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純文学の習作です。

純文学ぽくなかったらすみません。

 日本の首都にして最大の都市である東京。そんな東京に向かって、電車が向かっていた。その電車が走っているのは海岸地域。まるでその巨躯を海に見せつけるかのようにカーブを曲がり灰色の海へと入っていく。

 そんな複々線の鉄道路線を走っている電車の中に、一人の少女がいた。目立たないようにと、灰色のパーカーに黒色のズボンという全体的に彩度が全くなく地味にまとめられている。身長は、同年代と比べてもやや低いがとりわけ低いというわけではない。そんな少女は、電車内で苦しんでいた。理由は言わずもがな、車内における人口密度である。一度電車がカーブに指し当たれば、車内に詰め込まれた人たちは一体の生き物のように、大きくその体を揺らす。

 ここに来て少女は後悔したのか苦悶の表情を浮かべる。気分転換に海を見ようとしたばっかりにと。

 窓の方を見ても、人の合間からわずかに見えるはずの海は見えず代わりに見えるのは工業地域だったらしく大量の煙突から白煙が上っていき空一面に広がる曇り空に吸い込まれていった。

 少女が外の景色を眺めていると、ふと臀部にナメクジが這うような感触があった。


「ひゃっ……」


 すぐに口を押さえ、バレていないかと周りの様子を見る。遠くの方までは聞かれていないようだが、近くの人はちらちらとこちらを一瞥する。

 途端に少女は顔を真っ赤に染め、ただ床を見ることしかできなかった。ただ、やっぱ止めとくべきだったかなと過去の自分を責めるのみ。


 東京駅に到着すると、車体から逃げるように駅の中へと駆け巡る。しかし、東京の広大な駅の中を散々迷った挙げ句、駅員に教えてもらいようやく外に出られたのだ。少女はとうにクタクタであり、スポーツ直後なのかと見紛うほどに、前傾姿勢になり両手を宙に漂わせている。

 脳内を過ぎった帰りたいという感情を無理やり押さえつけ、足を進める。こうして、一軒の高層マンションへと到着した。

 顔を垂直にしないと天井部に見えないほどに、高さがある壁のような高層マンション。改めてその大きさに驚くとともに、ここに来て尻込みしてしまう。

 ──やっぱ帰ろう

 

 ふと、そんなことを思い踵を返す。一度決めたことをすぐに捻じ曲げてしまう自分のことが、なんとも情けなく頼りない。それでも、帰りたいという気持ちが強く駅の方へ向かう。


「玲?」


 その言葉を聞いた途端、少女の──玲は動けなかった。顔は赤くなり、心臓の鼓動はいつにもまして活発で、全身に熱い血液を送っているというのに、凍りついたように動けなかった。ただ歯を食いしばりカタカタと震わせる。心臓を噛み締められたらどんなにいいだろうと思っている間に、声の主を確認しようともせず後ろから近づかせることを許してしまう。

 こんな姿、見せられない。人違いってことにすればいい。

 玲が考え、実行に移そうと振り返るよりも早く。声の主は、玲の顔を覗き込んだ。


「……玲?」


 確定までは至っていないが、玲の目の前の人物は彼女がおそらく玲であると認識しているようだった。一方の突如顔を覗き込まれたことに驚き、思わず尻もちをついてしまう。

 玲は、目の前の人物を見た。身長は同年代と比べても高いほうだろう。親友の──卓の、成長した姿に思わず玲は顔を背けた。

 一方の卓は、玲を玲だと認識しているものの疑問に思う点は多い。なぜ散々連絡を取り合っている仲なのに顔を背けたのか。そして……。

 ──どうして女性のような容姿をしているのか。

 

「ひ、人違いです……」


 顔を見ようとせず急いで卓の元を立ち去ろうとするが、卓は突如スマホを取り出し軽くタップする。そんなこと気にしていられない玲は必死で卓から離れるもスマホが震えていることに気が付き取り出した。しかし、そこには『卓』と名前が表示されている。卓の方を見るが、卓は玲をからかうかのようなあざとい笑みをしている。電話に出れば確実にバレてしまうとはいえ、でなくても着信音が鳴っている以上バレかかっている。

 どうするか考える暇も与えず、卓は着信を切る。当然のように、玲のスマホの着信音も収まった。

 

「ねぇ、玲」


 何を言われるのか、玲はただただ不安だった。こんな姿になって、今までとは大きく異なる容姿になって、どんな棘のある言葉を言われるのか。玲はその場に座り込み、近づいてくる大きな卓を見上げる。

 卓はゆっくりと玲へと近づいてくるが、玲は恐怖に体を乗っ取られ立ち竦むことしかできない。卓は玲の目の前まで立ち玲を見下ろすと、躊躇うことなくゆっくりと口を開いた。


「久しぶり、こんなところで立ち話もなんでしょ」


 卓は、玲の腕を掴むと有無を言わさず自室へと連行していった。玲は抵抗するわけでもなく、ただ卓の成すが儘にその身を卓へ委ねた。

 慣れたようにオートロックを解除し、卓の部屋へと入る。卓はご丁寧にも、コーヒーを出してくれる。シュガーとミルクも欠かせない。用意してあるあたり、卓はさしずめこれらをたっぷりと入れるのだろう。

 そして、ダイニングテーブルを挟み、ダイニングチェアーに両者は向い合せで座った。

 玲は視線を逸らし、話しかけてくる様子が微塵もないため、卓が何の動揺もない様子でふと話しかけた。


「それにしても、家出なんて……。玲が考えるとはね。ところで、それって玲が可愛くなったのと何か関係が?」


 卓は、玲と遊んだ日々を思い出す。とてもじゃないが、家出なんてする子どもではなかった。ただ、人の顔色ばかり気にしていたからだ。


「うん……。実はね、急性性転換症候群になってね。まあ、いろいろあったんだよ。察してくれると助かるよ」


 玲の言葉は、どんどん覇気のなく小さな声になっていく。


「うん。わかった」


「いいの?」


「親友の頼みだ。何を否定することがある? それとも否定してほしかった?」


「怖くないの? こんな姿で……」


 玲が最も恐れていた


「……なるほど。そういうことね。だったら、好きなだけここにいるがいいさ。僕は大学があるから、日中ずっといるわけじゃないけど、何かあったら言ってね」


 その一言で玲は心が軽くなったような気がし、窓から光が差し込んでくる。


「おや、晴れてきたのかな?」


 卓が窓を開けると、あれだけ空一面を覆っていた雲は流されており、太陽が燦々と輝いている。ベランダの窓についた水滴がより一層太陽の輝くを増していた。


「ありがとね、卓……」


 玲は呟いた。声自体大きくないし、卓は天気に夢中で聞いていない。しかし、玲はそれでいいのだと思っている。

 玲は、喉が渇いていることに気がついた。そして、未だ手を付けていなかったコーヒーをブラックのまま口元へ持っていく。


「苦い」


 そして玲は、ミルクを混ぜた。真っ黒なコーヒーが真っ白になるまで。

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