兄弟は幽霊退治を申し出る
訳ありで放逐された王子と国を出た元騎士は片田舎で主とメイドとして暮らしている。休みを利用して訪れたリゾート地は幽霊屋敷だった?!
現地で知り合った兄弟が幽霊退治を申し出る。ただし、そう事は簡単に運ばない……
一
二人に遅れて屋敷に入ると、ヴォルクが渋い顔をしていた。
どうしたのかと尋ねると、屋敷に張られていた結界の様なものが崩されていると、僕にだけ聞こえるように言った。どうやら化け物避けのものだったらしい。
「でも、幽霊が入り込んでいるし、ろくに機能していなかったんじゃないか?」
「この辺は今でも化け物の伝承が残る程その影響は大きい。恐らく力を持つものを寄せないためのものだったのだろう。」
ヴォルクは子供に言い聞かせるようにゆっくりと。
「魚の網でも、大物を捕えるものは目が荒いだろ?そう言うものだ」
そう言うと抱えていた麻袋を持ってキッチンに姿を消した。
「ヴォルクさんと何を話していたんですか?」
デニム、サニーの兄弟と食材を片づけていたルシアが、ヴォルクと入れ替わりに話しかけてきた。
「別に大したことじゃないさ」
わざわざ怖がらせる様な事を言うのもどうかと誤魔化す。が
「そうですか。てっきり、この屋敷に張られていた結界が崩れているのを話していたのかと思いました」
「え、知ってたの?」
僕の言葉にルシアは満面の笑みで頷きかえす。
「私は元々突撃兵でしたからね。戦場の把握は常に怠りませんよ」
「なるほど」
僕は砦の守備隊だった。ろくに経験も詰まずに隊長に据えられたが、砦の皆はそんな僕を支えてくれていた。
「どうした?」
僕のモノローグを遮るようにデニムが声を掛けてきた。手には麦酒の瓶が数本。冷蔵庫で冷やしていたのだろう。彼等の小屋には無いそうだ。
「いや」
「この屋敷に張られていた結界が、私たちが出て行っている間に崩れたのです」
軽く流そうとした僕の言葉を無視する様に、ルシアが思わず背筋が伸びそうになるような、凛とした声でデニムに告げる。
デニムに対して警戒の色が濃い。だが解らなくはない、彼はここで番をしていた筈だから、何かあれば普通なら先に報告しているだろう。普通なら。
「そうなのか?すまんな、俺はそんなのさっぱり判らないんでな。あんたらの留守中は二階を掃除していたが、特に変わった事はなかったぞ」
「そうか。時に悪魔に知り合いはいるか?」
いつの間にかヴォルクが戻ってきていた。
「あ?悪魔!?」
デニムが素っ頓狂な声を上げる。まあそうだよな。悪魔なんて中々お目に掛かれない。サニーも怪訝な顔をしている。……ん?何かひっかかる。
すると、ヴォルクが指を差し出してくる。近づけなくても解る、卵が腐ったような匂い。
「硫黄ですか?」
「そうだ、ルシアくん。悪魔が徘徊するとこれを残す。特に結界など貼られた場所では、その存在を強くするために、地獄の物が零れ落ちる」
ヴォルクは手を拭きながら言う。そして懐から黒い十字架のついたネックレス、三日月の意匠のついたブレスレットを二つずつ出して僕とルシアに手渡す。
「結界は悪魔が無理矢理に屋敷内に入ったため崩れたのだろう。もしその悪魔と対峙したら、君たち一人の時は絶対に相手にするな」
「そんなに強力なのですか?」
ヴォルクは頷く。
「特に人の姿をしたものだ。ヤギやカエルの姿をした下等種なら何とかなるだろうが、人の姿をしたものは絶対に一人では相手をするな。対処法を知っていればだが、生兵法は怪我の元だしな。まあ、そのお守りがあれば何とかなるだろう」
僕とルシアは、普通に戦えば単体での戦闘能力で言えば恐らくこの国に敵は居ない。断言できるくらいの自信はある。それはヴォルクのお墨付きでもある。
そのヴォルクがそこまで警戒するって、それほどなのか。
