも実際は彼には上へ昇る力などほとほとなく、置いていくことになってしまった。


 置いていかれた彼のオアシスが、あくるだった。彼のずたずたに切り裂かれたプライドを彼女はやさしくくるんで、癒してくれたのだろう。弱っているところに、あんな風に寄り添ってくれれば誰だって心を許す。涼だって誰かにやさしくされたらどうなるか、想像ができなかった。


(……私も結局おんなじなのよね)


 ふたりのことを、心の底から憎んではいない。憎悪より寧ろ、自分の至らなさを痛感していた。啓吾の心を知ろうともせず、幼い頃から知っているから――などという免罪符で傷つけていたのだ。彼がどんなに器の小さい男であろうとも、彼を愛していた感情はどうしたって誤魔化せなかった。

 そして、あくるに嫉妬している自分も。


「……かわいかったなあ……」


 薄いピンク色の襟元がフリルになったワイシャツなんて、涼には絶対に似合わない。あくるは女子らしさを前面に押し出して、見事に着こなしている。女子力で言うなら、涼の完全敗北だった。


「……」


 捨てきれない過去の想い。やりきれない『可愛い』という格差。どうしようもない強がり。

 未練がましさだけは一人前に『女子』らしいな、と涼は自嘲した。


 ――なんでも願いを


「……」


 馬鹿馬鹿しい。何度言って振り払っても頭にこびりついて離れぬその言葉。

 本当にそんな存在がいるなら――


 いっそ全部、忘れてしまいたかった。

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