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第一話(修正版)

『シスターはなんでも食べる元気な()(修正版)』

第一章

一話 -門出-

雲一つない青空の下、名もなき集落に今日も人々は生きている。世の者は「もうこの世界は終わりだ」だとか、「神は我々を見捨てた」などと言う者もいるが、それでも人々の生活は続く。たとえ国が滅びたとしてもこの集落の者は生きていくだろう。それどころか国が滅びたことにすら気付かないかもしれない。それほどまでに中心街から離れ、周囲から隔離された集落なのだ。周囲を山で囲まれたこのド田舎であっても人の営みは続く。

ある村民はハサミを持ち、野菜の収穫作業をしている。と言っても畑の規模は極めて小さい。生産効率も悪く、農民は4人しかいない。それでも十分なのだ。そもそもここの集落の人口は15人程度。小規模な畑でもむしろ余るくらいの食料が確保できる。それに山に囲まれているおかげで自然災害もそこまでひどくない。それどころかこの集落には人生で一度も大雨や台風を経験することなく天命を終える者すら珍しくない。

ある村民は山に仕掛けた罠でもって動物を捕獲している。当然食用だ。その中でも可能な限り老年な動物だけを縄で縛り、子供の動物は逃がしている。乱獲しても消費する人間がいないからだ。ちなみにこの村民は別に狩人というわけでもなく、本来はこの集落の治安を維持するための警備員だ。この治安のいい集落の中では暇を持て余し、狩りを副業として行っている。そしてこの者は本来王国から派遣された兵士なのにも関わらず王国が滅びていることを知らない。先程、国が滅びてもそれに気づかないかもしれないと述べたが、実際既に王国は滅びている。当時の王国の官僚でさえこの集落の存在を知る者は少なかったという。そのためこの兵士に事実を伝えられることはなく、街で帰りを待つ家族からは浮気疑惑をかけられてしまっている。

王国の滅亡を知る者はこの集落では教会の神父及びその部下の二人しかいない。小規模な集落に不釣り合いな規模の教会。これはメンゾギア教の教会で、築150年というかなり歴史のある建造物だ。伝承には、150年前メンゾギア教の始祖である虚言の魔女がたった一週間で造り上げたと言われているが、流石にそれは盛っているだろうという意見が主流だ。当時にこれほどの建築技術はなかった。150年という月日が美化させたと考えるのが"普通"だ。そしてその教会の管理は代々魔女の子孫が務める決まりとなっている。それは宗教観的な理由からではない。魔女の血を引くものは、一般的な人間よりも身体能力や情報処理能力が高いのだ。そのため激務とも言える教会の管理はとても一般人には務まらない。だが実際には人手不足により時々一般人も管理している。例にもれずここの教会は魔女の血を引かない一般人神父が管理している。そのため実務は、魔女の血を引く見習い修道士に任せっきりなのだ。だが神父がそこまでしても回らないほど、神父は仕事が多い。故にここの神父は…


夜。警備員以外の村人が寝静まった頃、教会の礼拝堂に神父が立っていた。手元には先程作業を終えたばかりの書類が束ねられている。実務のほとんどは修道士に任せ、神父は執務に専念している。それが夜まで続くほどの量の作業をしたのだ。そこに音もなく、黒茶色のローブで姿を隠した者が現れる。顔はフードで覆われ見えない。神父は背後に現れた不審人物に気付いている。だがそれに恐怖することもなく、冷静に言葉を添える。

「報告を。」

神父がそう言うとローブを着た者は片膝を付き、顔をうつむいた。その者は神父の部下だったのだ。村の中では神父たち二人だけで激務を行っているということにして威厳を保っている。そこにこんな怪しい者が追加でいるということはあまり知られたくない。そのため会う機会を深夜に限定しているのだ。

