放逐王子とメイドのはじめての夏休み2
夏休みに避暑地に来たクリス一行は、目的地の別荘で管理人を名乗る兄弟と出会う。別荘の館内では誰も居ないのに扉や椅子が動く怪現象が。
クリスの連れのルシア、ヴォルクは管理人兄弟と因縁がある模様。主人公がほったらかしなサマーホラーバケーションその2
一
サニーの問いに、ヴォルクの答は「記憶には無い」との事だった。
一先ず人違いと言う事で、食事に出る事になった。
「どの様な昼食にしますか?僕が知る中で最高級のお店にするか、僕が知る中で最高に美味しいお店にするか」
「美味しい店で」
即答したのはヴォルクだった。まあ、懐具合もあるし。
そして訪れたのは露店が並ぶ市場の一角にある食堂だった。
ヴォルクの弁だが、旅をする最大の楽しみは食だと。ヴォルクの場合、旅の目的は知識の探求だったり、同じ志の者を探すためだったりだが、多くの場合はその目的は達せられない事が多い。ならば何か別の楽しみを見出すのが、心を強く持つ秘訣だとか。
この世界は魔物のお陰で物流が限られている。個人レベルの物流ならまだしも、キャラバンを組んで物資運搬となると、魔物だけでなく盗賊なんかも現れる。護衛などで輸送コストは上がり、どうしても物資は高騰する。そのため趣向品が主となったりする。
故に国や町、村などに至るまで土地ごとの文化に違いは見える。知識なんかは発達した魔術による通信のお陰である程度共有されるが、物資的なものは前述した通りだ。なので、一つ町をうつるだけで、食卓を飾る器の中身は大きく違う。
「この食堂は街の名前にもなっているカガンス川で獲れる肉厚の魚の揚げ物が名物なんだ」
「じゃあそれを」
サニーの言葉に僕が注文を取りに来た少年に言う。
「それならライスとスープ、サラダがついたランチにするのがお勧めだよ!」
「わかった、それを四つだな」
「ライスに醤油はかけるかい?」
「ショーユ?」
「ああ、こういうのさ」
僕の言葉に少年は小さな入れ物を取り出すと、手を出すように言ってくる。言われるまま手を出すと、指先に一滴黒い液体が垂れた。舐めて見ると、独特の風味と塩気が効いている。これはライスに合うかも。
「僕はそれで」
「じゃあ僕も」
サニーが続く。
「お酒は?」
「僕は貰うよ」
サニーは即答する。男子は十五歳、女子は十三歳で成人のこの国、特に酒に対しての法的な制限は無いが、ヴォルクには長生きしたければ二十歳までは我慢しろと言われている。サニーは三十歳前後くらいか。
「僕たち三人はレモン水で」
更に追加でパイ生地で挽肉を包んだラオと言う食べ物と、オムレツ、食後にデザ―トを注文する。
「ところで、君たち兄弟は化け物に詳しいのだな」
給仕が去るとヴォルクが言った。特に威圧している風では無いが、サニーの表情がこわばる。
「なに、設問では無い。ただの世間話だ。君の左手首に刻まれているのは悪魔に憑依されない為の印だな。それに右手の甲に刻まれているのは天使に覗かれないためのもの。それに幽霊の憑依除け、他にも私の知らない魔除けまであるな」
「詳しいのですね」
「長く生きているとな」
ヴォルクは淡々と応える。
「天使って?」
「宗教にはいろいろあって、神様は一人だけって宗教がある。その宗教では本来他の宗派では神様と崇められているものも神の使いとして見られるんだよ。それが天使、天、つまり神の使いさ」
ルシアの問いに簡単に答えると、ややわざとらしい笑顔でサニーはヴォルクに向き直る。
「親父がオカルトに嵌っていた影響でして。兄貴もですよ。それに付き合う形で僕もこんなお守りだらけです」
そう言って首から下がっている幾つかのお守りを見せた。
「オカルトついでにこの街の昔話でもしましょうか?」
「うむ」
「この街は昔、約三百年程前ですが、悪魔と契約した魔女の集団の異端の地だったんです。人を浚って悪魔に捧げていたそうです」