今、住んでいる村で春に悪魔憑きの騒ぎがあった。その時現れたのは、雄ヤギの頭と足を持つ屈強な女性の体をした悪魔だった。
特に苦戦など無く、ルシアが一刀で斬り伏せている。
「なんだかおっかねぇ話になって来たんで俺たちはここで。何かあったら裏に声を掛けてくれ」
デニムはそう言うと、サニーを連れて屋敷を出て行った。
「晩御飯一緒に誘おうと思っていたのにな」
「無理だろ」
僕の言葉にヴォルクが応える。先ほどのルシアのデニムへの警戒ぶりを見ると無理か。
夕食を作る為にキッチンのドアを開けると、その光景に息をのんだ。
食器が散乱してる。食器棚の戸がせわしなく開閉し、開くたびに中の食器が飛び出してくる。幸い、どれも魔力が付与されいる高級品で、衝撃で割れたりはしていなが。
「なんだこれ」
恐怖よりも呆れた。が、もろに怖がっている人が居た。僕の後ろで。
「ルシアさん?僕がついていますから、取り乱さないで」
「はは、はいはいあはい」
充分取り乱している。またブラックアウトはしたくないので、助言を。
「ルシアさん、目を瞑ればいいですよ。見えなければこんなのただの騒音です」
「そ、そうですね」
そう言うと、僕の背中に痛いくらい頭を押し付けて来るが、ここは我慢だ。
すると――
「・・・・・・・」
言葉にならない子供の様な声が。後ろではひきつけを起こしたかのような声が。
「ふむ、これはちょっと悪戯がすぎるな」
ヴォルクはそう言うと、掌を打った。
すると、さっきまでの騒がしさが一瞬で収まり、散乱した食器も元の位置に戻っている。
「ルシアくん、もう大丈夫だ。キッチンとダイニング、横にある風呂とトイレまで幽霊用の結界を張った。この区画では悪さはできんよ」
「ほんとうですかぁ?」
以前の戦場の彼女を知る物が見たら、今の姿は想像できないだろうという程、涙目で情けない表情で僕の横から顔を出す。
「どうせなら屋敷全体とはいかないの?」
「ワシが居なくても持続させられるのはこれが限度だな」
ヴォルクは今夜のお出かけを止めるつもりは無いようだ。
僕は背後のルシアに向き直る。
「ルシアさん、お化けなんか怖がる必要は無いですよ」
「クリス様がいらっしゃるからですね!」
「違います」と言いたかったが、多少引きつった笑顔で返す。
と、そんな僕を見てルシアが固まる。その顔はどんどん血の気が失せていく。一瞬僕の顔に何かついているのかと思ったが、その視線は僕の後ろを見ていた。目を凝らしてルシアの目を見る。その瞳に映ったのは、閉じた筈のダイニングの扉が開いており、そこから子供位の背丈の人型の影がこっちを覗いていた。
僕はとっさにルシアを胸に抱くと、後ろを振り返った。扉はすでに閉じていて、影も無かった。多少非難の色を込めてヴォルクを見る。
「かなり強い念があるようだな。だが、中には入れないから安心したまえ」
僕の胸から顔を上げたルシアは涙目になっていた。普段は野盗だろうが魔物だろうが怖い物知らずなだけに、こういう姿は新鮮だ。いや、だめだな。そう思いルシアの背中をなでるように叩く。
「食事の用意をしていますので、ヴォルクが居るうちにお風呂に入ってきたらどうでしょう?」
「そうだな。ワシも一風呂浴びてから行くとしよう」
ヴォルクの言葉に、渋々と言った体でルシアが浴室に向かった。
二
キッチンで食事の用意をしていると、玄関のドアノッカーの音がした。聞こえる声はデニムだ。
「開いてるよ。どうぞ」
そう声を掛けると、扉の開閉音の後、ダイニングの扉が開いた。
サニーは昼に出かけたのと同じ恰好。デニムはチェックのシャツにジーンズ、サニー同様重そうな革靴を履いている。身長差もあってか、サニーより若く見る。
「いらっしゃい。丁度夕食の支度をしていたところだ。食べて行きなよ」
「いや」
