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走る正男

 正男は、さらに走った。走り過ぎることを選んだのだ。

 幼い頃から気の優しい子ネコだった。優しさが自分の足をためらわせ、ことあるごとに動きを止めてきた。

 ネコの正男は、生まれて初めて自らの足を自らの意思でためらいなく動かし、男の子の目を蹴り上げて潰し、貧しいパチプロ一家のその日一日の生活費、数千円と安物のテレビを奪って走った。

 すでに会社に戻る気はなかった。テレビを金に換えても現金と合わせて一万円と少しだが、いまの正男にとっては大金だった。正男も一日の生活に飢える者の一人だった。

「止められてたまるか」

 正男は独り言を、何につぶやくのか、走る足も止めず、人波のなか過ぎる者たちに吐き捨て、また走った。


「中古品、何でも買います!」

 真新しい小さな看板の下に狭い入口がひとつあり、ひと一人が上り下りできそうな階段がのびている。正男は、その中古品屋の狭い階段を、テレビを抱えて上った。

 雑居ビルのひと部屋にテーブルが一つと事務机が一つあるだけの、質屋とも中古品屋ともいえない結構だ。当然雰囲気も相応しくない。ここで数日だけ店を開き、警察が来る前にどこかに消える類の商売だろう。二、三日もしたらもぬけの殻だ。この街には、業種に関わらずこんな店舗はよくある。正男にとっても都合がよかった。


「何でも買うんだな。何であっても買うんだな」

 正男は安物のテレビを即金で金に換えた。出所は聞かれない。店にとってそんなことはどうでもいい。次に金に換わる物が入手できればそれでいい。

 想像どおり、テレビは数千円だった。

 店を出て、金をもう一度数えて財布に収めながら、ふと顔を上げると階下の居酒屋の表ガラスに自分の姿が映っている。茶色のネコだ。母と同じ茶色のネコだった。そんなことは知っていたが、どこまでも広がり延びる空の青に、ただの陰のように映る自分の姿がおかしくて、微笑みながら、また駆けだした。


 借金をつくり姿をくらました顧客から、金を取り返しに行った者がまた姿をくらましては、会社は黙ってはいられない。

 正男が金を持って逃げたことは、すぐに同業者にも伝えられ、正男の捜索が始まった。正男ももうしばらくは、この街にいられそうもないということは分かっていたので、一秒でも早く逃げようと、あの寒い冬の日にたどり着いた東京駅に向った。

 どこに行こうかと路線図を眺め、視線を券売機に落としたとき、自分が四人の男に四方を囲まれていることに気づいた。


 正男は首輪を掛けられ、ネコの散歩のごとくに停めてある車へと連れ去られた。



(続く)


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