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 玲が卓の家に来てから数日が経過した。卓は何もしなくていいと言ったが、さすがに何もしないとなると良心が痛むため卓に無理を言って白いフローリングを一生懸命に掃除していた。


「ふぅ……。綺麗になった」


 玲が改めて卓の部屋を見渡すが、まるで新築かと思えるような白く綺麗な床が広がっていた。一息つき、ふと体を見る。そこには、大量の埃や汚れがが付着していた。


「うぅ……」


 思わず声を漏らしてしまう程に、不愉快だった。ゴミ箱の上で体を叩くも、埃は落ちるが中には落ちにくい汚れもある。玲は繊維の間に挟まった僅かなゴミと格闘していると、扉が開き卓が入ってくる。


「玲? どうしたんだ?」


 卓はゴミ箱の上部で体を叩く玲の奇行を興味深そうに眺めながら聞いてみる。


「いや、掃除してたら服に汚れがついちゃって」


「他に服はないの?」


 卓からすれば着替えてしまい後は洗濯機に任せようという魂胆なのだ。


「あるけど……」


 玲は言い渋った。一応玲は服を持ってきてはいる。今こうして生活できているのは、洗濯でき洗濯物を乾かせているからだ。最近は晴れの日が続いているが、いつ雨が降るとも限らない。

 一応服を買えるだけのお金は持っているのだが、別のものにお金がかかるので使えないのだ。


「服買おうか?」

「いいよ、お金かかるし」


 玲も当初は知らなかったのだ。女性には必要経費が大幅に嵩むことを。


「じゃあ行くか」

「え? ちょっと!?」


 貧弱な玲の体では、卓に抵抗することなど敵わず駅へと連れて行かれる。駅に来たのだから、当然電車に乗るのだが前回とは違い不安は少ない。すぐそばに知り合いがいる。それだけでも、玲の心は充分に落ち着くことができた。

 複数の乗り換えを終え、やってきたのは東京郊外にある巨大なショッピングセンター。ショッピングセンターなど周囲にない田舎からやってきた玲にとっては、眼を見張るものがある。

 白色のフードを深くかぶりその人混みの中へと入った。


「人が多い……」


 ショッピングセンターに入ってふと思ったことを口に出した。田舎暮らしの玲にとって、ここまで人が多いのは珍しかったのだ。時折、他人の視線で竦んでしまうが自意識過剰なのだと自らにムチを入れる。そして、玲はコバンザメのように卓のすぐ隣にくっつく。

 通路の真ん中で卓が止まると同じように玲も止まる。


「服、どこで買おうか?」


「そういうの、わかんないや」


 玲は卓から渡された一応構内図を見てみるが、アパレルショップが本当に多い。1階の構内図を見ただけで、このショッピングモールの半分ぐらいをアパレルショップが占めていそうだとわかってしまうほどに。

 一応有名な大手ファーストファッションショップはあるため、とりあえずそこに向かおうとしていた時だった。後ろから声がかかったのは。


「あれ? 弗島くん?」


 後ろからかけられた声。それは、まるでこんな場所に彼がいるわけがないと思っており、実際目の辺りにして驚いてしまったかのような声だ。


「ん? 伊達か」


 弗島──卓の名字である。非常に珍しい名字であるため、覚えられやすいのだ。

 それ故、卓はその声の主に振り向くと、気さくな挨拶をする。これだけで何らかの知り合いであることがわかる。しかし、玲からすればあまり良い話ではない。

 卓が伊達と女性。一見すると金色に染めた髪に、着崩した真っ白な服装とギャルっぽさが露呈している。しかし、その瞳に映るのは卓のことのみ。わずかに膝を折り、卓に自然と上目遣いになるようにすることも忘れず打算めいている。


「弗島くん? 隣にいるのは恋人ですか?」


 燦々と目を輝かせ恋バナに興奮しているような風を装ってはいるが、実際には玲と卓の関係を知りたいだけなのだ。興味本位で聞いているとうな何の重みも感じない発言。本当にただの興味本位なのか、或いはわざとそのように聞いているのか。


「ち、ちがっ……」


 気の合う親友とはいえ、さすがにカップルに見られるなど思ってなかった玲はひどく赤面し必死に否定する。


「へー……そうなんすね」


 伊達は慌ただしく否定する玲を怪訝な目で見た後、全く信用していないとばかりに感情の籠もっていない文言で首肯する。


「まあいいや、何買いに来たんです?」


「ああ、玲の服をな」


 卓の視線が玲に向かい、伊達も玲を認識する。


「玲ちゃんって言うんですか。じゃあ私が選んであげますよ。とびっきり可愛いのをですね──」


「いいですよ……。可愛くなくても」


 玲は目立ちたくないので、少し地味すぎるほうが安心できるのだが伊達の耳にはまるで入らずそのまま近くのアパレルショップへと連れて行かれる。ファーストファッションではない。小さいながらも手を出しにくい価格の衣料品を揃えた店だ。

 あれもいいな、これもいいな。と、伊達はいろんなものを見繕い玲へと押し付ける。


「はい、これ。着替えてきてくれる?」


 無理やり受け取らされた服装は派手なものばっかりで、正直玲としては自分に似合っているのは不安だった。だが、伊達からにじみ出る有無を言わせない圧力により渋々試着室へと向かう。

 卓は服装選びを伊達に任せたようで、卓は単独行動している。人目を気にする玲であるが、卓の知人とはいえ彼女もまた赤の他人と変わらないのだ。人目が怖く、早く卓と合流することを願いつつ慣れない服に着替えた。


