第六十九話「赫蜘蛛」
俺は湯船の淵に後頭部を乗せ、天井に上っていく湯気を眺めている。
それにしても、ヒナコと言いケイと言い、青い龍の話は本当なのだろうか……
もしかして二人とも同じような夢を見たとか?
いや、そっちの方が確率としては低い気がするな。
もし本当なら俺も一回ぐらい会ってみたいな。
ケイが餌をあげたということは、そんなに凶暴ではないのかな……
俺は湯船の中で手首と足首をゆっくりと回す。
先程から妙に身体が軋むのが気になっている。
こんな調子で明日、大丈夫かな……
俺は明日予定を頭の中でざっくりと立て終わると、風呂場を後にした。
異様な雰囲気を漂わせるパジャマに着替えると、脱衣所を出てダイニングに戻る。
ダイニングではヒナコとケイが奇妙な歌を歌いながら手遊びをして遊んでいた。
「……ふふっ」
「アレンも一緒に遊ぶ?」
ヒナコは一旦、俺の姿を見て鼻で笑うと直ぐに普段の顔に戻った。
「いや、俺は今日貰ったのをいろいろ確認したいから部屋に戻るよ」
「ケイも9時頃には戻ってきてね」
「じゃあおやすみ」「あ!待って!」
「アレンは明日何時に家出るの?」
俺が部屋に戻ろうとすると、ヒナコは慌てて椅子から立ち上がって俺を呼び止めた。
「ケイは明日何時に家出るの?」
俺はここを出る時間は特に決まっていないのでケイに合わせよう。
その方がヒナコも朝食の準備も面倒臭くないだろう。
「えっとね、8時ぐらい!」
「9時からお仕事始まるんだけどね、早く行くの!」
ケイは元気な声でそう答える。
どうやらケイは明日から仕事が始まるようだ。
「じゃあ、朝ごはんは7時頃に用意するね!」
「アレンもそれで大丈夫?」
ヒナコは首を傾ける。
「……うん、それで大丈夫」
「それと、明日は帰るの遅くなるかも」
「じゃあ、おやすみ」
俺はそう言い残してダイニングを後にした。
7時に朝ごはんか……
早起きは嫌だな……
俺がいなくなった扉の向こうからは二人の笑い声が聞こえてくる。
一段飛ばしで階段を上って部屋に戻ると、紙袋に入った書類を机の上に全て出した。
その中からノアから貰ったモンスターの生態表を見つけ出し、それ以外を紙袋の中に戻すと部屋の端に寄せる。
モンスターの生態表を開くと、そこにはセントエクリーガ城下町周辺のモンスター11種類が載っていて、それぞれランク分けが行われていた。
そして、表紙の裏にはランク別のモンスターの適正対応人数(ANP)が書かれていて、例えばここに載っている中で一番低いgランクだと、ANPは0人となっている。
0人ということは無視していいということなのだろうか……
一人とは誰を基準としているのかも不明だ。
gランクにはスライムと小さな甲羅を背負った触覚のあるニワトリのような見た目のモンスターの2体が入っている。
そしてこの中に入っている中で一番高いcランクだと、ANPは5~7人と書かれている。
cランクには唯一、赤い鬼が入っているがウォロ村で襲った奴とは色も大きさも違う。
それ以外にもモンスター別のPCC(幻崩核)の細かな位置や、生態、適切な対応方法などのマニュアルが思っていたよりも細かく書かれているた。
これならば命の心配はなさそうだ。
それと、モンスターは発声器官を持たないらしいので、いくらランクが低くても油断せず、背後には気を付けなければならないのは鉄則とも書かれている。
HPが低いうちはこれに気を付けよう。
「うぅわ……」
生態表をパラパラとめくっていると、あるページで悪寒と共に耳まで鳥肌がたった。
卵の原材料であるラングニュイロの正体が分かったのだ……
4本足の表面が濡れた赤い蜘蛛。