第九話(修正版)
『シスターはなんでも食べる元気な妖』
九話
<地下一階-拷問部屋>
...ここまでかな。
私はかつて魔女と呼ばれた者が住んでいた屋敷の調査をしていた。
私の予想では、その魔女は何世代も前のステアラだ。
それを裏付けるかのように、この地下への入口にはステアラ文字が使われていたし、この部屋の壁のレンガは明らかにステアラの使役術を応用して作られている。
だが実際にわかったことはここまでだ。
私は自身の調査能力の限界を感じた。
「ふむ。この部屋の調査はこんなものですかね。では次の部屋に行きましょうか。」
私は腰を切る様に振り返りながらダンジ様へそう言った。
恥じるべきことに、私は時間を忘れて壁とにらめっこをしてしまった。
きっとダンジ様も退屈で寝てしまっているかもしてない。
まずは待たせたことに謝罪をしなければいけない。
「あらっ。」
だが謝罪も何も、私の視線の先にダンジ様の姿は一片たりともなかった。
...誘拐、転送、透明化、現実改変、他のステアラによる干渉。
様々な可能性が頭に浮かぶ。
焦る。
ダンジ様を見失うなど護衛としてはあってはならないことだ。
「師匠。まだここにいますか。」
そんな透き通った美しい声と共に拷問部屋の扉が開かれた。
重々しいその扉の陰から食欲と性欲を同時に刺激するような少年が姿を現す。
その見慣れた体の背後には見慣れない物が背負われている。
火縄銃だ。
細部の構造は記憶とやや異なるが、あれは間違いなく火縄銃だ。
「はい、ダンジ様。今までどちらにいらしたのですか。」
ダンジ様はどこであのような銃を手に入れたのか。
現在この国では戦争という戦争は起きていない。
そのため、兵器開発や製造、販売等は行なわれていない。
別に銃を規制するような法律はないが、それでもこの近辺で銃は入手困難なはずだ。
と、発言の思考の間には大きな乖離があった。
「師匠が行っていた調査に時間がかかりそうだったので、自主的に地下三階まで探索してました。そこからは鍵がかかっていたので、一旦中止して戻ってきました。あっ、それとこの銃なんですけど、地下二階で見つけました。どうですか。」
ダンジ様は背中から銃を抜き取ると、前に突き出してきた。
私はその銃を受け取り、観察する。
所々錆びていたり欠けていたりはするのだが、銃としては問題なく使えそうだ。
ダンジ様は一人でこれを持って来たのだ。
以前の消極的な行動を中心としていたダンジ様から考えれば、予想を完全に上回る成長を感じざる負えない。
「良い銃ですね。せっかくだし貰って行きましょうか。」
私はその銃を反転させ、ダンジ様へ慎重に返却した。
ダンジ様は銃を受け取ると、一度頭を下げてから背中に戻した。
よく見るとダンジ様の下胸部にカーボン製のベルトが追加されている。
あれで背中に銃を留めているのだろう。
恐らくはあれもダンジ様が盗んできた装備と見て間違いない。
「そうですね。できればツイソウノ町自治体にバレないうちにですね。」
ダンジ様はにっこりと笑った。
可愛い。
しかしダンジ様をこんな盗人気質に育ててしまって良かったのだろうか。
少し心配になってしまう。
そんな心配と同時に私はダンジ様の成長に感極まっていた。
「それで、ダンジ様はここを調べた結果どんなものを見て来たのですか。」
私が拷問部屋を調べている間にダンジ様が見てきた物について話を聞いた。
ダンジ様がどんなことを言ったとしても褒めてあげるつもりでいる。
褒めて伸ばす。
そして最後にちょっとだけ助言を行う。
昔からある教育法の一つ、アメとムチだ。
まあ実際はアメが九割、ムチが一割と言ったところなのだが。
「まずここの隣の部屋だったんですけど...」
ダンジ様は話し始めた。
意外にもしっかりと調べてあり、それは私が追加調査をする必要がないほどであった。
調査において大切なことは言語力だ。
どんなに詳細に調べられたとしてもそれを言語化できなければ意味がない。
第一他の人に伝えられない。
それどころか後で自分で振り返った時に何のことか理解できなければ再調査を行湧ければならず、何度も同じ場所を調査することになってしまう。
「とてもわかりやすい説明ですね。今後もまた精進をお願いします。」
その点ダンジ様の説明は順序立てがしっかりしている。
まさかダンジ様にそれほどの能力があったとは。
既に極まっている感が更に上限を超える。
...ん。
「話の途中で申し訳ございません。ダンジ様。私はトイレに行きますね。」
貴重なダンジ様のお話だったのだが、私はそれを遮った。
ダンジ様の前では完璧な私を演じなければならない。
故にこれにはもっと早くから対処すべきであった。
私は右手で口元を、左手で股間を抑え、前傾姿勢になってしまう。
自身の視点からは見えないが、第三者視点に置いて今の私は滑稽な姿だろう。
そうとわかっていても私はこの姿勢を解くことができない。
「ああ。トイレでしたら向こうにありましたよ。」
ダンジ様は左奥にある戸を指さした。
私は軽く礼を言ってから慌ててトイレへ駆け込んだ。
<???>
「はぁぁ。最っ高。」
私の口から歓喜という名の唾液が溢れ出る。
それをどうにか右手で抑えようとするのだが、量的に止めることができない。
口元が完全に緩み切ってしまっているのだ。
「ああ、ダンジ様っ。想定外ですよっ。もう。」
私は左手を壁に付き、体が倒れないように支える。
私の吐息は未だ増加傾向にある。
全身から体液がこぼれる。
「自主的に調査をするだけじゃなく、銃を持ち出すなんて...ふひっ。」
脳内物質の一つアドレナリンが暴走する。
想定外、予想外、常識外そういった物に出会ったときはいつもこうだ。
息が荒れる。
視線が乱れる。
生命活動をバランスよく行えない。
「やっぱり、ダンジ様をルートには渡せないよね。」
殺意のような物が生まれる。
無駄に生産された胃液が逆流し、食道を焼く。
その痛みが更に症状を悪化させる。
...