「ど、どうですか……」


 はっきり言って、玲に自信などない。自信など身につくはずもなかったのだ。ただただ羞恥に耐えつつ、伊達の前へと現れた。


「おお……。これはなかなか」


 道端に落ちていた真鍮の装飾具を拾ってみたら、金細工だったかのような驚いた顔。


「な、なんですか?」


 まじまじと全身を見られ、羞恥心がなおさら刺激される。そして、玲の体を隠そうとする動作に伊達はより一層目を凝らすのだった。


「よし、買おうか」


 伊達は微笑むと、玲をレジカウンターまで有無を言わさず引きずる。そして、「お会計したいんですけど」などと店員と円滑に会話を進め合計で五桁を超えた服をお買い上げする。


「ありがとうございました」


 満面の笑みの店員の丁寧な挨拶に見送られ、店を後にする。かくして、ショッピングモール内をぶらつくが玲はより一層縮こまっていた。以前にもまして、視線が増えたからだ。

 仲良くなったと思ってないにも関わらず玲は伊達の袖を手で掴んで気を紛らわすほかなかった。。

 そんな玲を、伊達は横目に見ると何か考えついたとばかりに提案した。


「とりあえず、休憩しようっか」


 伊達は遠くに見えるベンチを見つけると、玲の腕を引っ張りベンチへと向かった。

 二人はベンチに腰を下ろす。しかし、それから何かあるというわけでもなく雑踏を眺め雑踏もこちらを見返す。気まずくなり、玲は顔を背けるがそんな時伊達は口を開いた。


「ねぇ、玲ちゃん。弗島くんと同棲してるの?」


 いきなりこの言葉を告げる辺り、恐らくそのようなニュアンスのことを卓から聞いたのだろう。そうでもしなければ、カップルかと問われて否定したのにこの言葉が出てくる理由がつかないからだ。

 そうなれば、嘘を付くのも気が引ける。


「えっと……それはね……」


 言葉を濁し、どうにか適切な次の言葉を探す猶予を作る。しかし、言葉を紡ぎ出すよりも前に伊達は動いた。


「同棲してるんだね。彼女でもないのに?」


 誂うように、伊達は告げる。


「べ、別に。彼女じゃないと同棲しちゃいけない決まりなんてないし……」


 反射的に玲は自己正当化を図るが、すぐに却って自分の首を絞めかねないことだとわかり言葉が途切れた。


「じゃあさ、玲ちゃんは弗島くんにとって何なの?」


 ふと紡がれた冷酷な言葉。その言葉を真正面から受け玲は飽きもせずまた言葉に詰まった。


「そ、それは……」


 ──親友。

 

 玲の一番の理解者であり、姿が変わったことについても深く聞いてこなかった。信頼できる存在だ。


「親友だよ」


 玲は断言した。


「親友ね……」


 伊達は復唱したものの、腕を組みまるっきり信じていないように見える。細めた目は玲を見下すかのようで、蔑んでいるというよりかは呆れているようだった。


「私さ。男女の友情って信じないんだよね。それに、老婆心ながら忠告させてもらうと玲ちゃんがそう思ってても弗島くんはそうは思ってないかもよ?」


 たかが一人の意見。わざわざ玲が反応する必要も鵜呑みにする必要だってない。しかし、唯一の信用できる人間との関係。玲としては絶対に失いたくない。そう思うと急にあらゆるものが不安になってくる。


「そ、そんなわけない。卓は、転校する時一生親友だよって言ってくれたから……」


 遠い昔の言質を述べても、伊達の反応は今ひとつ。それどころか、一蹴するような態度だった。


「転校? ああ、確か弗島くんが小学六年の頃だっけ? でも、小学六年なんて思春期も始め。思春期を経ても、弗島くんにそれを言わす自信はあるの?」


 ネット上で連絡を取り合ってたとはいえ、玲は性転換し、二人とも大人になった状態で再開したのだ。変わりすぎてしまった。はっきり言って、卓に親友だとまた言わせられる自信なんてない。それでも、玲はこの関係が壊れるのが怖かった。


「やだ……」


 瞳に涙を浮かべ、手で頭を抱え、俯きながらに拒絶の言葉を繰り返す玲。さすがに伊達も言い過ぎたとばかりに気まずい表情をし、先程とは打って変わって聖人のような面持ちになった伊達は、陸に上がってしまった魚のように震える玲の体を抱きしめた。


「ごめんね、玲ちゃん」


 玲は自分や伊達の真っ白な服装が涙で濡れることも、人目につくことも厭わず、静かに涕泣する。そんな目立つことをしていたためか、卓はこちらへと気づき急いで駆け寄ってきた。


「何があったんだ?」


「あ、弗島くん。実は、ちょっとトラウマ抉っちゃったみたいでね」


 冷静に言ってのけるが、なんてことをしてんだと卓は呆れるほかない。

 その後、ようやく泣き止み真っ赤に目を腫らした玲は伊達にたっぷり奢らせることで和解した。けれども、無遠慮にトラウマを抉ってしまったことは愉快なものではないと内心、玲の伊達に対する評価は低かった。


「それにしても……」


 卓は何かを言いたげに、玲を見つめた。思い当たる節がなく、言葉を待っていると卓は再び玲の体を見渡して笑みを浮かべる。


「玲、より一層可愛くなったな」


 一瞬、玲は自分自身が何を言われているのかわからなかった。何回も反芻し、意味を悟ると全身マグマのごとく真っ赤になる。そして、あれだけ嫌いになった伊達の印象が良くなっていく。

 嬉しいような、悲しいような謎の気持ちに、玲は困惑する。


「さあ、行こうか」


 卓は玲へと振り向いた。体も目も真っ赤っ赤の玲を卓なりに心配しているのだ。


「うん」


 とても浅い首肯で、玲は俯いている。伊達の袖を掴むとモール内の冷房が一段と涼しく感じられた。

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