第九十五話「取り調べ 1」
「えー、まずあなたはアレンさんで間違いないですか?」
目の前に座るスーツを着た男の人は、そう言いながら分厚いファイルを開いた。
「……はい」
俺は机の下で手を組み、少し緊張しながら答える。
「本日はありがとうございます」
「えー、単刀直入に申し上げますとウォロ村を襲った実行犯として、あなたのお連れのケイさんのお兄さんであるカイさん、そして教唆犯、及び幇助犯としてあなたに容疑が掛けられています」
「というのもですね、ウォロ村の住民は一人残らず大きな刃物による傷が死因となっているんですよ」
「モンスターが刃物を使わないことはもちろんご存じだと思うのですが、心当たりはありませんか?」
男の人は開いたファイルの上で手を組み、俺の顔をまじまじと見ている。
予想外の事態すぎて、頭の整理が出来ていない。
しかし、俺はトレバーさんの言葉を頭の中で繰り返し、心臓の音を治める。
「……はい」
「私は大きな斧を持った黒い鬼がウォロ村を襲ったのを見ました」
「大きさが普通の鬼よりかなり大きかったので新種のモンスターだと思います」
俺は頭の中で冷静に文章を作成してから、それを音読するように話す。
少しカタコトになるのは仕方がない。
とにかく変な事を言ったらダメだ。
「わかりました、レゼンタックで報告した通りということですね」
「えー、ではなぜ事件発生の後、ウォロ村を訪れたのですか?」
「わざわざ足跡を消すような細工をしてまで、何かを隠そうとしていたのではないですか?」
俺は男の人のその言葉で治めていた心臓がキュッとなる。
……なんで、俺がウォロ村に帰った事がバレてるんだ?
それよりも足跡を消す細工なんてした覚えはないぞ。
……もしかして<猫足>か?
「……はい」
「まず、ウォロ村に言った理由は忘れ物を取りに戻りました」
「足跡を消した覚えは無いのですが、もしかしたら私の<特能>のせいかもしれません」
「わざとではありません」
俺はかいてもいない手汗をズボンで何度も拭いながら答える。
「具体的には何を?」
男の人は瞬時に質問を投げかけペンを持ってこちらを見つめてくる。
緊張するからこっちを見ないでほしい。
「えっと……写真とグローブと……花です」
「あと落ちていた大剣の欠片も何枚か拾いました」
作り話をされていると思うと嫌なので、ここは思った順番から口に出す。
「わかりました」
「今あなたが言った物は後で確認する可能性があるので捨てたりはしないでください」
「えー、ではカイさんが今どこにいるか知っていますか?」
男の人は少し前のめりになりながら俺に質問した。
おそらくこれが本命の質問なのだろう。
「……死にました」
俺は顔を伏せながら答えた。
「ウォロ村の遺体の中にカイさんと思われるものは確認できていません」
「なぜ、死亡したと言い切れるのですか?」
「あなたたちを置いてどこかに逃げたのではないのですか?」
男の人のその言葉に俺の心臓は再び止まりそうになる。
なぜ、カイが実行犯として疑われているのかがようやく分かった。
これは俺の失態だ。
「……違います」
「正確には、重傷を負ったカイをこの城下町に運ぼうとしていたのですが、途中で息を引き取ってしまい、やむなくその場に置いていきました」
「しかし、ウォロ村を訪れた際に確認したのですが死体は無くなっていました」
「……たぶんモンスターに連れ去られたのだと思います」
俺がそう言うと男の人は立ち上がり、扉から顔を出して地図を持ってくるように叫ぶと再び席に座った。
「ん゛っん゛ん」
「えー、それではあなたは死体を遺棄したということで間違いないですか?」
男の人はさらに前のめりになって俺に質問する。
……やばい。
この世界にもたぶん死体遺棄罪とかあるはずだ。
「えーっと……それは……」
人間はパニックになると恐ろしく頭が回らなくなることを実感する。
なんと答えるのが正解だ?
それとも黙秘するのが正解か?
コンコンッ
心臓の音が鳴り響く静かな空間の中でドアをノックする音が聞こえた。