第二十話「食いに、おっさん、鼻に汁」
「借りてきたよ!」
「部屋に置いておいたままでいいって!」
部屋に戻ってきたケイは丸机に滑り込むように座った。
「……よいしょ」
俺は畳を両手で押してゆっくりと身体を起こす。
ケイの手にはノック部分に黒猫の頭がついた一本のボールペンが握られていた。
……ヒナコって動物が好きなのかな?
「先、書いていいよ」
俺はケイのリュックに入れておいた自分の住民票とヒナコが持ってきた机の上に置いてある書類を一枚取って再び畳に倒れた。
書類を確認すると10桁の番号を記入する欄がある。
いくつかの書類には住民票に書いてあるマイナンバーのような物を使うようだ。
住民票に書いてある俺の番号は、[9120387246]と書いてある。
流石にそのままだと覚えられないので、ケイが書類を書いている間にテキトーな語呂合わせを考え始めた。
「書き終わったよ!」
ケイがペンを机に置いた音が聞こえたので再び身体を起こす。
俺は書類に名前、年齢、性別などを慣れた手つきで記入していった。
「食いに、おっさん、鼻に汁」
俺は考えた語呂合わせを口にしながら番号も記入する。
即興にしては満足だが、まだ改良の余地はありそうだ。
「……なにそれ?」
「なんでもないよ」
俺は書き終わった自分の書類をケイの書類と重ねると再び横になった。
「……そういえばリュックの中って何入ってるの?」
「えーっとね……」
ケイは狭い机の上にリュックの中身を全て取り出し、乱雑に並べ始めた。
中身はドーナツの入った紙袋に、ぐちゃぐちゃの衣服が2セットのみだった。
俺はチラッと時計を確認してから、机の上にあるドーナツを一つ手に取った。
正直、お金が入ってることを期待してしまったが、あの状況では仕方ない。
「うんめぇーーー」
パストラミサンドほどの味の衝撃は無かったが、久しぶりの甘味は俺の脳から快楽物質を大量に分泌させる。
3口でドーナツを食べ終えると2つ目に手を伸ばそうとしたが、なんとか我慢した。
多分もう一つ食べると、さらにもう一つ、そしてさらにもう一つと止まらなくなってしまう。
目を閉じ、精神を落ち着かせていると、紙袋がこすれる音がした。
目をゆっくり開けると、ドーナツを口に頬張るケイの姿があった。
「一つだけだよ」
ケイはドーナツを咥えたままうなずき、ドーナツを口の中にすべて詰め込んだ。
……それにしても、生活必需品が足りなすぎる。
俺は汗をかかないので特に着替えが必要ないのだが、カテラによってボロボロになったスーツはこの町ではみすぼらしく見られるだろう。
ケイに関しても今着ている服を含めれば衣類は3セットあるのだが、今日一日町を歩いた限りだとその服はかなり浮いている。
よって、まず服は早急に買う必要がある。
その他は今パッと出てこないが、足りないものは後々ボロボロと出てくるだろう。
「……ケイ、6時になったら起こして」
俺は寝ころびながらスーツを脱ぎ、部屋の端に放ると目を瞑った。
「……うん」
ケイの少し寂しそうな返事をした。
かまってあげたいのは山々だが、目を閉じた瞬間、眠気が俺の意識を刈り取る。
ガチャ
薄れる意識の中で、ドアの開く音が微かに聞こえた。