「そうかい、じゃあお言葉に甘えて」
そう言ってテーブルに置いたのはこの街特産のレモンのジュースだ。俺たちが酒を呑まないのをサニーから聞いて持ってきたのだろう。
「手土産かい?気を使わせてしまったかな」
「そうでもないさ。えっと、お二人は?」
デニムが手を洗い僕の作業を手伝う様に横に立つ。ぶっきらぼうな物言いの割には気が回るようで、料理の手つきもなれたものだ。
「ああ、二人はお風呂だよ。もうすぐ上がってくるかな?」
「え、爺さんと若い娘で?!」
普通に言えばそう受け取られるよな。
「俺もいっていいかな?」
「バカな事を言ってんじゃないよ」
サニーの突っ込みが入る。兄弟だけに息が合っている。ちょっとした二人の痴話げんかみたいなやり取りをBGMに料理を次々に仕上げていく。
メインは昼に食べた川魚だ。本来の食べごろは脂肪をたっぷり付けた冬らしいが、夏は脂っ気が無くて生でも美味しいらしい。ただ、僕たちは生で魚を食べる習慣が無いので、市場で買ったショーユと酒、砂糖を使って照り焼きと言う料理に仕上げた。恐ろしく香ばしく甘い香りで、そんなにお腹が空いていないのに食欲がそそられる。
そして肉。こちらもショーユと甘い酒、生姜で焼いた物。ネギを細かく切って散らせる。サラダは細かく切ったキャベツとざく切りにしたトマト、短く折って茹でたパスタをオリーブオイル、ビネガー、塩、コショウで味付けたもの。
スープは鶏の骨や内臓、野菜の端材を麻袋に入れて出汁にし、玉ねぎ、芋、人参を具に入れて、塩コショウで味付け。最後に溶いた卵を回し入れて出来上がりだ。
そして丁度ライスが炊きあがったタイミングで、浴室から人の気配が来た。
「あ」
「おや、お客さんか」
動きやすい部屋着に着替えたルシア。風呂上りと言う事もあって、降ろした髪が見とれる程綺麗だ。あと、部屋着だと胸のサイズが一回り大きくなる。メイド服の時は色々締め付けているのだろう。
ルシアの隣には、ルシアより頭一つ小さい金髪碧眼の少女が。後十年もしたら絶世の美女と言われてもおかしくないだろうが……。
「えっと、お招きに与かっています。サニーと、こちらは兄のデニムです」
そう言ってサニーがルシアから少女に視線を移して頭を下げる。ルシアと比べると明らかに高価な服装に、地位ある者と見たのか。
「知っとるよ。ああ、この姿は初めてか」
その言葉にサニーがあからさまに怪訝な顔をする。デニムは少女を指差して僕と少女の間を忙しく顔を向ける。その仕草に堪え切れなくなって声を出して笑ってしまった。
「おいおい、こりゃいったい……」
「あ、えっと、もしかして、ヴォルクさん?」
サニーが恐る恐ると言った感じで聞くと、金髪の少女、ヴォルクは短く頷いた。
デニムは目頭を抑え、サニーは開いた口が塞がらなくなっていた。
「まあ、色々事情があって、実はヴォルクの本体はこっちだ。昼間の姿は仮初なんだよ」
「色々って、豪快にはっしょっているけど、聞くだけ野暮って奴か」
「理解が早くて助かる」
デニムの言葉にヴォルクが応える。本当に理解したのか。
世界は不思議に満ちているし、魔術ってのは理解を超える現象を起こすが、目の前の線の細い金髪少女がさっきの壮年の男性だとか、変な性癖をこじらせたと思われても不思議ではない。
まあ、理解があるのはいい事だ。根掘り葉掘り聞かれるのも正直面倒だし。しばし二人の動きが止まる。
「何をしている?食事を頂こうじゃないか」
見た目にそぐわぬヴォルクの落ち着いた物言いに苦笑しつつ皆席に着く。
各々お祈りの様なものをすませると、テーブルの中央に寄せて置かれた皿から思い思いに料理を取っていく。
「クリスは料理が上手だね」