ちなみに男でも魔女と言うらしい。悪魔と契りを交わす際、まあ、女性的な受けになるかららしい。知らんけど。
彼女等は憚る事を知らず人を浚い、その魔の手は近隣の街まで及んだ。領主も既に魔女の虜となっており、その所業は外に知れ渡る事は無かった。やがて、旅の者が還ってこないなど、不穏な噂が流れ始め、国が調査に動いた時には、街の人口は三分の一にまで減っていた。
魔女の討伐隊が組まれるが、当時は魔術に対しての対策は多くなく、悪魔の加護を得た魔女達の前に成すすべもなかった。
そこに現れたのが、後に賢人と呼ばれたクリスタ・ボルグ・チャーチルだった。
彼はその叡智を惜しげもなく討伐隊に与え、対魔術戦の極意から悪魔討伐の術まで。
また自身も前線に立ち、悪魔、魔女を前にしては獅子奮迅の働きを見せ、けが人を前にしては神の奇跡の体現者と称される程であったという。
カガンスレイクシティと周辺に平穏を取り戻した功労者である彼は、国からの褒美の領地や爵位など断り、今後同じ様な悲劇が起こらない為にも、この地に聖なる管理者を冠する結社の設立を要望、受理される事となる。
聖なる管理者、後に改め聖なる秩序と名乗る結社の働きで、人の世に潜む化け物も駆逐されていくこととなる。
彼等の表立った働きは創始者であるクリスタ・ボルグ・チャーチルが没した百二十年前を最後に表舞台から消える。
一説には彼らの働きはオカルトに留まらず、その優れた知己は結社の理念によって広く分け与えられ、民衆の人気が高かった。それを疎んだ為政者によって排除されたなどの憶測もあった。
「だからこの辺りでは、目撃情報は滅多にない物の、化け物の存在は今でも人々に信じられています」
途中で食事を運んで来た少年給仕も話を聞きこんでいたので、視線を送ると、うんうんと頷いた。
「俺も手伝いをさぼると屍鬼に食べられるって、良く怒られるもん」
「最近お前がやたら手伝う様になったから、成り代わり鬼と入れ替わったのかと思ったが安心したよ」
そう言って厨房から出てきた女将さんに少年が連れていかれた。そしてその首や手首にはヴォルクが作ったのと同じような鉄製のお守りがあった。
「話が長くなりましたね、さあ、頂きましょう」
そう言ってサニーは短く手を合わせると匙を取った。
僕たちは別に信仰している神様は居ないが、ヴォルクに食事とは他の命を頂く行為だから、食材となったものに感謝を忘れるなと言われているので、手を組んで心の中で感謝を述べる。
サニーおすすめの魚の揚げ物は本当に美味しかった。好みで塩、トマトソース、レモンを掛ける。
今回はランチで頼んだので一皿ずつ取り分けられているが、普通に頼むと頭を落とした約五十センチ程の魚のままで卓に載るらしい。そうなると、付ける物で揉めるのだそうだ。
普通に考えれば自分の皿に取って好みの物を付ければいいのだが、何故かこんな時にだけ気が利いて「レモンかけておきました~」なんて人が出て来るらしい。
場合によっては血を見るらしい。
ちなみにショーユの掛かったライスは炒められていた。思っていたのとは違うが、香ばしさが増して、おかずが要らないのでは思う程だったが、ルシアが一口頂戴と言ったあと、返ってきた腕の中には一粒もライスが無かった。
# 閑話
「精が出るな」
別荘の屋敷の中、壁など丹念に捜索しているデニムに声を掛ける人物が居た。
年のころは五十歳手前、精力的で健康そうな肌の艶に人目で高級とわかるスーツ。背の高さはデニムと変わらないが、体の幅は一回り厚い。太っていると言うよりがっしりしているのだ。
「なんだテメーかよ」
急に現れた気配の主に、デニムはチラリと視線を送って悪態をつく。
「おっと、これはご挨拶だな」
男は表情を見る限りは機嫌がよさそうだ。
「そう言えばさっき賢人の連れの娘が何やら驚いていたな。ここに居着いている者の仕業だろうな。これで幽霊探索を口実に彼等がいるときでも屋敷を探せるぞ。いや、あの弟くんならこの状況をうまく使うか」
