第三話(修正版)
『シスターはなんでも食べる元気な妖(修正版)』
第一章
三話-指南-
太陽の光が瞼を圧す。そよ風が頬を撫でる。
僕の家の寝室は、窓が西側に付いているため、夕方にならないと部屋に日差しが届かない。
今僕がまぶしい思いをしているということは、とっくに昼過ぎになっているということを表している。
そういえば今日朝の掃除をした覚えがない。というより教会に向かった覚えがない。
「寝坊!?」
僕は勢いよく上半身を起こす。その衝撃でベットが大きく揺れる。僕の心拍数は類を見ないほどに跳ね上がっている。
おかしい。ベットがこんなにも揺れるということがあり得るのだろうか。ベットは左右に振幅40糎で揺れている。
ここまで来てやっと目が覚めてくる。
違和感があるのは当然で、今の僕は自宅のベットで寝ていないからだ。
「いえ、現在は七時なので、寝坊はしていませんよ。大丈夫です。」
ステアラさんが声をかけて来る。
僕は昨日の夜ステアラさんが準備してくれた不思議な寝具から出た。
その寝具はネット状の物が二本の木をまたがるように設置された独特なものだった。違和感を覚えるのも当然である。
「ステアラさんもかなり早起きですけど、昨日はどのくらい寝たのですか?」
僕は村の中でもかなり早起きな方ではあったが、そんな僕よりもステアラさんは早く起きて荷物をまとめる作業をしている。
働き者なのはそれでいいのだが、この旅はまだまだ序盤で、これからが長いというのにしっかりと休めていないと今後体を壊してしまうのではないかと心配になる。
「昨日は徹夜で周辺警備をしていたので、零時間睡眠ですね。」
一番嫌な答えを聞いた気がする。
確かによくよく考えれば、昨日魔獣に襲われたのに、のんきに寝ているというのは常識的に厳しい話で、つまり近くにまだ他の魔獣がいるかもしれない中僕は寝ていたということなのだ。
本来であれば、僕とステアラさんで交代交代に寝て、周辺に警戒を寄せるのが正しい行動だったのだろう。
「ごめんなさい。僕も交代で警備に参加していればこんなことにはならなかったのに。明日からは僕も手伝います。」
心の中で深く反省する。謝罪をしているのだから、反省もするのは当然のことであるが、尚のこと僕は心中深く悔やむ。
しかも野宿の後片付けまでステアラさんが一人で行っている。
本格的に僕はお荷物となっている。いや、ステアラさんが持っている道具には非常に便利なものが多い。よって僕は荷物以上に何もできていないということになる。
「気にしないでください。寝ないことには慣れていますから。」
ステアラさんはあたふたしている僕に対し、まるで安心させるように笑顔を見せた。
僕はその笑顔に申し訳なく思いながら、せめて自分が寝た寝具くらいは自分で片付けようと試みる。
しかし思いのほかこの寝具に苦戦してしまい、結局ステアラさんに手伝ってもらってしまった。
教会の人間ともあろう者が、ここ二日でこの失態の連続となると非常に恥じるべきことである。
「そう言えば昨日は警備中に何かありませんでしたか?」
なんてことのない普通の質問だ。もしこれで何かが起きていたら、更に僕の罪悪感を増す結果となるだろう。
「魔獣に数体会いましたが、すべて倒して、これに加工しました。」
ステアラさんは干し肉を指して自慢気に言った。
もしやこの人はありえないほど有能な人なのではないだろうか。
僕なんかと一緒に行動していい人物なのか。もっと中央で公務とかをすべき方なのではないだろうか。
「明日からは僕も何かあれば手伝います。」
せめてステアラさんに少しでも休んでもらおうと提案する。
魔獣の討伐はできないが、ある程度生活に関わることくらいはできるはずだ。
それに一人前の修道士になるのであれば、あの位の魔獣は一人で倒せるようにならなければならない。
「であれば、もし魔獣を見つけた際には私を起こしてくださいね。」
僕は頷き、出発の準備を終わらせた。
それから僕たちは昼の間は雑談をしながら山道を進み、夕方にはステアラさんが加工した肉と僕が拾ってきた山菜を食べた。
肝心の夜の間は、二人で交代しながら寝て、もし魔獣を見つけた時には二人で戦った。
二人で戦うと言っても、基本はステアラさんが戦って、僕は指導を受けながら補助をする程度だ。
ステアラさんは素晴らしい剣の腕を持ってはいたが、別に剣術の使いと言う訳ではないらしく、拳術家だと言っていた。
