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モグラ作戦敢行す

 モグラのはったんは新政府から支給された黄色いヘルメットと新品のサングラスを着け、リュックサックを背負い、あひるランドを二つに分かつベニヤ板に向かい直立していた。その背後には、サマンサ首相とピジョー副首相が立っている。月夜である。

 はったんは静かにふり返り二人に敬礼し告げた。

「只今から『任務・モグラ作戦』を敢行いたします」

「気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 サマンサは相好そうごうを崩すことなく眼光鋭くはったんを見つめた。はったんはただ一人でベニヤ板の手前の地面に穴を掘り静かに潜って行った。

 サマンサとピジョーははったんの姿が見えなくなるまで敬礼の手を下ろさなかった。ピジョーはうんこを漏らしていたが、サマンサはそれに気づかなかった。


 はったんは地中を進んだ。地面の下ならお手の物だ。この世にモグラ以上の知識と技術を持つものはいない。地質学者でさえモグラを「先生」と呼んで敬意を表わすことしばしばだ。


 はったんは生れて初めて自分の存在を認められ、重要な任務を任されたのだった。いままでにない経験だった。親の代、祖父母の代からずっとしいたげられてきた。本来、いないものとされて生きてきたのだ。地中で暮らす、その一点のみで踏み付けにされてきた。はったんは力の限り土を掻いた。「自分がやらなければ、あひるランドのみんながやられてしまう」。りむいた手から流れ出す血と痛みも顧みず、進みに進んだ。自分に唾を吐いた者たちを救えるのは自分だけだと確信していた。その思いはドバトのサマンサもピジョーも一緒だった。はったんにとって彼らは初めてできた仲間でもあった。


 さすがはモグラである。地上を進むよりはるかに早く、あっという間にベニヤ板を越え、向こう側に入った。しかし何も情報はない。おそらくダニと蚤が沢山いるだろうということ、ごく最近クーデターが起こり新しい政権に変わっているということぐらいであった。


 はったんはそっとマンホールのふたを開けて地上を覗いてみる。やはり沢山の蚤やダニ、それにシラミが街中を歩いている姿が見える。昔、聞いたことがある「蚤の三兄弟」たちだ。はったんは蓋を閉め、またさらに地中を進んだ。マンホールごとに何度か蓋を開け地上を眺め様子を窺う。また潜り地中を進む。これを何度か繰り返した後に蓋を開けて見ると、大きな建物の前にいることが分かった。建物には「蚤ヶ島国会議事堂」と巨大な看板に記されており、蚤の三兄弟が描かれた蚤ヶ島の国旗が議事堂を囲むようにはためいている。

 議事堂周辺には、沢山の省庁であろうか、やはり巨大な建物が建ち並んでいる。その中でも一番大きく、場違いなほど荘厳に輝いている建物が目についた。それがエダもっこ大統領官邸であった。


 はったんはこの島が蚤ヶ島と呼ばれていること、そしてその政治の中心地に自分が辿り着いたことを確認し、次の行動をどうするべきか、少し休んで考えることにした。マンホールに通じる下水道の壁に穴を開け、そこに座って取り敢えずそこらへんにいるミミズなどを食していると、下水を色々なものが流れてゆくのが見える。古新聞や雑誌、何かよく分からない紙切れや書類、食べかけの猫の死体や白骨などが汚水に流されてゆく。はったんは日が暮れてから地上に上がり調査を開始しようと考えていたため、まだ時間があった。下水を流れる古新聞を手に取ってみた。そこには「クーデター成功!枝子氏率いるエダもっこ党が蚤ヶ島を実効支配へ」と大見出しで書かれている。蚤ヶ島初の蚤、ダニ、シラミ以外の者による政権が樹立されたという。独裁、強権政治が終わり、この島に安定と平和が訪れるとクーデター後の展望が記されている。

 はったんはあひるランドで聞いたクーデターとはこのことかと納得した。この新政権は今まで抑圧されてきた国民を解放し、平等と権利を一から確立して十分な生活保障を行なっているとも書いてあった。「なぜこんないい政府があひるランドを敵視し、攻めてくるのだろう」とはったんが疑ったのも当然である。一応、この古新聞をリュックサックに仕舞った。


 さらにはったんは下水を流れる雑誌を拾い上げてみた。求人雑誌のようだった。様々な職種の募集広告が掲載されていたが、その中に「急募!官公庁勤務。水泳、飛行、地面を潜るなど特殊な能力を持つもの求む。年齢不問」とあった。はったんは「やはり新しい政権だから人手不足なんだろうな。サマンサたちの新政府みたいだな」となんとなく考えていたが突然、「えっ!」と思わず声を上げた。

 地面を潜るもの。モグラじゃないか。このモグラのはったんではないか。これで蚤ヶ島の新政府に近づけるかも知れないと早速、リュックサックからペンを取り出し、求人雑誌に付いている履歴書を完成させた。前職は薬剤師と書いた。急いでマンホールから出て眼の前の「エダもっこ大統領官邸」の受付に駆け込んだ。モグラではあるが堂々と地上を走っても全然大丈夫であった。

 履歴書を受付に提出するとすぐに面接が行なわれるという。守衛の蚤は「ここで待ってて」と言いお茶までくれた。


 はったんは過度な緊張を抑えながら面接室に入り、ぎこちなく頭を下げ自分の名前を震える声で告げた。

 その瞬間であった。

「採用!」

「えっ」とはったんは言った。

 女性の叫ぶ声がした。

 はったんが頭を上げる前に蚤ヶ島の国家公務員に採用が決まった。


 頭を上げるとそこには人間の姿をした女性が大きな机を前に座っていた。机には「蚤ヶ島大統領・柿本枝子」と書いた分厚いネームプレートが置かれていた。



(つづく)


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