「東北東の魔陣ですが、活性化まであまり日がないと思われます。恐らく明日の夜には。」

魔陣…それはかつて魔女が表舞台から去った辺りから世界中に出現するようになった災害と言われている。活性化した際には、内部から魔獣と呼ばれる獣が現れる。特に人が密集する地での確認が多く、現状事前に防ぐ手段が見つかっていない。そのため各街には兵団が常駐することになっているが、この集落には兵が一人しかいない。普段はそれでもどうにかなる程度の魔獣しか訪れないのだが。

「大きさはどうでしたか?」

「15~16はありました。」

神父は右手を額に当て、眉に力みを加える。本来なら、こんな郊外に大規模な魔陣が出現することはまずありえない。そのためこの村にできることと言えば逃げることくらいだ。しかし山に囲まれたこの村の逃げ道と言えば限られた程度しか存在しない。魔獣は遠くからでも人間の位置を察知し、より人数の多いほうに向けて襲い掛かる習性がある。そんな状態で近くの町に避難しようものなら、その町ごと滅びてしまうかもしれない。大人数を村に残して犠牲にし、数人だけ逃がすのが精いっぱいということだ。

「…となればあの子だけでも生かさなければですね。私たちが囮になりましょう。今から各村人宛ての指示書を用意します。二時間以内に届けてください。」

神父は村人全員が犠牲になることを了承すると思っているようだった。それこで神父は事前に書いておいた指示書を取り出し、部下に渡した。

「五分以内に終えます。」

そう言って神父の部下は教会を後にした。それを目視した神父は紙とペンを取り出し、祭壇横の机で作業を始める。紙の始端から終端まで文字を敷き詰める。実質遺書のようなものだ。可能な限り自分の意思を後世に残すため、小さな字で紙を埋める。作業を終え、ペンを机に置く。広背筋を緊張させ、一呼吸おいてから緩める。そこまでしてやっと神父は違和感を得た。それは左後方の人の気配だった。

「いるならいると言ってください。というかまだ三十分しか経ってませんよ。」

一瞬感じた恐怖を理性が抑えた。幽霊などはいない。ならばいるのは先程見送った部下以外ありえないのだ。

「五分以内に終わらせる旨を伝えたはずですが?」

本当に五分以内に終わらせたらしい。あれは冗談ではなかったのか。二年前に拾ってからこいつはわからないことだらけだ。ちゃんと仕事はこなしてくれるがいつも心臓に攻撃する姿勢は何なのか。だがそれも明日で終わりだ。私たちは明日魔獣をひきつけ死ぬのだから。

「これはあなた宛ての指令書です。いるなら口頭で伝えたというのに。まぁいいでしょう。これをよく読んでください。あなたへの最後の指令です。」

神父の部下は軽く目を通してから紙を神父に返し、闇に紛れた。

「…相変わらず読むのが早いのですね。せっかく頑張って書いたのに。」


朝、村はいつも通りの活気がある。今日中に魔獣が攻めてくることを承知の上であるにもかかわらず、村人は通常通り活動している。意外にも自らを囮としてたった一人を逃がすことに賛成したということだ。そんな村人たちの中で唯一何も知らない少年がいる。赤紫色の修道服を身にまとった少年は、やや小走りで教会へ向かっている。遅刻間近なのだ。春の陽気は寝坊を誘発する。だが少年の遅刻理由はそんなところにはない。彼の体内時計はいたって正確で、一秒の狂いもない。かと言って何か特別な理由があるというわけでもない。単に朝食をとるのに時間がかかったというしょうもない理由なのだ。

少年は教会の戸に手をかけ、引き開く。

「ごめんなさい。遅れました。」

変声期に差し掛かって間もない高めの声が教会内部に響き渡る。少年は視線を左前方の神父がいる方向に向ける。神父の手には雑巾が握られており、椅子を拭いている。そのまま手を止め、雑巾をその場に置く。その後顔を上げ、五尺に満たない背の少年を見つめ言う。

