第九十話「鬼ごっこ」
「なんでだよ!」
「教えてくれよ!!」
「……研修期間は昼飯、奢ってやるからさ!」
ノアは右手で掴んでいた俺の左手を離し、腕を組んだ。
「んん……」
俺はノアの真似をするように腕を組んで、うつむいた。
なぜ教えたくないかというと、自分の持っている力というか存在価値というか……それに似た何かが薄れてしまう感じがするからだ。
だから天才の類というのは恐ろしいのだ。
いいじゃないか、もう力を持っているのだから……
「よし!じゃあゲームをして決めよう!!」
「アレンがルール決めていいから、俺が勝ったら教えろ!」
「それでいいだろ?」
俺がしばらく考え込んでいるとノアは笑顔でそう言いながら俺の肩を強く叩く。
「……分かった」
「じゃあ……鬼ごっこしよう」
俺は少し考えた後、肩にあるノアの大きな手を払いながら答えた。
これ以上の反論してもしつこいだけだからな……
それに、鬼ごっこなら、まだ勝てるかもしれない。
「おう!決まりだ!」
「ルールは?」
ノアはそう言いながら近くに会った槍を遠くの方にどかした。
「ノアが鬼で10秒以内に俺の事を捕まえたらノアの勝ち」
「逃げ切ったら俺の勝ち」
「それとノアは<特能>を使うの禁止」
「あと……右手も禁止、背中に付けて」
「……あと、左肘は身体に付けたままね」
「あとは……かかとを地面に付けるの禁止」
「……それでならいいよ」
俺は頭に思いつく限りのハンデをノアに要求する。
これならば素直に教えた方がプライドは保たれたかもしれなかった。
自分が惨めに見られている気がして恥ずかしい。
「常時発動してる<特能>は消せないぞ?」
ノアは顎に拳を当て、なにか考えているような素振りで質問する。
「それはそのままでいいよ」
「早く始めよう」
「10秒のカウントは俺がするから、3・2・1・0でスタートね」
「3・2……」
俺はノアの素振りを見て、作戦を立てさせないように早く始めようとする。
後はどれだけ10秒を早くカウントするかだけだ。
「<特能>は禁止か……」
俺がカウントを始めるとノアは困ったような顔で小さな声で呟き、指定した通りのポーズをとる。
「2・1・ゼ……ロ?」
俺はカウントを終えた瞬間、<遁走>を発動させてバックステップをしたはずだったのだが、ノアの笑みが視界に入った瞬間、猛烈な空気抵抗を感じながら空を飛んでいた。
既に見慣れた景色より遥か上空に身体が浮いていることは歴然だ。
まともに呼吸が出来ぬまま、雲に触れる寸前で身体は停止し、自由落下に入る。
身体が落ちていく感覚で自分が負けたことをようやく察した。
アイツ、絶対<特能>使っただろ。
くそ、目隠しも追加すればよかったな……
いまさら負け惜しみをしても仕方がないので俺はいつも通り目を瞑った。
ビューーーーーー
永遠とも思えるこの落下時間の中で風を切る音がいつまでも聞こえる……?
「はっ?」
この感覚に慣れてしまったのか、なかなか気絶しない。
この耳の痛さも原因だろう。
恐る恐る目を開けてみたが、身体はちっとも地面に近づいている気がしない。
小さく見える建物が段々と徐々に大きくなっていくのを見て、体中に鳥肌が走る。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……
あれ……俺、死んだ?