実際ステアラさんの指導は、体術が基本で、武器を使うのはもう少し体術に慣れてからだと言われた。
そんな生活を二日間程繰り返した。
「このペースで行けば、今日の昼頃にはツイソウノ町に着きそうですね。」
僕は雑談の一環としてステアラ師匠に言う。
「ツイソウノ町ですか。話でしか聞いたことがないですね。」
ステアラ師匠は僕の方を見ながら言った。これはツイソウノ町について教えてほしいということなのだろう。
まだ出会って四日目ではあるが、ある程度ステアラ師匠の考えていることがわかるようになってきた。
だが残念なことに僕もツイソウノ町には行ったことがないので、満足に答えられないかもしれないが、今は話をすることが目的なので、聞いた話でも充分だろう。
「僕も聞いただけなのですが、確かツイソウノ町と言うのは150年前にあの魔女様がご降臨なされた地として聖地となっているらしいんですよ。当時壊滅していた村を魔女様が再建したことにより、今でもツイソウノ町はここら一帯で一番栄えている町になったそうです。ステアラ師匠はどういう話を聞いたのですか?」
どうにか情報を捻り出すことに成功した。そしてそのままステアラ師匠に話題を振りなおした。これで更に会話は続くだろう。
「そうですね。確かそのツイソウノ町は聖地であることも相まって、メンゾギア教の信者が集まっている反面、反メンゾギア教組織のチャバンという組織の根城があるとも聞いています。ですのでダンジ様は決して私から離れないようにお願いしますね。」
流石に四六時中ずっと一緒にいろという意味ではないということ位はわかるのだが、にしてもステアラ師匠は多少過保護である。
一応僕は魔女様の血を引いているのだから、そんじゃそこらの人間にはまず負けない。
「大丈夫ですよ。ツイソウノ町にはメンゾギア教のそこそこ大きな支部教会があって、そこで治安維持のために教会の人間がほぼ一日中巡回をしているとも聞きますから。」
まあそれでもチャバンの人たちは教会に立てついているのだから、相当神経の太い人たちである。
「ダンジ様は私よりもその人達を信用するのですね。悲しいです。」
最近になってわかってきたことなのだが、ステアラさんは意外にも会話の中に冗談を挟んでくることがあるのだ。
初対面の時はただ仕事熱心で真面目な人かと思っていたのだが、それとも僕に心を開いて来たのだろうか。
「あっ、そんなことより町が見えてきましたよ。」
答えづらい質問から話を逸らしつつ、僕は右手の人差し指を前方に向けた。
近くで見るとかなり迫力がある。
ツイソウノ町はかつて戦場の最前線近くの町であった名残から、町を取り囲むように壁が築かれている。
当時の最先端技術、と言えば聞こえはいいかもしれないが、単純にレンガを積んだだけの粗末な壁がそこにはあった。
倒壊の危険性が高いということもあって、後に表面をコンクリートで塗り固められている。
そしてそのコンクリートを塗ったのがあの魔女様だという話もある。非常に活躍が多い。
「お疲れさまでーす。」
僕は門番の人にそれだけ言って町に入った。何故通行証的なものもなく、検査等があるわけでもなくここを通れるのかというと、今の門番は飾り程度にしか働いていないのだ。
というのも、今は昔と違って戦争も特にない上に、周辺の魔獣は教会の関係者がほとんど討伐してしまっているので、門番はほとんど仕事がない。
それでも、暇を持て余した老人からは、ただ突っ立っているだけで給料が発生する仕事として人気の職業だという。
それに飾りとはいっても、ほとんど観光地と化しているこの町にとっては、飾りも立派な仕事である。
「おー、ステアラ師匠。凄いですよ。足元がなんか固いです。」
僕は初めて来た町にはしゃいでいるのだが、いかんせん上手く言葉が出てこなく、なんか固いというしょうもない言葉が発せられてしまった。
というよりそもそも、こんな町中で無意味にピョンピョン跳ねているというのも、みっともない話である。
「この町では道が舗装されているのですね。馬車や牛車のようなものでも走っているのでしょうか。」
ステアラ師匠の言葉を聞いてやっと思い出した。そう、舗装。その単語が出てこなかった。
僕のいた村では足元が土のままで、人の手でわざわざ作った訳ではなく、自然に踏み固められてできた道くらいしかなかった。そのため人通りの少ない家の裏はかなり悲惨な状況になっていたものだ。もはや懐かしいまである。