「何が狙いだ」
デニムは手を止めずに男に言う。男はニヤけながら答えた。
「なに、好奇心さ」
「悪魔が好奇心ね」
「そうツンケンするなよ。友達だろ?」
「悪魔と友達になった覚えはねぇ」
悪魔と言われた男は肩をすくめる。
「じゃあ友達として、見返り無しの情報をやろう。探し物は地下だ。地下の北側の壁は俺でも通れない。つまり、わかるよな?」
「てめぇ、どうせならもっと早く言いやがれ!」
怒鳴りながら振り返ったデニムの視界には既に悪魔は居なかった。
ただデニムがひっくり返した家具などがあるだけだった。
「これ、幽霊の仕業にできないかな?」
言いながら渋々片づけを行うデニムであった。
「次はじゃんけん以外で勝負だ」
滝の様に流れる汗を拭きながら一人呟いた。
二
僕たちは露店から市場へと足を運び、滞在中の食材を買い付け、屋敷へ運んでもらうように手配する。
「兄貴がいるから受け取って貰えるよ。冷蔵庫もちゃんと動いているしね」
ルシアが屋敷を怖がっているのを解っているからか、ゆっくり町中を案内するサニー。
ルシアは僕と手を繋いでいるが、こんなにべったりなのは珍しい。余程さっきのが怖かったのか、ヴォルクが要るから安心しているのか。
と、思ったらヴォルクが居ない。
「ヴォルクさんならそっちですよ」
僕にだけ聞こえる様にルシアはささやく。繋いだ手で示された方向を見ると、ヴォルクが高級そうなスーツに身を包んだ男と話していた。
丁度、僕が視線を送ったタイミングで話が終わったのか、ヴォルクがこちらを向いて歩いてきた。ふとサニーを見ると、サニーもヴォルクの方を向いていて、表情を歪めている。
もう一度ヴォルクの方を見ると、先ほどの男は居なかった。
「今の人は?」
戻ってきたヴォルクに聞くと少しだけ嫌な顔をした。僕とヴォルクに明確な主従関係は無い。答えたくない時には平然と無視をする。
「昔の知り合いだ。屋敷に帰ったら私だけ出掛けさせてもらう事になる。今夜は帰らんだろう」
「え、そう言う仲なんですか?!」
「ルシアくん、君が何をいいたいのかわからんが、彼には貸しがあってな。今まで何度も返せと言っていたのだが、珍しく今夜なら応じるとの事だ」
そう言うと少しうれしそうだった。が、それを聞いてルシアの顔色が蒼くなる。
「じゃあ今晩はヴォルクさんいないんですか?」
「奇しくもクリスと二人っきりだな」
「何言ってんだよ、おい」
思わず素で突っ込んでしまった。
「と言う事でサニーくん、賢人の店に行ってくれ。知っているだろ?」
「え、ええ。もちろん」
賢人とは行ってしまえば賢者みたいなものだが、賢者は「森の賢者」とか「薬学の賢者」など、特定分野に特筆した知識を持つ者を指す事が多いが、賢人とは魔術を中心に広い知識を持つ者を指す。
もちろん賢者と呼ばれる人の中でも広い知識をもっている人は少なくない。最大の違いは、賢者は名前が通っているが、賢人はその身を隠す傾向にある。一説にはそれは賢人が秘密結社出身だからと言うのがあるが、真相はわからない。
結社と秘密結社の違いは、秘密と謡うだけあって、公にできない事をしている事が多々ある。ただし、多くの場合は社員の知的好奇心を満たすためとは言え、いずれ世のためになる事が殆どだ。
「賢人さん?のお店に行ってどうするんですか?」
「ルシアくんのために特別性の魔除けを作ってやる」
「ほんとう!ヴォルクさん大好き!」
賢人がその身を隠すのと同様に、賢人相手の商売はおおぴらには行われていない。僕もそんな店があるなんて初めて知った。
サニーに案内されてきたのは普通の雑貨屋にしか見えなかった。ヴォルクが店主に何か告げると、店主はヴォルクの手を両手で包み、談笑していた。やがて店の奥に消えると、抱える程の大きさの麻袋を持ってきた。
ヴォルクは懐から金貨を出すとその袋を受け取り帰路についた。