......
.........
私はゆっくりと深呼吸をした。
汚れた服を整え、何事もなかったかのように戸を開ける。
<地下一階-廊下>
「師匠...遅いなぁ。」
あれからもう三十分は経過している。
一般人であれば、体調次第で三十分とトイレに籠るということは十分に考えられる。
しかし師匠はそんな一般人とは違う。
本人は特に明言はしていないが、恐らく師匠は魔女の血を引いている。
よって排泄行為はどんなに長かったとしても五分とかからないはずなのだ。
つまり現在の状況は異常事態ということだ。
「師匠。大丈夫ですか。」
僕は戸の前で声を出す。
しかし分厚い金属製の戸がその声を完全に吸収し切ってしまう。
よく見るとトイレの戸だけ他の物よりも圧倒的に壁が分厚い。
何が何でも音を遮断して見せるという建築士の強い意志を感じる。
「うーん。様子とか見に行った方がいいのかなぁ。」
最適解を言うならば、今すぐにでもトイレの戸を開け状況を確かめるべきなのだろう。
だがそれができない。
卑小な羞恥心と万が一という臆病さがそれを止めるのだ。
けれども、いやだが、万が一の三つの言葉が脳内を周回する。
そんな無意味な五分間が過ぎていく。
「よし。僕も覚悟を決めたぞ。」
僕は戸の前に立つ。
するとガチャン、ギギギっという音と共に戸が開いた。
「申し訳ございません。大変お待たせしました。」
師匠がとぼとぼと出て来る。
心なしか覇気が薄れているようにも見える。
僕はそれらについて触れられるだけの胆力がないため、そっとしておいた。
「では先程ダンジ様がおっしゃっていた鍵のかかった扉の所まで行きましょうか。」
師匠はその視線で僕に案内を促した。
僕は先行し、階段を下って行った。
<地下三階>
「ここです。」
僕は体を扉に対し垂直方向に傾け、右手を伸ばした。
今まで地下にあった扉は全て鍵がかかっていなかったのに対し、この扉にだけ鍵がかかっている点から察するに、この屋敷で最も重要な部屋と思われる。
僕が尊敬する魔女様に関しての記録はほとんど残されていない。
今回の調査で何かわかるかもしれないという希望が湧き上がってくる。
「開きました。」
師匠が言う。
師匠の手には外された扉が握りつぶされていた。
それでいいのだろうか。
鍵のかかった扉に対する対処法が力業で本当にいいのだろうか。
「どうしたのですかダンジ様。行きましょう。」
師匠にとっては扉破壊はあって当たり前の行為なのだろう。
至って自然に先へ進もうとしている。
僕は師匠に誘導されるがままに扉の先へ進んだ。
「これは...どういうことでしょうか。」
目の前にあるそれは僕の理解を超えてしまった。
先程の鍵のかかった扉の先には一本のまっすぐな廊下が伸びていた。
そこまで長いというわけではなく、ほんの距離2程度の短い廊下だった。
何せ唯一の鍵のかかった扉だったのだ。
その先には何か重要な物でも隠されていると思うのが普通だろう。
「ふむ...一見ただの壁に見えますね。」
師匠が言う。
そうただの行き止まりなのだ。
経年劣化で天井が崩落し、道が埋まったとかそういう恣意的な物ではない。
この壁は明らかに人工的に作られている。
「何か大切な物をこの壁の中に埋めたんですかね。」
ここに壁がある理由としてあり得そうなものを挙げる。
それを確かめるように壁に耳を当て、軽く拳で叩いた。
ドッドッ
特に空洞があるような音ではなかった。
「...いえ、折角ですし使いますか。」
師匠がまるで葛藤の末に結論を出したかのように言った。
師匠は左手を壁の前に出し、真下へ下した。
すると壁の各所が光だし、フォンという音と共に起動した。
「旧式の物ですが、これは間違いなく拠点世界への異空転送装置ですね。ステアラであれば誰でも使用することができるようになっているようです。恐らくセキュリティ意識がまだ低い時代に作られたものなのでしょう。」
少し理解が難しい話ではあったが、僕はどうにかそれを自分なりに解釈した。
転送装置と呼ばれるものにはかろうじて聞き覚えがあった。
この宇宙の空間という物は一定且つ一様に存在しているのではなく、常に変形し、膨張続けているという。
その空間の歪みを人工的に起こし、遠くの地点と現在の地点を繋げることで、疑似的な瞬間移動が行える装置のことを空間転移装置と神父様は呼んでいた。
そこから異空転移装置と言っているのだから、異空を移動する物なのだろう。
しかし、神父様は同じく現在の技術力では空間転移装置は作れないと言っていた。