それに対しこの町では、足元がレンガによって舗装されているおかげで、雑草が生える隙間すら与えていない。その上ステアラ師匠が言うように、馬車などが通り安いようになっている。
やっぱりステアラ師匠は何事にも知識が豊富である。そのことはここ三日間の旅でも充分わかっているのだが、町に来てさらにそれが顕著に表れている気がする。
「おい、そこの修道士さん。今日の食事用にこの野菜とかどうだ?」
突然話しかけられた。
僕の村ではこんなことはまずないため、露骨に驚いてしまったが、これはいわゆる商店の声掛けというやつなのだろう。
こんな田舎者丸出しな反応をしてしまったため、羞恥に身を焦がされそうであるが、ステアラ師匠の方がよっぽど露骨な反応をしていた。
「大丈夫ですよ。ただの店員です。」
僕の言葉を聞いたステアラ師匠は背中に握っていたナイフをそっと鞄にしまった。幸いにして店員からはナイフが見えていなかったため、そこまで大きな問題にはならなかったが、今後もこの調子だと心配だ。
気を取り直して僕はその野菜を見る。
中には見たこともない野菜が何種類かはあったが、どうにも鮮度が気になる。大きな町であるから、野菜は周辺から運ばれてくるものを売っているのであろう、普段出来立ての野菜を見ている僕からすれば粗悪品に見えて仕方がない。ここは種類の多さで勝負するのであろう。
それよりも今の僕は、この野菜屋の右隣の商店の方が気になる。
僕は野菜を眺めつつ横に移動し、しれっとその隣の商店の前に立つ。
「ステアラ師匠、これは何か知っていますか?」
目の前には何とも形容しがたい物体が並んでいる。奇妙なのは見た目だけではなく、匂いも独特だ。
僕はステアラ師匠ならきっとこれが何か知っているだろうと踏んで、質問する。
「これは海産物というものですね。確かここから西に進んだとことに海があるので、そこで獲れた魚なのでしょう。」
つまりここは魚屋ということらしい。
山に囲まれたあの村では巡り合うことのできない物であることに間違いはない。
にしてもこの生き物は普段どうやって生活をしているのだろうか。足もなければ歯もない。非常に興味深い。
ザワッ
背後の人混みから何人もの声が混ざったような音と手を叩く音が聞こえた。
振り返るとそこには不自然な円形に人が集まっている。
よく耳を澄ませれば、その中心付近から何か歌のようなものが聞こえる。
「あれは路上ライブでしょうか。」
ステアラ師匠が言う。
路上ライブ、聞いたことはないが何か楽しそうな雰囲気がある。
「路上ライブとは何ですか?」
僕は好奇心から尋ねる。
そのとき無意識のうちに両手で拳を握り、鎖骨前に持って行った。丁度子供っぽい仕草の一覧に乗りそうな仕草である。
それを見たステアラさんは少し歯を食いしばるようにしてから答えた。
「人通りの多い場所で曲を披露することにより、金銭を集める行為のことを示すものと記憶しております。」
僕のいた村には曲で生きている人間は一人もいなかった。たまに歌う人が遠くから来たことはあったが、みんなそれを珍味奇天烈なものとしか認識していなかった。
「少し見に行ってもいいですか?」
僕の目には更なる輝きが伴っている。
「ダンジ様、今は先に教会へ向かいましょう。」
ステアラ師匠の一言にはっとする。
そう言えば僕たちは今試練の途中であった。
各教会支部に個別に設けられた目標をクリアしていかないと僕はいつまで経っても一人前にはなれない。
僕たちは名残惜しいがここ、ツイソウノ町の教会に行くことにした。
途中親切にも道を教えてくれたおじさんに僕は礼を言いながら、教えてもらった通りに歩く。
ステアラさんはと言うと、あのおじさんが本当の道を教えなかった可能性があるなどと言って周囲に警戒の目を向けている。
心配のし過ぎとは思うが、確かにこの町には反メンゾギア教組織があるので、警戒をするに越したことはないのだが。
「せめて刃物はしまってもらえませんか。この辺りはまだ人通りが多いので目立ってしまいますよ。」
僕はそっと注意する。
「ここにいる人間全員が敵である可能性を否定しきれない以上、ナイフをしまうだけに止めておきます。」
いろいろごたごた言ってはいるがしっかりとナイフはしまった。
道を聞いていた時点で思っていたことなのだが、この町はあまりにも広く、あまりにも複雑だ。よくこの町の人は迷子にならずに済んでいるものだ。
