第百四話「おつかい」
バダンッバダバダバダッ……
強化ガラスが鈍い音を鳴らしながら震えている。
モンスターは血走った眼で自分の身体をガラスに叩きつけているからだ。
「あの……、やっぱり戻らない?」
「アレンこういうの慣れてるんじゃないの?」
「ケイちゃんに笑われちゃうよ?」
ヒナコと一歩後ろにいる俺より一足先にずかずかと足を進めている。
よく平気でいられるな……
俺たちは資料館を出た後、実際にここで飼われているモンスターがいる場所までやってきた。
しかし、俺たちが足を踏み入れた瞬間に分厚いガラスの向こうから無数の殺気が向けられた。
係員の人はいつもの事で安全だと言っているが不安だ。
武器も宿に置いてきてしまった。
「アレンいっつもこれの相手してるの?」
「う、うん……」
「そんな調子で仕事は大丈夫なの?」
「……今は仕事モードじゃないからさ」
見慣れたモンスターもちらほらいるが、いつもは生きているこいつらとは触れ合っていないので見え方が全然違う。
よく考えれば牛だろうと豚だろうと殺気を向けられて襲われたら怖い。
というかなんでこの二人は平気なんだ?
これが普通?
俺がおかしいのか?
俺は他の観光客がガラスに近寄った隙に、出口付近にいるケイまで早歩きで追いついた。
「ケイ、怖くないの?」
「ぜんぜん怖くないよ」
「ヒナコちゃんもいるし……」
そこは俺じゃないのか……
まぁそこはいい、いつもの事だ。
「俺そこで休んでるからヒナコとまだ見てていいよ」
「え?」
俺がケイの背中をくいッと押すと、ケイはその手を掴んで体重をグッと乗せてきた。
よく見るとケイの目に涙が浮かんでいる。
「<貧者の袋>」
「ケイ、そこの売店でジュース買ってきてよ」
「ケイも好きなの買っていいからさ、おつかい」
そう言うと、俺は<貧者の袋>から取り出した財布をケイに渡した。
「軽いね」
「うるさい」
「ちょっと待っててね」
ケイはそう言うとニコニコしながら小走りで売店に向かった。
ベンチに浅く座り雲の流れを見ていたら眠くなってきた。
少し暑いが日向ぼっこも悪くないな……
「アレン、これでいい?」
目線を空から胸元まで落とすと、ケイはアイスとジュース持って立っていた。
「うん、ありがとう」
「アイス溶けちゃうから早く取って」
「あぁ、ごめん」
俺がケイの手元からジュースを取ると、ケイは俺の隣に勢いよく座った。
そして小さな舌でアイスを舐め始める。
「アイスいいなぁ」
「食べたいの?」
「どうしよっかなー」
俺はケイが悩むふりをしている隙に手元のアイスにかじりつく。
「あ!!」
「うま」
ケイは頬を膨らませると残りのアイスを勢いよく頬張りはじめた。