「大丈夫ですよダンジ君。時間内に来れていますよ。」

神父はそっと笑いかける。時計の針は始業時間の三分前を指している。しかし実際には、ここの時計は四分遅れている。つまり一分の遅刻ということだ。とりわけダンジだけがその事実を知っているという訳ではない。神父も時計の遅れは知っている。単に教会の運営のほぼ全てをダンジに任せきっている以上、ダンジに甘いだけなのだ。

「それはそうとダンジ君、今日は少し話があります。少し待っていてください。」

そう言って神父は祭壇横の机上に載っている書類を取り出し、ダンジに渡した。そこには要約すると以下のようなことが書いてあった。

・これから試練へ赴くこと

・試練が終わるまで村へは帰ってはならないこと

・護衛を一人つけるためその人に極力従うこと

・いざというときは魔女の血を引いていることを明かすこと

「えっ、僕はまだ十四ですよ。試練には早すぎると思います。」

思わずダンジはつま先立ちになりながら声を上げる。その際彼の持つ茶髪は宙に浮き、窓から覗く日光に照らされる。そんなことをしても神父の心は揺るがない。

「ですが試練に年齢制限はありません。それにダンジ君は優秀ですから大丈夫ですよ。」

確かに試練を行う年齢には下限も上限もない。だが常識的に考えた場合、成人してから行うものであって、早くても成人の儀も兼ねて行う程度。それでも途中で死者が出る若しくは逃亡する者が少しいるくらいには危険なのだ。

「それに僕が試練のためにこの村を離れたら誰がここの教会を運営するんですか?」

これは神父の心が揺らいだ。神父一人で教会は回らない。そもそも今夜中にこの村は滅ぶ予定なので運営も人手も無意味なのだが、それをダンジに説明するわけにはいかないのだ。もし説明しようものなら一緒に戦うなんて言い出すかもしれないからだ。

「それに関しては心配ないですよ。ダンジ君の試練に関しては一か月程前から決まっていたので、本部から応援が来ます。問題ありません。」

ちょうどいい言い訳が思いつけた。ダンジは既に決定した項目に関しては反対しないという性格を神父は知っていた。たとえその嘘がばれたとしても、理由が言えないということは伝わるだろう。それでもダンジは質問攻めをやめない。

「ここに試練が終わるまで村への帰還を禁じるってありますけど、試練の最短記録って一年切れないくらいでしたよね!?」

ここまで出ている試練というのは、国中のメンゾギア教の教会を回るというもの。メンゾギア教は国では最大規模の宗教団体なのだ。当然一朝一夕じゃ終わらない。

「ですが一人前になるためには、いつか試練を行わなければならないのですよ。それが今日だっただけです。」

ごり押しでごまかす。流石にここまで神父が諦めないとなるとダンジも根気尽きてきたようだ。視線は斜め下に向き、口を閉じてしまった。。そこに神父はタイミングを見計らって口を開く。

「ではそこにある護衛の者を紹介しますね。来なさい。」

神父が合図をすると、祭壇東側の扉‐即ち神父の私室がある扉がゆっくりと開く。そこからシスター服を着た黒髪の青年が出てきた。

†神父に電流走る†

思わず神父はそのシスターに駆け足気味に歩み寄り、左手を口元に当て、何かを憤怒するように言う。しかしその怒りとは裏腹に、声量はかなり抑えられている。そのためダンジには、神父がシスターに何を必死に言っているのかがわからない。ダンジはきょとんとしながらその姿を見つめていた。神父が何やら内緒話のようなことをしているのはわかっているのだが、それをわざわざ聞き耳たてて盗聴するような真似はしない。そこに突然シスターが口を開く。

「特に指定等はありませんでしたので。」

その一文だけでは何のことだかわからない。だが神父の発言に対する返答であることは自明だった。神父は嫌そうに眉に力みを入れたのち、諦めたかのようにため息をつく。そして右手で作った拳を顔の前に持っていき、軽く咳払いをした。

「と…ともかく、この者は試練の間ダンジ君の補佐兼護衛をしてもらいます。存分に頼ってもいいのですがあくまで試練を受けるのはダンジ君です。数年前に比べれば試練も簡単になりましたから、そこまで心配することもないですよ。」