「ステアラ師匠、見えてきましたよ。あれが多分その教会です。」
ここまででも充分長い旅ではあったが、まだまだ僕たちの旅は始まったばかりで、これからも苦難が待っていることは必至なのだ。
僕は覚悟を決め、試練の第一歩となるであろう扉を押し開、引き開いた。
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朝、私はゆっくりと体を起こす。
全身が痛い。主に肩と腰が痛い。
昨日私はルートのいた家に泊まることになり、どうにか屋根の下で寝ることに成功はしたのだが、恐ろしいことにルートの意向で床に寝ることとなってしまった。
「こんな所で寝ていたら美容に悪いですよぉ。」
私は右隣にいる私の父親に話しかける。
「別にいいじゃない。どうせ私たちは寝方どうこうでは容姿に影響を与えられないわよ。」
ルートは豪華なベットから起きながら言った。
しかもかなり可愛いパジャマまで着ている。ずるい。私もそういうのが着たい。
「そういう問題じゃないんですよ。どうして私だけ床で寝てるんですか。しかも謎に寝室の床で。」
昨日の夜寝室まで案内された挙句、この床で寝ろと言われたときは本当に意味がわからなかった。
しかも結局風呂も使わせてもらえず、着替えもないと言われてしまっていた。
「あら、もしかして私と寝たかったの?大きくなってからにしなさい(意味深)。」
いつまでも子供扱いをしよる。
「私だってもう二歳なんだし、一人前として見てくれてもいいんですよ。」
私は胸を張り、そこに左手を当てて言った。
「は~あ、貴方じゃ無理ね。実際貴方が出した成果と言ったらほんの数冊の本と、悪霊から逃げて来た実績だけじゃない。それでは次のルートにはなれないわよ。いいからそのない胸を張るのはやめなさい。」
泣きそう。
いや、私には涙を流すなんて機能は存在していないのだが、心はもうズタズタである。
でも実際昨日報告できたのはその二つだけであるというのは事実であるし、せっかく集めた遺伝子データも悪霊から逃げる際に紛失してしまった。
「それにどんな場所でも寝れるよな柔軟性もないとこの先厳しいわよ。」
私が悪いのではない。周りのステアラが強すぎるのだ。
所詮は人間を元にして作られたステアラである私にはその程度の能力しかない。
他のステアラはなんか50米くらい一跳びでジャンプしたり、長々とした計算を一瞬で行うような怪物ばっかりなのだ。人間の延長でしかない私にはルートになるだなんて不可能もいいところなのだ。
「まあいいわ。貴方の実力がわかったもの、私はもう向こうに戻るわ。この家は貴方にあげるから後は好きにしなさい。」
結局ルートはその日のうちに帰ってしまった。
私は今のところ、すべてのステアラの中でも下から数えた方が早いような存在でしかない。だがそれは今のところというだけであって、この先の活躍次第では今よりも上に立つことだってできるはずなのだ。
まずもって目下の目標は、今のルートを超えることである。
決意を固めた私は、新たな知識を求めて荷物をまとめた。
私は今、昨日いた村から少し離れた山にいる。
理由は至って単純で、昨日の兵団がまだいるかもしれないからなのだ。
今いる地点から村までは二粁程離れているため、常人の視力では私のことを認識すらできないだろう。
「いるなぁ。」
東南西北それぞれに兵士が二人ずつが見張っており、村の中には十人くらいの兵士が調査らしきことをしている。
なので村に入ることはかなり厳しいのだが、今回の目的は村に入ることではない。あの兵士たちの出どころの部分だ。
何もないところから突然兵士は現れたりはしない。必ず駐屯地や、途中で経由した町などがあるはずなのだ。
いた。西側から補給部隊らしき集団が村に入る。
私は少し遠回りにはなるが、南回りで補給部隊の裏に回る。
補給を終えた兵士たちは、各方角にいる見張りと交代し、先ほどまで見張りだった兵士たちは空になった荷車を引きながら西に進んでいった。
私はその後ろをひっそりと付いていく。隠密行動には自信がある。
だが少し奇妙だ。
歩行スピードが速すぎる。本来集団で行動する場合には、移動速度が低下するのが一般的だ。
なのにあの兵士たちはもはや走っているまである。何を急いでいるのだろうか。
思い当たる節が一つあった。昨日見たあの悪霊だろう。