「まあね。僕の事は知っていると思うけど、砦に詰めていた頃の食事が不味くてね。男ばかりで毎日ストレスも溜まる。なら食事くらいって思うじゃないですか。元々料理自体は好きだったからね。あり合わせで工夫する事を覚えたんですよ」
「これは俺が作ったんだぜ」
そう言って、デニムが鳥のクリーム煮を皆に取り分ける。
「知ってる。兄貴の十八番だもん」
ヴォルクは最初に皿に取っていた。僕も切り分けられた一切れを頂くが、短時間で作ったとは思えない程柔らかく、クリームに掛けられたコショウがいいアクセントになっていて文句もない。
「うまい」
「おいしいですね」
ヴォルクと僕の賞賛の声にデニムは勝ち誇った顔をする。うーん、地元での料理なら負けないと思うが、今日の所はこの品が一番かな。
すると、ルシアの表情が暗くなっていた。
「どうしたの?ルシアさん?」
サニーが気が付いて声をかけた、すると、ルシアは呟く様に声をだす。
「どうして侍女の私じゃなく、ご主人のクリス様がご料理をされるのか怪訝に思われているかと」
その言葉にサニーとデニムは顔を見合わす。ルシアが料理をしないのは、別に下手だからとか、味音痴とかでは無い。お茶も入れられるし、タルトなんかも店に出せるレベルの物が作れる。
ただ、料理となるとダメなのだ。特に肉が。彼女が軍を離れた理由が起因する。
彼女は敵対する部族を攻める先鋒隊を指揮していた。部族は強力でゲリラ戦を得意としてた。しかしルシアの隊はそんな彼等を蹴散らし、集落を落とし、その戦火は兵も民も見境なく焼いた。
彼女の国では戦争で占領した村や街は基本的に皆殺しだ。
戦火が来ているのに逃げないのは戦闘員だという考えでの事だ。ただ、殆どの場合が略奪の上奴隷として他国に売られる。略奪はどこの国でも勝者の特権で、一番槍の彼女の隊は名うての野盗でも眉を潜めるような残虐行為を日々繰り返していた。
それをいさめるのは隊の士気に関わると先代から言いつけられていたため、ルシアは戦闘行為が終わるとすぐに戦場から去る様にしていたが、とある村での出来事が決定的となる。
その時は砦を墜とし、勢いに乗った隊の一部が後方にあった村にも攻め込んだ。
そこには軍はおらず、数十人の村人は逃げる暇も無く蹂躙された。知らせを聞いたルシアは後を追い、惨状を目にする。
そこには、すぐに死なない様に全身を切りつけられた死体。乱暴の末、言い表せない姿で骸を晒す女性、金歯を奪うために生きたまま砕かれた顔、指輪を無理矢理奪ったのだろう、ぐちゃぐちゃな指の死体。更にルシアは目の前で、生きたまま股を裂かれ火に投げ入れられた赤子を見た。
その瞬間、ルシアはその場に居た全員の首を刎ねていた。
これは自分の怠慢、罪だ。
ここで行われたのは初めてでは無い。同じような事がこれまでの戦場で繰り返されていたのだ。
今まで目を背けていたが故に彼等の行動はエスカレートしていった。軍では彼女の隊の素行に眉をしかめる者も少なくなかった。だが、なまじ戦果が大きかった為、口を出せる者は居なかったのだ。ルシアはそれらにも目を逸らし耳を塞ぎ、挙句に自らの兵にも手を掛けてしまったのだ。
そしてルシアはすぐに王都に召還される。
死罪を覚悟したルシアに、国は僕が守る砦を攻め落とす様に命じる。襲われた村が実は敵対部族と関係が薄かったと言うのもあったのだ。
そして僕はルシアに捕らえられ、捕虜開放の条件で紛争地だった元穀倉地の殆どを取られる事で戦争は終わった。
捕虜交換のおり、僕を国まで護送したルシアがそのまま出奔し、王家を追放された僕の護衛兼侍女となったのだ。
そんな事があって、戦闘となれば剣も握るが、普段使いの剣も、今腰に隠し持っている短刀も刃が無い。日常では肉を斬ったり焼いたりするのは無理なのだ。少し前までは火を扱うのも難しかったし、肉も食べられなかったが、ヴォルクのカウンセリングが功を奏して改善している。ただ、今も赤子は抱けない。
