第二十六話「引きこもり」
「ふぃー」「はぁ……はぁ……はぁ……」
腰に手をついて胸を張っている俺の横で、ハリソン君は膝に手をついて息を切らしている。
ウォロ村を一日で往復したあの日を考えれば、この距離では疲れを感じない。
「よし、死んでるな!」
「ハリソン、報告しろ!」
「現在地点はD72だ!」
ノアはそう言うと、少し離れた所に見えるオレンジ色の円盤を指差した。
今まで下に目を向けていなかっただけで、注意すれば意外と気づくものだ。
「10……10-0、現在、地点D72」
「……10-4」
「……地点B74へ移動せよ」
「10-4」
ハリソン君は通信を終えると、その場で屈伸をし始める。
「お、今度は少し遠いな!」
「二人とも、ペースを少し上げるぞ!」
ノアはそう言うと、北東方向へすぐさま走り始めた。
……今度は休憩なしか。
「……地点A75で待機せよ」
「10-4」
モンスターが出ないとただのピクニックだな……
「……ノア」
「なんだ?」
「モンスターってこんなに少なくないの?」
「俺が働き始めてからずっとこんな感じだな」
「10年前にあちこちで大量のモンスターが人の街に攻めてきてから格段に減ったらしいが、その理由は詳しくは知らないな!」
「ふーん」
やはり10年前の出来事がなにか関係ありそうだが、見当もつかないな……
「それにしてもアレン」
「お前、スポーツとかやってたのか?」
「いや、何年も家に引きこもってたよ」
「だがハリソンよりもお前の方がピンピンしているように見えるぞ?」
「そんなことないよー、ハハハハハ……」
俺はハリソン君の事をチラチラと見ながら苦笑いを浮かべる。
「まだ……ぜんぜん……余裕ですよ……ゴホッゴホッ」
俺とノアが談笑している横で、ハリソン君は咳き込みながら息を整えている。
ハリソン君は<STA(体力)>があまり高くないのだろうか?
<職業>も関係している気がする……
「だが甦って二週間でその身体の使い方や動体視力は異常だと思うぞ?」
「まぁ、家の中でいろいろやってたからね」
動体視力に関しては<DVA(動体視力)>が上がっていることもあるが、少しだけ自信はある。
その理由がどこからきている物なのかは不明だが。
「その力は家の外で披露しなかったのか?」
「……うん、してない」
「それはもったいないな!」
あれ、なんで俺って引きこもってたんだ?
もしかして虐められてた?
でも大学には行くつもりだったよな?
記憶の端には外で誰かと遊んでいたのも残っているが、ほとんどが家の中の記憶しかない。
家のなかで毎日鍛えている自分。
そうとう暇だったのだろう。
運動神経がよくて、勉強もそこそこできて、顔もそんなに悪くない俺が虐められてたのか?
性格が悪かったとか?
……なに考えてるんだ。
「……ハリソン君」
「ハリソンでいい」
「……ハリソンの銃って何を撃ってるの?」
「圧縮繊維でつくった銃弾だ」
「壁の外で使っていいのは土に還る銃弾だけだ」
やっぱり銃弾なのか……
土に還るってことは微生物とかはこの世界にもいるのかな……
だがそれは聞きたかった事と違う。
「薬莢は?」
「自動で弾倉に戻る」
「鉄で出来てるから回収する必要がある」
ふーん。
頭の中では、弾を撃った直後に薬莢が跳ねているイメージがあったので、エネルギー弾でも撃ったのかと思った。
<特能>があるこの世界ではありえなくはない。
ノアが言った通り高級品のようだ。
……そろそろだな。
「……地点A78へ移動せよ」
「10-4」
「よいしょ!」
ノアは返事をすると勢いよく立ち上がる。
俺とハリソン君はそれに続くようにゆっくりと立ち上がった。
「……ん?」
「ハリソン、あっちになにか見える?」
俺は北西の方向を指差した。
ノアが立ち上がった瞬間に、視界の端でなにかが動いたように見えた。
「どこだ?」「あ、見つけた」