それを百年以上も昔の魔女様が作っていたのだから驚愕だ。
「とその前にダンジ様。」
師匠は異空転移装置の操作を一時中断した。
「今から私たちステアラに関する説明を行います。」
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何を基準とするのか。
多くの場合、自身を基準とするだろう。
だがかつての人類は違った。
すぐ隣に基準とするには都合のいい世界があった。
その世界には魔法だとか超能力だとか奇跡だとか神だとかの不安定要素は一切ない。
重色力、電磁核力、確率波力の三種類のみがその世界を構成していた。
いわゆる完成された完璧な世界だ。
人類はその世界を基底世界と名付けた。
そしてその基底世界の裏にある世界、即ち我ら人類たるホモ=フレキシビレが住んでいた世界を基底双対世界とした。
何故基底双対世界の住人は自分たちの世界を基準として認めなかったのか。
それは裏の世界たる基底双対世界には神がいたからだ。
人々、主に科学者や有権者にとっては神とは不安定な存在であった。
そんな神によって密かにコントロールされている世界を基準にはしたくなかったのだ。
ここまで否定されている神なのだが、それは多くの神の中でも非常に優秀な部類の神であり、ある日まではほとんどすべての人々から認知されていないほどだった。
神々にとって優秀な神というのは、その管理している世界の住民から神の存在が認識されない、若しくは立証されないことであった。
だがそんな優秀な神の存在が明らかとなった日が来てしまった。
基底双対世界の神、即ち裏神は殺されたのだ。
別の世界から来た別の神に。
その別神は人々の前に姿を現し、自らがこの世界の神を殺したと宣言した。
そして別神は世界各国から百人づつランダムに選ばれた人間の前に現れ、神託をした。
別神は人々の闘争を求めた。
そのために別神は計四千人の人間にランダムな超能力を与えた。
十秒間だけ無敵になれる能力、どんな素材も加工できる能力、どんな攻撃も受けない代わりに相手を傷つけられない能力、色々あった。
争いを可能な限り激化させるために、いくらか法則を定めた。
一つ、能力者が能力者を殺した際、その能力は強化される。
二つ、審判の日までに能力者を百人以上殺せなかった能力者は消える。
上記の二つの法則を世界に対し定めたことで争いが始まった。
しかしその中には戦闘という面において絶対的に不利な能力を与えられた者がいた。
それが我々ステアラの始祖となる能力者だ。
現在ではその始祖に関する情報のほとんどが失われており、詳細は始祖の意志と記憶を引き継ぐルート=ステアラくらいしか知らない。
だがそれでも多少の情報は書物にて確認できる。
曰く、戦闘向きな能力のなかった始祖は自身の能力を高くするためにも他の能力者を殺す以外に生き残るすべはなかった。
しかし、他の能力者を殺そうにも自身の能力ではほとんど不可能であった。
そこで始祖は能力による戦いを諦めた。
その代わりに、武術、剣術による暗殺を行った。
能力者同士の戦いでは能力を使って戦うことが一般的であり、まさか能力を補助的にしか使用せず、基本的な古武術のみで戦うとは思われない。
そんな実質的な不意打ちを行い続け、討伐した能力者が十を超えた辺りだった。
始祖の能力が戦闘を可能とするレベルにまで達した。
そう戦闘人形ステアラの登場である。
始祖は能力者同士の戦いによって生まれた大量の死体を用いてステアラを作った。
時には人間以外の生物の死体も基盤としてステアラを作った。
あとは大量生産したステアラを世界中に放ち、その圧倒的物量で押し切るだけだった。
だがかの憎き別神はそれを良しとしなかった。
別神が求めたのは能力者がお互いの能力を生かし合った戦い。
頭数だけそろえた物量戦ではなかった。
そこで別神は世界を一度リセットし、創り変えることにした。
そのことを事前に察知していた当時のステアラは初代ルートと共に拠点世界E0A0へ避難することにした。
別神によって世界は破壊され、そこにいた人々の魂は異世界に追放された。
それがいわゆる追放者である。
「そして失った世界を奪い返し、保護した追放者と共にあの頃の基底双対世界を再興すること。それが私達ステアラの目標。わかっているわよね。未草=ズィオーネくん。」
二代目ルート=ステアラはそう窓の外で荷台に腰かけ、ロマーリアに上から指示を出しているアニスィアに対し独り言として言った。