「別にそんな不思議な事じゃねぇだろ」
「そうだね」
デニムの言葉にサニーが相槌を打つ。
「料理好きの貴族様ってのは意外と多いし、昼はじいさん、夜は少女なんてのもいる」
「む」
「だね。世間一般とか常識とかは、外にいるときだけ気にしておけばいいさ。家の中で、特に招かれた僕たちがとやかく言う事じゃないし、料理はおいしい」
「そ、人間、出来る事と出来ない事はあるんだから。適材適所。やれる奴がやればいいの」
そう言ってデニムは自分用に持ってきた酒を呷った。
「と、いうわけでだな、この屋敷の幽霊退治を買って出たいのだがどうだろう?」
三
「まあ、俺たちは古い家なんかの管理を請け負う仕事をしているんだが、そう言ったところには大抵出るんだよ」
「そう。で、数をこなす内に対処法も身についてきたって訳だよ」
デニムの言葉をサニーが補完する。元々、父親の影響でオカルトに興味があった彼等は、今の仕事をしている内に幽霊や化け物と遭遇する機会が多々あり、その中で伝承や偶然知り合った賢人などから知恵を借りて、対処法を身につけたらしい。
「まあ一応の筋は通っているな」
ヴォルクがそう言うと席を立つ。食事は皆終わっていて、ルシアが入れてくれたお茶が各自配られている。
「幽霊が退治できるのなら、どうしてこの屋敷ではやっていなかったのですか?」
ルシアがもっともな事を言う。さっきのやりとりで若干ではあるが、デニムへの棘が薄れたようだ。
後ろで、ヴォルクがマントを羽織ると、もういつもの壮年の姿に戻っていた。ルシアと風呂を共にするために一時的に姿を戻しただけだったのだ。
「わかっていても、目の前で変わられるとなんというか……」
「あっと、幽霊を放置していた件だよね?存在には気付いていたけど、それ程悪い霊ではなかったし、いずれ自然といなくなるだろうと思っていたから」
先ほどキッチンで食器が舞う様を見ていると、悪い幽霊ではないと言われても納得がいかない。
「まあ、原因はルシアにあるんだがな」
「え、私ですか?ヴォルクさん」
「うむ。霊と言うのは存外周囲の影響を受けやすいものだ。墓場に出る者は死者としての在り様を示し、戦場に出る者は亡者と化す」
そう言って僕の方を見る。僕がここの幽霊にそれほど恐怖心を抱かなかったのは、砦に詰めていた頃、幾度と無く見たからだ。三十年近く続いた争いは、かなりの戦死者を出していて、亡者の姿を見たと言う者は少なくない。
「つまり、私が怖がるから、あの幽霊も恐怖の対象としての在り様となっていると?」
「まあ……そうだね。なりつつあるってところかな」
「ああ、このままではあの子のためにも良くない。だから俺たちで本来逝くべき所に送ってやるのさ」
あの子……やっぱりあの幽霊は子供なのか。
「話の途中で悪いが、ワシは出掛けて来るよ。この兄弟に任せておけば問題無かろう」
「ああ、ヴォルクのお墨付きなら安心だ。ヴォルクも気を付けて」
僕の言葉にヴォルクは軽く頷いて返して屋敷を後にした。
「じゃあやろうか」
そう言って、サニーは鉄の火かき棒を二本取り出して渡してきた。
「幽霊ってのは鉄と塩を嫌う。もし身に危険を感じたらそれを振ってみて」
見た目以上に軽い火かき棒の表面には塩が塗られている。更に塩の入った小さな包みを幾つか。投げたり、いざとなったら自分で被るといいらしい。
「君たちはここにいて。僕と兄貴で探すから」
「あの」
立ち去ろうとするサニー達をルシアが呼び止める。
「幽霊退治って、幽霊を殺すんですか?」
ルシアも幽霊が子供だと気付いているのか、狂暴化させたのが自分に責任があると思ってなのか、その表情に悲壮感がある。
