第百七話「モデル」
「それでアレンさん、昇級試験の結果はもう出たのですか?」
トレバーさんは椅子の上で足を組みながらコップに息を吹きかけている。
「ちょうど昨日結果が送られてきました」
「合格でしたよ」
「そうでしたか、おめでとうございます」
「ではさっそくスーツの宣伝を始めましょうか」
トレバーさんは全く驚きもせずにコーヒーをゆっくりと飲んでいる。
まぁ、あれだけ身体を張って不合格だとは思っていなかったが、結果を聞いた時は安心した。
「あ、待ってください」
「試験は合格なんですけど対人問題の実務経験が必要らしくて、実際に昇級するのはそれからだそうです」
レゼンタックはこの町の警護を国から依頼されているが、その範疇に国道などで起こる対人トラブルの対処も入っている。
下っ端にはそのような仕事は振られることは無かったのだが、これからはそのような仕事も多くなるらしい。
簡単にいうと、モンスターよりも人間の方が脅威になると言う事だ。
「そうでしたか、私も昇級する時に何度か経験しましたが危険なので気を付けてくださいね」
「スーツ販売の事なのですが、こちらは順調に進んでいます」
「しかし、販売ルートまでは確保できたのですが、スーツを製作可能な人が現状ユバルさんしかいらっしゃらないので、しばらくは少量での注文販売となりそうです」
「なので宣伝は少しずつ初めようと思っていたので気になさらないで大丈夫です」
トレバーさんはそう言うと、自分のスーツの胸元を少しめくる。
そこにはトレバーさんの名前と[IN SAFE]というロゴが刺繍されていた。
トレバーさんがブランド名の候補をいくつか考えてくれたのだが、[IN SAFE]という名前が個人的に気に入ったのでこれに決まった。
トレバーさんが今着ている物は俺が着ている物とはかなり性能が落ちているが、これでもいくつか分けたグレードの内、最高級のものとなっている。
価格もそれなりで見た目も素人目からみてもカッコいいが、日常生活で対刃や耐熱などの効果が発揮されることはおそらく無いだろう。
「先日、アメリアさんに女性用のモデルを頼んだのですが男性用のモデルはアレンさんで問題ないですか?」
トレバーさんはそう言いながらカバンから手描きのコンテを取り出し俺に見せる。
ほんとうにこの人は何でもできるな……、え?
「トレバーさんがやるんじゃないんですか?」
「私は遠慮しておきます」
トレバーさんはそう言うと強いまなざしで俺に訴えかける。
てっきりモデルは見た目もスタイルも超人的なトレバーさんがやるものだと思いう混んでいたが、よく考えればこんなのトレバーさんは絶対にやりたがらない。
「……アメリアさんって身長いくつでしたっけ?」
「先日採寸したので179㎝ですが、撮影の際はパンプスを履いてもらう予定なのでもう少し高くなりますね」
「僕、174㎝なんですけど……」
「この構図で並んだ時にバランス悪くないですか?」
俺の身長ではトレバーさんが描いたコンテ通りになりそうにない。
「……親子設定でやりましょうか、アレンさん顔も若いですし」
「それかアレンさんが女性役やりますか、足のサイズ何センチでしたっけ?」
「絶対に嫌です!」
「……あ、モデル心当たりあるので声かけておきますよ!」
俺はそう言うとにやけるのを我慢しながらお茶を口に運んだ。