神父が話し終わると、そのシスターは一歩前に出て、頭を下げた。そこまでしてやっとダンジは半混乱状態から解放された。神父に部下がいるということはダンジですら知らないため、あくまでこの二人は初対面ということだ。ダンジは取り戻した冷静さでもって挨拶をする。

「あっ…あの…シスター様、はじめまして。僕はここの教会の見習い修道士のダンジと申します。本日は僕のために護衛の件、受けてくれてありがとうございます。大変恐縮なのですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

序盤こそつっかえてしまったが、概ね完璧な挨拶と言えるだろう。だが動作に関しては完璧とは程遠い。勢いよく頭を下げたせいで、肩掛けがひっくり返ってしまった上、頭を直角以上に下げてしまった。店員が謝罪するときでさえそこまでは下げないだろう。だがシスターはそれを特に気にするようなそぶりは見せない。それよりもダンジが行った質問そのものに気を取られているようだった。

「名前…ですか。そうですね…。なんと言えば良いのでしょうか。」

シスターは考え込んでしまう。本来出会ったタイミングで名を名乗りあうというのは一般的と言える。この国では、名前単体では特に意味をなさない。名前はあくまで名前、その個人を呼称する際の記号程度でしかない。故に名乗りをためらうということはまずありえない。その異様な空気感を神父が崩す。

「以前言っておりませんでしたっけ?あの…てあ…何とかと。」

非常にうろ覚えだった。ダンジは知らないのだが、神父とこのシスターは二年以上の付き合になる。にも関わらず、名前を正確に思い出せないというのはかなりの失礼にあたる。というかそもそもシスターは神父にまともに名乗っていなかっただけなのだが。

「それはもしかして、カレント・ステアラ7Gのことですか?」

なかなか思い出せない神父に対しシスターがすぐさま答える。これは厳密にいえばこのシスターの名前ではない。というより個人名に7Gなんてつける者はまずいない。幸いここの住人にはそういったことはわからないらしく、特に気にするようなことはない。

「ステアラさんというのですね。どうか旅の間よろしくお願いします。」

日本人、困ったらとりあえずよろしく言いがちだとはよく言われるが、この国の者もよく多用してしまう。ダンジも何を言えば良いのかわからなかったのだ。仕方ない。それに対しシスターは顔をしかめる。そして少しの間の後口を開いた。

「そうですね。私の名はステアラです。では行きましょうか。」

やや不自然な返答をしたシスターもといステアラはダンジの腕を掴み、教会の出口へと足を向けた。この名前問題をなんとかごまかしたいのだろう。ダンジが転びそうになる程度の歩行ペースでもって教会を後にした。


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木造平屋建ての民家が立ち並ぶ小さな村があった。まだ日は高く、人々が寝静まっているとは到底思えない時間帯だ。それに雲はまばらで雨などは一切降っていない。この空には今のところ太陽の光を邪魔するものはない。本来であればこの時間は仕事をする農家や外で遊ぶ子供などがいるだろう。しかしこの日は違った。飽きもせず井戸端会議をする主婦の声も、毎日せっせと工場で作業をする音もない。全くの無人というわけでもなく、活動している人影はただ一つだけあった。そう私だ。いや、誰だと言われそうなので先に言っておく。自己紹介をしようにも私に名前はない。身分を証明できる書類や紋様などもない。それに服がひどく汚れていいるため、さらに不審者度が高くなっている。私はそんな人物だ。何だろう、まったく自己紹介になっていないな。そう考え込んでも仕方がないので、私は近くにあった民家らしき建造物に目を付け、そこへ向かった。調査を始めるのは新しい服を手に入れてからでもいいだろう。ドアに手をかけ少し考える。はて、このドアはスライド式だったかそれとも押すタイプだったか引くタイプだったか。さっき一度このドアを開けたはずなのにもう開け方を忘れしてしまっている。普段から余計な情報を頭に入れないようにしていることが裏目に出てしまった。