悪霊は強い光を避ける傾向にある反面、この国の技術力では持ち運べる光源が作れないのだろう。
つまりあの兵士たちは夜になる前に次の町やら村やらに行かなければならないということなのだろう。
王国の兵士たちが悪霊にビビッて急いでいる姿はどこか滑稽である。
そしてその悪霊のおかげで、この国には村などの集落が走って一日以内の距離に点在していることがわかる。
これは楽な旅になりそうだ。
実際八時間も経たないうちに次の村に着いた。
こんなにも小規模な村がたくさんあるとなると、ここの住人はかなり苦労していそうだ。
体力のある人でないとこの世界では生きていけないのだろう。その証拠に、この国に来てから高齢者という高齢者を一人たりとも見ていない。
兵団は兵舎のような場所に荷車を置いて、中に入っていった。
そのタイミングを見計らって私は、兵士たちが入っていった入口とは別の方角にある入り口からそこの村に入った。
「あの、すいません。ここに宿はありますか。」
若干たどたどしいが、この程度ならまだ会話が苦手なだけの人と思えなくもない。
私は顔を見られないように気を付けながら話しかけた。
「ああ、宿ならそこに見える建物がそうだよ。」
村人は少し離れた場所を指して言った。
私は礼を言ってからその宿の方向に歩いて行った。
さて、問題はその宿が先払いなのか後払いなのかによる。もしも先払いだった場合、今日の野宿は確定的になってしまう。
まあ適当な家に泊めてもらうという手もなくはないのだが、それだと顔を覚えられてしまう可能性があるのだ。あるとすれば最終手段だろう。
「一泊ですと、十万リラになります。」
今日は野宿かぁ。野宿だとワンチャン兵士に見つかる可能性があるんだよなぁ。
そうこうしていても仕方がない。まだ日が高いのだし、周辺の地質調査でもして時間を潰すとしよう。
「えーと、これは大分シダ植物に近い構造を持っていて、んんんん、ちょっと苦みがある感じだね。毒はないっぽい。」
私は地質調査と言っておきながら植物観察に勤しんでいる。元々地学よりも生物学の方が好きなのでそちら側に流れてしまうのは必至なのだ。
こう、静かな自然の中でゆったりと動植物と触れ合うというのは何とも心地よい時間なのだろうか。
だからこそ、今あの村がある方向から発生している大きな音には苦言を呈さずにはいられない。
「なんなのさ、人がせっかく自由な時間を謳歌しているというのに。」
私は状況を確認するために作業を一旦中断し、村に戻ることにした。
それはもう酷い光景が私の目に映っていた。
人が人を殺し殺されている。つまるところの戦争である。
かなり一方的な戦いが展開されている。
守備側、即ち元々この村に駐屯していた兵士たちは安っぽい鎧と粗雑なつくりの剣でもって戦っているのに対し、侵略者側は前衛に大盾、後衛に銃を使って戦っている。
銃が火縄銃のさらに前のレベルの粗悪品とはいえ、それでも戦力差は圧倒的である。その上侵略者の荷車には電球らしきものが吊るされている。文明レベルで既に負けているのに、守備側に勝てる見込みはまったくない。
このまま駐屯されている兵団が居なくなってくれると私個人としても動きやすくなるのだが、侵略者側はここで何をするかわからないので、どちらにも勝ってほしくない。
ここはどちらか一方が勝ったところに奇襲をかけるのが最適であろうと推察できる。
などと考えている間に決着がついてしまった。当然勝ったのは侵略者側である。
私は勝利の方向を上げるのに勤しんでいる隊長っぽい人の頭部を狙って発砲する。私が使っている銃はあんな低レベルの代物などではなく、一回のリロードで十二発も打てる最新式のハンドガンである。
数も凄いが威力も十分である。打った後に加速するという謎技術のおかげで、少ない反動でも高い威力を出せる。
私は侵略者が動揺している間に他の銃を持っている敵を優先的に撃ち殺す。
銃弾が空になってしまったが、人の動揺はそこまで長い時間持続はしない。そのため私はあえてリロードはせず、銃を相手にめがけて投げつけ、腰から更なる銃を取り出し発砲する。
ほんの十秒程度で敵部隊の銃持ちを全員殺すことに成功した。
残るは盾持ちだろうが、盾と槍だけではこのハンドガンに対し勝ち目がない。愚かなことに敵のうちの一人が私の投げた銃を拾い、見よう見まねで撃とうとしていた。銃弾が入っていないのに撃てるはずもなく、一方的な蹂躙が行われた。
