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「はぁ……」


 玲はわざとらしいとすら思える長いため息をついた。

 どうしてこうなってしまったんだろうか。そう心の中で幾度も呟きながら闇に覆われたコンクリートジャングルを進む。とは言え、田舎とは違い光に溢れている。田舎ならとうに暗闇に支配され、光などなく海底に沈んでいるのかと錯覚させるほどに静かだ。だが、東京の闇は違う。ざわめきがあり、光もあり、安心できるはず。にもかかわらず、どこか薄気味悪さを感じた。

 逃げようと足を早めても建物ばかり。道なりに進むしかない。

 そして、出たのは大通りに面した駅。周囲は多くの人々で賑わっている。そして、その駅からちょうど電車が出発するところらしく止まっていた高架上にある電車がゆっくりと動き出していた。

 それらを見て、玲はふと自分自身の薄い財布を開く。

 反射的に出てきてしまったため、当然持ち合わせなどない。卓の家にいる間も、コンビニには行っていたがその都度卓から貰っていたため財布の中に日本銀行券は一枚とて入っていない。あるのは、幾千円分がチャージされた交通系ICカードのみ。

 駅へ行き、券売機で残高確認をしてみるも860円と微妙な額。長距離は行けそうにない。

 万が一の時を考え、半分は残すとして430円で行ける適当な駅へと向かう。

 電車の中は目がくらむほどに眩しかった。乗客は非常に多く座ることも叶わずここへ来た時同様大きく時化ていた。

 扉の近くに立っていた玲は、目的の駅へと到着するなり異物を吐き出すかのように降ろされる。

 やっとのことで降りた駅は初めて見る駅だった。だが、周りには何かあるわけでもなく住宅ばっかり。どうやらこの辺りは住宅街らしい。目立った商業施設もなく地平線の彼方まで住宅が広がっているかのよう。歩いても、歩いても、見える景色は変わらない。没個性の戸建てが道沿いに建っているだけ。

 こんなところまで来て何がしたかったのかと、自問するが自答できないもどかしさ。歩くだけなのに、自分に嫌気が差す程にその工程はつらかった。


「あれ? 玲ちゃん?」


 声がかかったほうを見る。そこにいたのは伊達だった。買い物終わりなのか、ビニール袋を持っている。なぜここにいるのかと言わんばかりの顔で、こちらを覗き見る。


「お久しぶり……です」


 以前合った時は、あくまでも親友の友人という感覚だったが、体が萎縮してしまう。思わず会釈をし、丁寧な挨拶を返す。はっきり言って、彼女に敵うものなどないのだ。学歴も、女性としても。それ故、玲自身伊達に対してはコンプレックスを抱かずを得ない。


「どうしたの? こんなところで。あんまり外に出ないって聞いてたけど、もしかして迷子? とりあえず、家来ない?」


 卓とのコンプレックスで外に出たというのに、伊達に会う。実家に戻っても奇怪な目で見られる。

 自分が不運になるのは運命で変えようがないのか。そんなことを思ってしまうほどに安堵できる場所がない。どうせ他の何をしても同じ運命を辿るのならと、もう抵抗する気力すらなかった。


「はい」


 ついてきてとの言葉の後、玲は伊達の後をついていく。だが、ここは東京の高級住宅街。学生がそんなところに住めるわけもないため、実家ぐらしなのかと思いきや独り暮らしなのだという。

