第二十七話「面長狼」
目の前に身をかがめている獣の姿が見える……
「地点A75、10時方向にリンシェンクス一体を発見、距離400」
「……10-0」
「10-4」
「よし……」
俺が通信している間、ハリソンがムッとした顔でこちらを見てきた。
リンシェンクスとは顔が長い狼のような見た目をしたDランクのモンスターだ。
あのクソ鳥と同じランクなので少し警戒が必要だ。
「なにやってるんだアレン!」
「早く行け!」
「……え?」
「一人で?」
リンシェンクスのANP(適正対応人数)は3~5人なので、3人でやるのではないのか?
「お前なら大丈夫だろ!」
「ほら行け!」
ノアはそう言うと、俺の背中を強く押した。
ANPとはなんなんだ?
終わったら一人の定義をノアに聞こう。
リンシェンクスは横を向きながら視界の端でノアを見ているな……
「はぁ……<猫足>」
俺は足音を消し、少し遠回りをしてリンシェンクスの後ろから走って近づく。
草に足が当たって足音が鳴らないか心配だったが、大丈夫のようだ。
この<特能>のことを完全に理解できる日はくるのだろうか……
距離はあと100m。
俺は落ちている石を拾い上げ、リンシェンクスの真横をめがけて放り投げると同時に一気に距離を詰めた。
自分の真横から音がした事に気づいたリンシェンクスは足を伸ばし辺りを警戒しようとする。
「ステイ」
リンシェンクスの背後まで近づいていた俺は右足を踏み込むと同時に<猫足>を解除した。
自分の真後ろから音がしたことに気づいたリンシェンクスは、身体をヘの字に曲げながら振り返る。
カシュンッ
俺はリンシェンクスの身体が硬直した瞬間に抜刀し、そのままリンシェンクスの脳天から顎まで斬り下ろそうとする。
かたいッ
俺の手に核の感触がした瞬間、その加速度は急激に落ちてしまった。
リンシェンクスはその隙をついて俺に突進しながら嚙みつこうとする。
「くっ」
俺は短剣を握っている右手に左手を添えて力を込める。
短刀がリンシェンクスの左頬の下から姿を現すと、リンシェンクスはその場で横に倒れた。
俺は短剣を慌てて抜き取ると、刃こぼれがないか確認する。
少し焦った。
短剣が上手く鞘から抜けず、真っすぐ振り下ろしたつもりが核に当たった瞬間に軌道が右にずれてしまった。
鞘が腰に固定されている状態で居合はやるべきではないな……
だが、核もせいぜいキンキンに冷えたバター程度の硬さなので、0距離から核に短剣を当てた状態からでも切れないことは無い。
だが、刃こぼれしそうなので止めておこう。
「お、死んでるな!」
「アレン、報告はしたか?」
俺が短剣を鞘を納めると、ノアがいつの間にか後ろから近寄っていた。
「いまからするよ」
「10-0、現在……地点B76」
「……10-4」
「……地点A77へ移動せよ」
「10-4」
俺が通信を終えたと同時に、ハリソン君が息を切らしながら遅れて合流する。
「よーし、行くぞー!」
ノアはそう言うと、息を切らすハリソンに目を向けず、北東方向に走り始める。
俺はノアの尻を追いかけるように足を踏み出す。
「くそっ……くそっ……くそっ……」
指定地に到着するまで、俺の後ろからはハリソン君の心から漏れたうら悲しい叫びが、いつまでも聞こえてきた。