別荘に着くと、建物の戸は開きっぱなしで、いくつかの荷物が置かれていた。配達の品が届いたところだったのだろう。デニムがひょこっと顔を出してこちらに愛想笑いを浮かべると、荷物も持って置くに消える。
「兄貴にしてはまじめにやってるな」
言いながらサニーは駆けて行った。
「仲が良いですね」
「ほんとに。うらやましいですね」
僕の言葉にルシアが同意する。僕がこうなったのは弟の策のせいだったし、ルシアが将軍の地位を捨てたのは兄に追われたからだった。
どちらも腹違いの兄弟の手によるもので、地位ある身だったのが災いしたのだと、僕もルシアも彼らを恨む気は無い。でも、どうせなら仲良くできていれば、デニムとサニーの様に中年に差し掛かってもあの様な距離感でいられたらと思わなくはない。
そんな僕達の背中をポンと叩くと、ヴォルクは屋敷に入っていった。
ヴォルクの後をルシアが続く。僕は別荘の入口と門のちょうど間くらいに佇んで周囲を見ていた。
刈り揃えられた芝にウッドデッキ、西の隅には日よけの垣根とテーブルとベンチがある。そして再び視線を別荘の入口に巡らせると、門の外に一人の男が立っていた。日が傾き始めた避暑地とはいえ、気温は高いのに全身黒ずくめのスーツ姿にハットを被っている。
僕の視線に気づいたのか、さしてリアクションもなく踵を返していった。
ずっと空き家に人がいるのが珍しかったのか。その時はその程度にしか考えていなかった。
## 閑話
食材等を運び終えたデニム達は、クリスに挨拶すると、屋敷の裏手の小屋に戻っていた。
日が陰り、薄暗くなった部屋の中を油を使ったランタンが照らす。この辺りは避暑地として利用されるだけあって文明レベルは高く、本来室内照明は大気中の魔力を用いて発光する魔灯が用いられる。
テーブルの上にはサニーが買ってきた肉の串焼きや、魚の揚げ物、サラダ等が並んでいる。
デニムはそれ等をパンに挟んで頬張ると、屋敷の冷蔵庫で冷やしていた麦酒を呷る。
「で、どうだ?」
「ああ、あのヴォルクって人だけど、ボルグ本人の可能性が高いね」
「クリスタ・ボルグ・チャーチル?ちょっと待て、じゃ俺たちが」
言葉の途中でサニーが手を上げて制する。
「そうだよね。でも、右手の天使避けの印は結社でしか受け継がれてないだろ?」
「まあ、俺たちは親父から教えてもらったがな」
「それに、奴に貸しがあると」
「奴?」
デニムが露骨に嫌な顔をする。
「ロアーニだよ」
「あの悪魔にか?ただもんじゃないな」
「ただ、おかしな点もある」
そう言って、首から下げている多数のお守りの一つを持ち上げる。
光を放つ太陽を背にした十字架の意匠。今は秘密結社となった聖なる秩序のシンボルだ。
「これを見せても全く反応しなかった」
「警戒されてるか、ただの物知りオジサン…か」
サニーも麦酒を呷る。思いの外冷たく、眉間にシワが寄る。
「兄貴はどうだった?」
「目星はついた。地下室だ」
「地下は調べつくしたよね?」
言いながらサニーは手帳を開く。今回の調査に関するメモがびっしりと書かれている。そして、その調査内容に違和感を示す。
「あれ?」
「気づいたか?」
言いながらデニムは手に残っていたパンを一口にする。
「北側の壁を調べていない」
「どうやら認識阻害、それも地脈を使った強力なモノが仕込まれていた様だ」
その言葉にサニーはデニムを見る。するとデニムは肩をすぼめて応えた。
「あの悪魔野郎が崩した様だ」
その言葉に、サニーのペンが止まる。サニーの視線を受け、デニムが首を振る。
そんなデニムを見てサニーは深いため息をついた。
「で、どうするの?」
「お前も知っているだろ?ルシアが幽霊を怖がっているって」
サニーは昼間の事を思い出して頷く。
そして二人は幽霊退治の準備を始める。
次回、やっと話が大きく動き出す。
兄弟の目的は?ヴォルクが悪魔と交わした約束とは?ルシアと兄弟の因縁は?主人公クリスに出番はあるのか!