念のため敵兵は三人ほど生かしておき、後で拷問しておく。
すべてが終わった後、私の周囲には村人たちが囲っていた。こいつらも私の敵なのだろうか。
「あの、何と礼を申し上げてよいものか。我々をコンフィテ軍から守っていただきありがとうございます。」
投げかけられた言葉は予想とは大きく違うものだった。
そうか、よくよく考えれば今の私はこの村の侵略者から守った救世主的な存在になっているのか。
これは利用できる。ここを拠点に金や情報を集めることができるやも知れない。
「いえいえ、美少女として当然のことをしただけですよ。」
私はそういうとフードを外し、透き通るような白い肌をあらわにする。
もうここに兵士の生き残りはいないのだから、顔を晒しても何も言われやしないだろう。
「おお、でしたら何か報奨を出さなければですね。えー、こういう場合は確か最低でも四千万リラを支払うのが法で定められていたはずです。」
そんな法なんかあるのか。しかし宿代が一泊十万リラだったことを思えば、四千万もあればかなりいい生活が送れるのではないだろうか。
「そうですね、私には最低限でも大丈夫ですよ。ではお金を準備している間は私がこの辺の死体を片付けておきますね。どこに埋めればいいですか。」
「では、向こうの畑にでも埋めておいてください。」
「わかりました。」
とんでもない埋葬方法をするんだな。というか生のままの死体を埋めてもいいのだろうか。
一応火葬はしておいた方が植物たちのためにもなる気がする。
とりあえず私は死体からみぐるみやらを剥いでから、死体を畑まで持っていった。
時期的なことなのかはわからないが、畑には枯れた植物が散乱していた。これならここに火をつけても文句は言われないだろう。
私は鞄からライターを取り出し解体された死体に火を点けて回った。
保存料の入っていない死体はよく燃える。
最後に灰になった死体をよく土と混ぜておいた。農業にはあまり詳しくはないのだが、誰も文句を言わないのできっとこれで合っているのだろう。
「さて、」
私は兵舎に運び込まれた三人の捕虜と向かい合った。
「可能な限り情報を吐いてくれると嬉しいな。」
拷問はあまりやったことはないのだが、どうにか先輩たちがやっていたようにそのコンフィテ軍とやらの爪を剥いでいく。
初めてなので上手くいかないが、その分痛みがあるらしく、兵士達はたくさんの情報を吐いてくれた。
今この国、即ちパエッセ王国とコンフィテ連合国が戦争状態になっていることや、この付近の地理についても教えてもらえた。
「あっ、そうそう悪霊について何か知らない?」
現状なんか害をもたらす幽霊という認識しかないが、もしかしたらルートですら知りえない情報があるかもしれない。
「なんだよさっきから。皆が知ってるようなことばっかり訊きやがって。」
手首に釘を打つ。
「~~~~~。わかったわかった。悪霊っていうのはあの暗い場所に出てくる奴で、こっちからは攻撃できないくせに向こうからは攻撃してくる嫌な奴だよ。」
「ふ~ん。で?攻撃が効かないとか言ってるけど、倒す方法はないってこと?」
腕に釘を打つ。
「聞いた話だと魔法を使って倒せるとか何とか。」
「聞いた話とかじゃなくて、自分で見た情報を出してくれない?」
足首に釘を打つ。
「実際に見た。パエッセ王国の奴らが支持率上げのために倒して回っているのを見た。」
「で?どうやって倒してたの?」
膝をやすりで削る。
「俺にはただ掌を前に出しているようにしか見えなかった。多分それが魔法ってやつだ。」
「そういう嘘はいいから。どういう道具を使って倒しての?」
眼球に針を入れる。
「嘘じゃないって。魔法の使える奴らはみんなパエッセに持ってかれるんだ。それを奪い返すための戦争やってんだ。」
「じゃあ詳しいことは知らないんだね。」
兵士たちの拘束を解き、野に放つ。と言っても足を壊しているため、数日はまっすぐ歩けなくはなっている。
どうして魔法がどうの言うのだろうか。そんな嘘が見破れないとでも思われているのか、それとも本当に魔法があるとでも思っているのだろうか。
いや、この国には本当に魔法があるのだろうか。もし魔法について調べてルートに提出すれば実力を認めてもらえるかもしれない。
魔法の使える人は王国に集められるのか、ということはしばらく王国を目指すということでいいのかな。
私は満足気に宿へ向かった。