「まぁ、壊せば問題ないか。」

物騒な一言と共にドアから手を引き、左の拳を握る。拳を軽く前に出しながら重心を前にずらす。拳がドアに触れるとともにドアはあっさりと壊れ、家の中に倒れこんだ。ふと金具部分に目を向ける。どうやら引くタイプのドアだったらしい。いやしかしこのドアは見たところドアノブがない。ここの住人はどうやってこの家に出入りしていたのだろうか。そんなことを考え倒れたドアをさらによく観察してみる。するとドアの中央左側に不自然なへっこみを見つけた。どうやらこのドアは既に壊れていたらしい。さらによく見れば家の前にドアノブらしきものが転がっている。誰かが前に無理やり引っ張って壊したのだろう。疑問が一つ晴れたことで気分が少し高揚した。だがいくら気がよくなろうとも服がきれいになるわけではないし、調査が進むわけでもない。というかそもそもこのドア壊したの私じゃない?まぁとにかく私は調査兼空き巣のために居間らしき場所に入る。台所前に一つ、テーブル下に一つ死体が転がっている。死体の調査は後回しにして先に家の中を物色する。すると台所に作りかけの料理らしきものが視界に入った。

「まだ温かい。」

鍋に手を当てて思った。どうやらここの死体はさっきまで料理をしていたらしい。もったいないという気持ちと空腹という抗えない欲求もあり、これを食べることにした。おそらくまだ完成とは言えない料理だろうが、私にはこの料理の完成形も作り方もわからない。仕方ない。そう自分に言い聞かせ、鍋をそのままテーブルの上に置き、食器棚からスプーンを取り出し横に置いた。着替えた後に食事をとった場合、せっかくの服が汚れる可能性がある以上先に食べるのは必至といえよう。まぁここまではすべて早く食べたいがための誰にするわけでもない言い訳だ。

「いただきます。」

開いた右手を胸の前に構え、かつての故郷の言葉を言い放った。本来であれば両手を合わせて言うのだが、左手には既にスプーンを持っているため片手だ。それにもともと私はめんどくさがりなので、片手で行う習慣がついてしまっている。鍋の中の料理は一見するとトルコ料理なのかチェコ料理なのか、それともロシア料理なのかと全く見当もつかない見慣れない料理だった。スープは赤い。だが唐辛子のような辛みはなく、トマトのような酸味はなかった。どちらかというとビーフシチューのような風味だ。ここまでの感想で気付いているかもしれないが、なんと私には珍しく味覚というものがある。食品を甘味・苦味・酸味・旨味などの味に分類、判別できる。大抵の場合、その食品にどのような栄養素が含まれているかがわかっても味はわからないという者が私たちの中では大半だった。故に私が普段食べている食事は決まって味が酷い。しかしこのよくわからない料理には明らかに味を調えた形跡がある。あの死体は味覚があったらしい。具材には野菜が多めだ。なんの野菜かはわからい。少なくともはっきりとした毒は含まれていない。と言っても私に大抵の毒は効かないので気にするだけ無意味なのだが。

