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蚤ヶ島の長屋

 蚤ヶ島にある場末の長屋町の住民は、油にまみれた町工場の溜め息で、息を吸い息を吐く。

 そんな淀んだ空気のなか、まだ学校に行けない子どもたちが、なすすべもなく路地の入口で通りを眺めている。ただ黙って眺めている。


 ここは蚤ヶ島と呼ばれるだけあって住民のほとんどが蚤である。

 最近、蚤ヶ島の全住民に給付金を配る基金団体が設立されたと島ではもっぱらの噂であった。お金のある者にも、貧しい者にも配るという。貧しい者たちにはより多くの現金のみならず、食事も無料で施されるという。

 この事業を行なっている団体の正体は、政府も報道機関ももちろん国民も知らない。

 勝手に生活保障をやってくれると政府は喜んでいるほどであった。


 初めは駅前などで、道行く蚤に頻繁に声を掛けては集会に誘っている様子がみられる程度であった。しかし次第に信者なのか支持者というのか定かではないが、参加者が増えていったようだ。


「こんなパンフレットをもらったけど、本当かしら?」

 いつしか給付金や食事の無料提供について書かれたパンフレットが、通りで配られ、さらには各家庭にも配布され始めた。

 パンフレットには「エダもっこ財団」と記されていた。


「お母さん、こんな本が来てたよ」

 小学校に上がる前の子どもの蚤が、パンフレットを手に母親の足下に駆けよって抱きつく。

 子どもはしばらく風呂に入っていないのだろう、汚れている。

 穴だらけの靴下を気にしながら、その姉の蚤がパンフレットを取って言った。

「なにこれ? きゅうふきん・・・。お母さん、なんて書いてあるの」

 パンフレットを母に手渡した。

「これは最近、よくお知らせが来ているものよ。この国の蚤にお金やごはんを配ってくれるんですって」

 母は嬉しそうに笑いながら告げた。

「ネコって書いてあるね。ネコってなに?」

 弟の蚤が尋ねる。

「食べものよ。とても美味しいの。お母さんもずっと昔に、お父さんと結婚する前、一度だけ食べたことがあるけど、すごく高くて、うちでは普通、食べられないものなの」

「ぼくも食べたい。食べられるの?」

「申し込みはしたけど、一体どうなるか分からないわね。良い子にしてたら食べられるよ」


 蚤ヶ島の行き止まりのような場末、一部屋きりの長屋で、貧しい蚤の母親と子ども二人が、「エダもっこ財団」が配ったパンフレットを囲み、嬉しそうに話していた。


(続く)


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