 そして、徒歩数分で伊達は家についた。大きさ自体は田舎では一般的だったが、ここが東京だということを考慮すれば必然的に値段は跳ね上がる。


「独りで住んでるんですよね?」


 先程の発言は聞き間違いか、或いは嘘か。伊達に確認する。


「うん。そうだよ。4000万で買ったんだ」


 自慢するわけでもなくさも当たり前のことのように平然と言いながら、伊達は家の扉を開けて玲を自宅へといざなった。

 すぐに来客用のカップに紅茶を注ぎリビングにあるソファに座らせた玲の元まで持ってくる。


「何か悩み事? もしかして、恋の悩み?」


 玲に恋にうつつを抜かす余裕などない。玲は重たそうにしている頭を横に振る。予想以上に重症だと悟った伊達は、何の躊躇もせずに玲の隣に座る。


「弗島くんと何かあったんでしょ?」


 伊達が優しく声をかければ、感極まった玲の頬に一筋の涙の轍が残る。


「卓は悪くないんです。全部、私が悪いんです……」


 玲は、人間が信じられなかった。本当は信じたいのに。だからこそ、自分自身のそんな性格が嫌だった。怖かった。

 先のショッピングセンターでの一件も踏まえると言動からして卓のことを好きなのだろう。しかし、言動を全く隠す気がない。

 人間不信と自己嫌悪に悶え苦しんできた玲は、むしろ本性をさらけ出してる伊達のほうが安心できた。


「玲ちゃん? あなたはどうしたいの?」


 玲を心配するような探るような発言を受け、玲は反射的に口を開ける。


「私は──」


 逃げたい。

 でも本当は、東京での生活は心地が良かった。しかし、暮せば暮らすほどに自分と卓たちとの差を知ってしまい見窄らしく思えてしまう。

 卓にとっても同様だ。名門大学に入ったというのに高校中退の居候が入れば活動が制限されるほかない。

 このコンプレックスを解消できるのであれば、もっと卓たちと一緒に暮らしたい。


「どこか遠くに……。私は卓に迷惑かけっぱなしだから」


 どこか遠くにと言っても、行く宛なんてない。金もない、何か知識や技術があるわけでもない。高校中退の最終学歴中卒が逃げたところでなんにもできないとはわかっていても。


「私は、卓のお荷物だから」


 それを聞いて伊達は苛立っていた。自責ばっかりで、何の活路も見いだせないそんな玲を。


「だったら、東開大に入れば?」


 こういうところだと、玲は思った。

 平然とそういう発言をした。伊達にとってはその程度でも、玲にとっては無理難題のほかない。玲は落胆し項垂れる。


「東開大入れば、ほとんどの人から馬鹿にされないよ。まあ、旧帝医学部とかよりは見劣りするし、あんまり誇っても印象悪くなるけどね」


 笑いながら喋るその伊達の様子は、もはやただの自慢だ。少しは見直した伊達の印象も、どんどん悪くなっていく。


「私は、頭が良くないですし。何より、高校も出てないですし」


 信じられそうだと思っていたのに。この調子では彼女も信じられない。並べられた言葉を否定する文言を並べ、この会話を早めに終わらせようとする。

 もう諦めよう。そう思っていた矢先のことだった。


「なら、私とおんなじだ」


「え?」


 思わず玲は顔を上げ伊達の方を向いた。

 伊達は笑っていた。けれども、そこに嘲笑の意図なんてまるっきり入っていないように感じられた。


「私ね、高校中退したの。でも、諦めきれなくて二浪して入ったんだ」


 窓から風が吹き、そしてすぐに風が止む。時計の秒針の音が明確に聞こえるほどに静かだ。


「学校で色々あって入院したんだ。そしてそのまま退学。惰性で生きてきた。でも、だめだって思い心機一転。一年半も勉強してなんとか受かったよ」


 伊達の発言に誇示のニュアンスは全く感じない。ただ、思い出の一つとして偲ぶように語る。


「玲ちゃん。あなたならきっと行けるよ私も教えてあげるからさ?」


 親愛に満ちた優しい瞳で伊達は玲を見る。


「うん……」


 馬鹿なことだと思う。

 そんなちょっとの努力で日本最高峰の大学に入れるのであれば、多くの人がそれを成し遂げている。でも、そのような社会になっていないのは単に東京開成大学がそんな生半可なことで入れる大学じゃないから。

 それでも、玲が首肯できたのはそんなことのためじゃない。

 ただ、居場所が欲しかったから。


「だってさ? 弗島くん?」

「え?」


 場違いな卓の存在の名前を呼んだことに対し、玲は何事かとあたりを見渡す。

 だが、誰もいない。

 伊達はポケットからスマートフォンを取り出した。そこには、通話中の文字が。ミュートになっていてあちら側の音声は聞こえないようになっているが、こちら側の声は向こうに聞こえている。

 伊達は何も言わずに通話中のスマートフォンを玲に渡すと、玲はミュートを外した。


「ねぇ、卓。話したいことがあるんだ」

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