「ごちそうさまでした。」

気付けば食べ終わっていた。今度はしっかりと両手を合わせて言った。私の中のわずかな感謝の心がそうさせたのだろう。空になった鍋をその場に放置して私はさらなる物色のために寝室らしき場所に入った。入口のドアには何やら文字の書かれた札がかかっていた。残念なことに私には日本語、英語、イタリア語、博多語、津軽語、仙台語以外の言語はわからない。それでもここが寝室なことはわかる。ベットがあるからだ。ここの住民はベットで寝るらしい。床が不衛生なのだろうか。私自身は数日寝なくとも問題ないのだが、睡眠欲がないというわけではない。ある程度調査が終わったら今日はここで寝ることにしよう。触ってみた感じここのベットはそこそこ品質がいい。私はベットわきにあるクローゼットに手を伸ばし、戸を開けた。中には当然だが衣服が入っている。その中から可能な限り顔や肌が隠れる服を選択し、着替える。だがせっかくのサービスシーンだが特にそれを見る者はいない。男子中学生の一人や二人、覗きに来ても良いのだがここには死体しかない。今なら私のフリル付き黒色の下着上下セットが見れるというのに世の中不幸な奴らが多いようだ。クローゼットの右横には姿鏡が立てかけられている。鏡そのものに目を向ける。小規模の村の民家にでさえこのレベルの鏡があるのだ。ここの技術力や生産力が少なくとも中世以上はあるということだ。次に着替え終わった私は鏡の中に視点を移す。そこにはなんと宇宙一とも思える絶世の美少女と表現するほかない可憐な少年が映っていた。黒橙色のブーツにから垣間見える真っ白な肌。細く長い足に密着したジーンズ、そこに肩から膝までを隠すフード付きのマント、ミディアム程度の長さに軽くパーマのかけられた黒色の髪。嗚呼、なんと美しいのだろうか。その世界そのものをも魅了する美しさにしばらく見惚れてしまった。

「あれ?もう1時間たってる!?」

右腕に巻かれた腕時計を目にして驚く。まぁこれは鏡越しで見て右腕なので実際には左腕だ。大切な任務中にここまで時間を浪費させてしまうとは何たる屈辱。おそらくこの目の前にいる少年の美貌は因果律すら超えてしまうのだろう仕方がない。もう少し見ていたい気持ちを抑え、部屋を出る。まず、台所にある死体から調べる。鞄からメスと作業用のゴム手袋を取り出し、遺体を解剖していく。次に試験管を取り出し血液サンプルを取る。幸いこの死体はまだ死にたてなので血液は固まっていない。その血液を検査機にかけている間に内臓を見る。脳、肺、心臓、胃、十二指腸、膵臓、肝臓、腎臓、大腸、小腸、膀胱。特に目立って違和感はない。筋肉、骨格も確認する。一通り作業を終え、データをメモリに保存する。これらと同じ作業を他の死体にも行う。終わったら別の家に行き、作業を行う、途中で気になる物があればその都度盗んで鞄に入れた。夕方に差し掛かった頃合いだろうか、村の入り口付近に人の気配を察知した。しかも複数。それを窓から確認する。

「パッと見20人くらいかな。」

当然見えない範囲にも人がいる可能性はある。彼らは全員同じ鎧と武器を身に着けていた。だが先頭の人だけやや装飾が細かい。おそらくは彼らのリーダー的存在だろう。あの統一感から察するに警察的な機関なのか、それとも盗賊団…ではないな。盗賊なら盗品を運ぶための荷台やらがあるはずだ。もしあれが治安維持組織なのだとしたら、今の状況は非常にまずい。私は別にここ国の正式な調査員という訳ではないし、そもそも身分証がない。つまりこの壊滅した村にいる正当な理由が証明できないのだ。彼らが正式な調査員だとしたら真っ先に疑われてしまう。だがこのまま隠れている訳にはいかない。隠れるということはまさに肯定にも等しい行為だ。ここは言い訳を考える必要がある。どうしよう…被害者側に立つか。彼らはまだ調査し始めたばかり。つまり状況をあまり知らないはずだ。あの鎧を見るに文明レベルは中世と読んでもいいはずだ。ならば、

「魔女に襲われた…かな。」

中世といえば魔女狩りだ。なんかあったらなんの根拠もなしに魔女のせいにしていた。それを利用しよう。この村は魔女に襲われ壊滅した。自分は何とか生き延びたということにすればワンチャン数人の護衛を付けた状態で近くの町まで送ってもらえるはずだ。幸いにも私は美少女だ。確実に優遇してもらえる。そうと決まればすぐに行動しよう。ドアを開け、兵士っぽい人たちのもとに向かおうとした。しかし勢いが良過ぎたのか思いのほか強めにドアを開け放ってしまった。しかもドアの前には武器を構えた兵士がいる。というかさっきのマントを着けた指揮官っぽい人だ。驚いた指揮官はすぐさま持っていた剣をこちらに向け、大声で何かを言い放った。だが私は冷静に両手を挙げ、先ほど準備していた言い訳をする。