「幽霊を殺すってのは難しい。なんせ一回死んでるからな。まあアンデットを殺す事が出来る様に、出来ない事は無いが、天国なり地獄なり、その者が逝くべき場所に送ってやるのが
一番だと俺たちは思っている」
デニムが真面目な顔で言う。凄みすら漂っている。
「種を明かせば簡単だ。大抵は土葬された遺体を浄化して焼くか、遺留物を同じく燃やしてやる。つまりこの世との繋がりを切るんだよ。後はちょっと難しいが、望みを聞いてやるって事かな」
デニムがズボンから小さな箱を取り出す。
「これはスピリットボックスと言って、霊的に口を再現したものだ。幽霊にここから声をだしてもらって言葉を交わしたり、望みを言ってもらう」
サニーも同じくらいの箱を出す。それには幾つか魔力で光る石が付いている。
「これは幽霊が出す波を捕らえる道具で、魔力を流すとここに付けた石が緑から赤まで五段階で光るんだ。反応が強ければ強い程赤くなるんだよ」
「探知機ですか」
「そうだね」
言いながら箱をダイニングの入り口の方に向けると、いきなり赤く光る。
「こんな感じ。ちょっと反応が強いから検知レベルを落とした方がよさそうだね」
そう言いながら箱を弄る。話が急展開すぎてついて行けてない。ヴォルクはああ言ったが、任せて良いのか。と言うか今から?
「日が暮れてからの方が活発になるからな。もしかしたら少々物音を立てるかも知れんが、気にしないでくれ。できるだけ物は壊さないようにする」
そう言うと、二人はダイニングを後にした。
「あのお二人に任せて大丈夫でしょうか」
「ヴォルクがそんな無責任な事は言わないだろうから大丈夫は大丈夫だろうけど、ちょっと気になるな」
なんか勢いでゴリ押された気がする。それに何か違和感が。腕を組んで思慮にふけっていると、ルシアが思い立ったかのように、ダイニングの隅に行くと、服を脱ぎだした。白い背中と、脇から見える膨らみが見えた瞬間に僕は背を向けて目を反らす。
軍隊に長く居たルシアは、仲間内では着替えるのは平気なのだ。これはルシアだけではない、僕が軍に居た時も、男女問わずごったにで着替えなどしていた。
一分も掛からずルシアが再び僕の隣に来る。いつものメイド服だ。これは今の彼女の戦闘服でもある。
「じゃあ行くか」
「はい」
「大丈夫?」
「……はい!」
力強い返事を受けてダイニングを出る。
屋敷中つけっぱなしだった明かりが消えている。あの兄弟が消したのかそれとも……。
不安なのか、肩を寄せてきたルシアの反対の肩に手を回して抱く。正直僕もちょっと怖い。
「よお」
いきなりの声にビックリして斬りつけそうになるがデニムだった。どうやら彼一人の様だ。
「応援のつもりかもしれんが、怖い思いをするだけ損だと思うぜ」
「いやな、今の屋敷の主は僕だからね」
「――そう言う事にしておくよ。なるべく離れずついて来てくれ」
そう言うと、暗い中ズカズカと重い靴の足音を鳴らしながら歩いていく。さっきは足音なんかしなかったと思うのだが。そのとき、肩を抱いているルシアが何かに気付いたように玄関の方に顔を向ける。
と、同時にドアノッカーっが叩かれた。
「す、すみません!た、たすけて!」
鬼気迫る男の声。僕とルシアは小走りにドアに向かう。
「どうしたの」
後ろでサニーの声がしたが、ドアに手をかけ開くと、三人の中年男性が。いずれも痩せていて血色が悪い。更に肩や腕から出血しているのか、血がにじんでいる。
「どうしたんですか!」
「そ、そこで変な奴に襲われて。一時でもいいのでかくまってください」
怪我の程度はそれ程では無いが、男三人を襲うなんて普通とは思えない。
「わかりました。どうぞ中へ。ルシア、明かりを」
「だめだ!招くな!」
サニーの声が僕の言葉を遮る様に響くが遅かった。
「お招きどうも」
そう声が聞こえたと思ったら、男たちは一陣の風になって襲い掛かってきた。