第八十一話「ベントオーバーローイング」
四階には俺が初めてここに来た時よりも人が多く、見たことない人たちが受付処理をしていた。
俺はその脇を通り抜け中に入り、ノアの姿を探したがどこにも見当たらなかった。
「あのー、ノア……さんはどこにいますか？」
俺は近くにいた書類仕事をしていた女性にノアの居場所を聞く。
「チーフなら9時頃まで一階の訓練場で馬鹿みたいに筋トレしてると思いますよ」
「……あなたがアレンさんですね、これからよろしくお願いします」
女性はそう言いながら笑顔で会釈してくれた。
「あ、はい、アレンです、よろしくお願いします」
俺はたどたどしくそう答えると、その場を後にして一階に降りる。
もしかして……ノアって嫌われてるのか？
というより呆れられてる？
……あまり追及しないでおこう。
一階に降りて訓練場に出ると、ノアは女性が言っていた通り筋トレをしていた。
重さは40、80、100……240キロ？
ポンド……じゃないよな。
俺に気づいてないし、とりあえずセットが終わるまで待つか……
「ふぅー」
ノアはゆっくりと地面にバーベルを降ろすと、Tシャツで額の汗を拭った。
「何回やってるんだよ！」
俺はそう言いながらノアの背後に近づき、ノアのかかとを軽く蹴る。
あれから10分弱、レップ数は100回を超えてから数えるのを止めた。
「なに言ってんだ馬鹿野郎！！」
「丁寧に低重量でネガティブに効かせるのが良いんじゃねぇか！」
「……おぉ、アレンか、早かったな」
ノアは少し不機嫌そうに振り返ると、俺の顔を見ていつもの顔に戻った。
……240キロで低重量か。
俺は足元に転がっているバーベルをまじまじと眺める。
「まぁいい、呼びに行く手間が省けた」
「午前中はここで訓練するから準備運動しておけ！！」
ノアは使っていたバーベルを手際よく片づけると、武器庫の方に向かった。
その間に俺はグローブを付け、適当に準備運動を始める。
「それとアレン！」
「俺のワークアウトの時間が減るから明日は9時前にきても4階で待っとけよ！！」
ノアは武器庫から取り出した木製の模造槍を俺に投げた。
俺はそれを受け取ると、試しに何度か振ってみる。
「……」
俺は武器庫の前にいるノアに近づき、槍を手渡しで返した。
「おう、どうした！」
「違う槍がよかったか？」
ノアは間の抜けた顔をしている。
「スゥ……俺、短剣買った」
俺は深呼吸して、顔を伏せながら小声で答えた。
ズスッ
「おう、そうか！」
「槍だったら教えられると思って小遣いを渡したんだけどな！！」
「どんな武器を買おうと使おうと個人の自由だしな！！！」
ノアはしばらく間を開けてからそう言うと、俺の返した槍を固い地面に突き刺して武器庫に戻っていく。
そして短剣を持って出てくると至近距離にいる俺に向かって強めに投げ渡した。
「よし、構えろ！」
ノアは笑みを浮かべながらそう言うと、地面に突き刺した槍を取って脚を開いて腰落とす。
そして、身体の左側を前に半身になり、両手で槍を構えた。
距離は3mほど離れていて槍の切っ先は俺のみぞおち付近に向いているが、まるで喉元に0距離で突きつけられているような威圧感だ。
「違うんだよ！」
「ユバルさんが……！！」
俺がそう言った瞬間、ノアは腰を落としながら大きく前進し、さらに体勢を低くしながら俺の懐に潜り込むと、俺の顎をかち上げた。