アナウンスが起動する。スキル<コミュ症>が発動しました。

「あの、えと、魔女が出て、その、襲われまして、あと、助けて欲しくて、ですね。」

完全にしでかしてしまった。他人との会話経験がほとんどないのだ。普段は仕事の事務的な会話しかしていないため、こういった発言は全くと言っていいほど出来が悪い。そこに指揮官からの追撃として、また大声で何かを叫ぶ。

「魔女、、、でふ。」

思わず答える。後半はほとんど声が出ていなかった。相手に聞こえたかも定かではない。しかし実際は別のところに問題があった。言語が違うのである。私は緊張のせいで今まで気付いていなかったのだが、彼らの言っていた言葉は私の知らないものだった。何故私は言語すら確認せずに日本語で話してしまったのだろうか。あの騎士団っぽい人たちの髪は金髪若しくは赤毛、日本語なんて話せるほうがおかしい。つまり私の弁明は一切相手に届いていなかったのだ。突然家から出て来た挙句意味不明な言葉の羅列を口にする極めて怪しい人物になってしまったのだ。こういう時は…逃げる!!!!!容疑者候補Aはしゃがみ、手で足元の土を掴み、相手の目元めがけて投げた。そして振り返り走る。100m8秒代の私には鎧を着た人物から逃げるなんて容易いことであった。しかも相手は遠距離武器を所持していない。にもかかわらず私は全力で走った。とにかく必死だった。陰キャに対人は無理なのだ。饒舌なのは独り言とSNS上でだけなのだ。一瞬振り返り、相手の様子を見る。追ってくる様子はない。このまま目の前にある森に駆け込み、姿を隠す。今日はここで一泊しなければならないらしい。程よく開けた場所に荷物を置き、近くの木に寄りかかりつつ座り込む。

「日が沈みかけているし、今日は野宿かな。」

私は現実から逃げるようにそう呟いた。


一方、指揮官側では。

「隊長!ご無事でしたか!」

部下の一人がこちらに駆けて来る。ほとんどの兵士は周囲の警戒に当たっている。敵が一人とは限らないからだ。

「ああ、問題ない。顔に砂をかけられた程度だ。」

周囲を見渡す。奴の味方らしき人物はいない。さっきのは何だったのだろうか。あいつが出て来た家の中に視線を向ける。そこにはなんと胸部から腹部までをまっすぐに切り開かれた夫人がいた。内臓が引っ張り出され、床にきれいに並べられている。さっきの奴がやったのだろうか。そこに先ほどの部下も遺体を見る。

「何ですかこれは…さっきの人物がやったのでしょうか?あれはいったい何者なのですか?」

当然の疑問だろう。死体のある家から飛び出て来た挙句、砂をかけ走って逃げたのだ。怪しくないはずがない。だがあの体、とても筋肉があるようには見えなかった。そんな奴が村一つ滅ぼせるのだろうか。単純に巻き込まれた一般人と考えるべきなのだろうか。

「わからない。だが奴は確か、魔女…と名乗っていた。」

貴様は何者だと問い詰めた際、奴は確かに魔女と言った。

「魔女…ですか。聞いたこともない言葉ですね?人名ぽくもないですよね。」

奴が最初に言っていた謎の単語の羅列、あれは魔法の詠唱だろうか。だがもし魔法が使えるなら中央で保護されいるはず。それとも言語が違うのだろうか。遠い地に住む人々は我々と違う言葉を話すという。もし旅人であるなら一度国に申請を出すはずだ。だがそんな報告は受けていない。

「なんにせよ。あの魔女と言う奴は現状この事件の犯人候補だ。捕まえねばなるまい。」

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