第四十四話「テーピング」
「おはよーございまーす」
俺は元気な挨拶で1分の遅刻を誤魔化すと、認識票を身体に着ける。
「アレン君、今日は早起きできたの?」
「あ、ヅーリンさん」
「今日はケイに起こされました」
「昨日切れてたテーピングってもう出てますか?」
「それならさっき補充しておいたよー」
「アレン君、最近、毎日テーピング、テーピングって言ってるけど大丈夫なの?」
「身体、痛めてるなら休んだほうがいいんじゃない?」
「大丈夫ですよ、単なる五月病ですから」
「それじゃ行ってきます!」
俺は棚からテーピングを一個とると、呆れたヅーリンさんに見送られながら階段を駆け下り、レゼンタックを後にする。
今日は西門か……
そういえば今日から一週間、西門だったな……
あの作戦を実行してみるか。
俺は開店したばかりのデリカサンドに寄り、パストラミ肉を単品で買ってから西門へ向かった。
俺は壁の中に入って手際よく支度を済ませると、ベンチに座って靴を脱ぎ、ゴムの靴下の上からきつめにテーピングを巻き始める。
いちいち靴下を脱ぐのは面倒になってしまった。
先週、<貧者>に振ったSPの合計が400ポイントになった。
そのおかげで、かなり強力な<特能>を手に入れることが出来たのだが、その時から急激に身体にガタが出始めたのだ。
おそらく、<HP>や<DEF>などの<身体スキル>をないがしろにし、<職業スキル>に集中的にSPを振っていた、しわ寄せがきてしまった。
それに加え、ニワトリちゃんやイノシシ犬など、よく見えるモンスターからは既にSPが手に入らなくなってしまい、対処しようにもできていない状態となっている。
今は得たSPを少しづつ<DEF>に振りながらテーピングで誤魔化し、スキルボードを見ながら対処法を考えている途中だ。
「はぁ……」
俺は大きなため息をつくと、ベンチから勢いよく立ち上がり、レインコートを羽織って外に出た。
いくら考えたって痛みがなくなるわけではない。
とにかく今日を乗り越えよう。
「地点C72、10時方向にリンシェンクス一体を発見、距離200」
雨季に入ってから視界がかなり悪くなり、500m先のモンスターを確認するのにも苦労するようになった。
それに加え、リンシェンクスなどは屈んで草むらに身を隠すので、いつの間にか目と鼻と先にいるなんて事になり得るので、遠くだけではなく近くにも目を配るように心がけている。
「……10-0」
「10-4」
「はぁ……」
敵意が視認できる<貧者の目>が発動していないということは、リンシェンクスはまだこちらに気づいていない。
この距離でも気づかれていないのは<猫足>に加えて、新たに会得した<気配遮断>の効果のおかげだろう。
この二つは壁の外にいる間は常に発動するようにしている。
「<弱点感知>」
俺は念のため核の位置を光らせる。
雨の時には結構、便利だ。
「ふぅ……」
腰に携えた短剣の柄に軽く右手をかけ、深く呼吸しながら気を落ち着かせる。
「……よし」
次の瞬間、俺はリンシェンクスに向かって一直線に足を伸ばした。
一歩、二歩と地面を蹴るたびに、足の甲に金づちで叩かれたような痛みが走る。
そして二十歩もしない内にリンシェンクスの懐まで接近すると、短剣の柄にかけていた手に力を込め、同時に左手で鞘を後ろに引き、雨が落ちるよりも早くリンシェンクスの核を両断した。
うん。
ユバルさんに改造してもらった鞘も快調だ。
「いてててて……」
俺はその場でしゃがみ込んで足を軽くマッサージする。
いつも通り、ちょっとサボってから報告しよう。