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純粋な痛み

「サマンサは、どこに行ったのかな?」

 教室の窓から見える白雲を何気なく目で追いながら柿太郎はつぶやいた。

 ドバトのサマンサが突然、姿を消してからすでに数週間が経っていた。家の者たちは、恐らく仕事にでも出かけているのだろうと、さほど心配はしていなかったが、柿太郎はことあるごとにサマンサのことを考えていた。

 始業のチャイムが鳴り、皆がバタバタと席につく。柿太郎も急いで道徳の教科書である『下連雀しもれんじゃく離婚式の淫らな夜』を机の上に出し、ページを開いた。


 ネコの和代は多摩の浦の浜辺で臼を蹴飛ばして転んだうえに、蟹に前足を挟まれ、しばらくは包帯で全身をす巻のごとく包んで寝込んでいたが、三日もたつと傷口は癒え、傷跡も消えてなくなった。しかし見た目の傷は消えたが、痛みだけが時折、襲ってくるようになっていた。和代本人は、たいしたことはないであろうと普段の生活に戻っていたが、痛みは何か不可解な不安を伴って襲ってくる。それははっきりとは分からないが、純粋な痛みのように感じられた。


 和代が寝込んでいるあいだに「悪の塔」崩壊の顛末てんまつには、尾ひれが長々とついて村中に拡がっていた。実際は浜辺の臼を蹴飛ばして転び、蟹に前足を挟まれ、そいつを痛みに任せて振り回したら飛んでいって、たまたま塔に当ったに過ぎない。それがいつのまにか蚤ヶ島から攻め込んできた悪の軍団、恐らくそれは「極悪銀河団」であろうと八幡様は言っていたが、それをたった一人で、しかも柿太郎を守りながら戦い、「悪の塔」、これは恐らく「悪のご神木」であろうと八幡様は言っていたが、それを倒した。その激しい戦いのなかであれほどの大怪我を負ったのだという話しにでっち上げられていたのだ。和代は否定したが、あまりにも拡がりすぎて訂正すべくもなく、放っておくことにした。なにより小汚い雑種のタローちゃんがこの話しをかなり膨らませて「多摩の浦の戦い」と名前までつけて吹聴して回っていた。


 しかし和代には、それを気にしていられない事情があった。「悪の塔」を破壊した功績もあったのだろう、井の頭弁天の巫女として採用されたのだ。もちろん八幡様には内緒である。

 ある日和代は、弁天様に神事の作法を教わることになった。

 神楽かぐらの舞であるが、その際、祝詞のりとを神に捧げる。

「掛けまくも、かしこき、もっこ、もっこ、しおもっこ様、連雀の隣に居ます、井の頭の池にみそぎ、はらへ給ひしとき・・・」

 和代はその意味も分からぬまま教えられたとおりに祝詞を叫んだ。


 数日にわたる練習を終えたとき、弁天様が言った。

「近く、争いが起こります。そのときこそ貴女あなたの純粋な痛みが消えるときです。痛みは必ず、いとおしさに変わります。貴女のもっとも大切な痛みに変わります」

 和代は理解できなかったが、弁天様の言うことは普段からほとんど理解していなかったので、ただ「はい」と深く一礼した。



(続く)


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